103.処断2
処断をするだけの理由を明瞭にしておきましょう。
国族ピトムの退屈そうな視線が漂う窓枠の一つを見据えると、引き寄せられるようにその手へと落ちた。
それにどのような意味があるのか、指でなぞる仕草を繰り返す。
その度に溢れる魔力で他の窓枠は乱舞し、部屋の中にいる面々もまた、身体が揺さぶられるような思いを味わう。
その圧力に意識が呼び戻されたのか、シロイがうっすらと目を開いた。
それに気づいたのはカリアだけだったが、彼女は不可視の力によって両膝と両肘が地面に縛られて這い寄ることもできない。
ピトムの手から窓枠が放たれて、壁へと当たった瞬間に壁の一部が消える。
まるで空間に穴が開いて、別の場所に繋がったような現象。
そこに覗いているのは、雑多に物が溢れた狭い部屋だった。
彼らがいる城とは違い、木造建築の家の一室らしい。
その建材を含めた物が、引き千切られるようにして部屋へと吸い込まれてくる。
壁や床、そこに固定された作業机、棚に仕分けられた木片がぶつかり合い転がって。
紙束やメモ書き、図案が描かれている書籍が破られながら。
瓶や箱に入れてあった草花や粉末は、混ざり合いつつ。
棚は潰され、紙は破れ、瓶は割れた。
それら、魔力のこもっていない物はひとかたまりに押し固められていく。
まるで圧力で燃え上がったように赤く、青く、白く染まり。
しかし部屋の中に、におい一つ残さずに消えていった。
魔力がこもっている物は、まるで従者が恭しく運ぶように部屋の中に並べられていく。
棘状の球体を紐で繋いだ物。煮しめた草花を練り込んだ板のような物。細かく裁断されて瓶に詰められた生物片。袋状に加工される途中の皮膜。印章のような面がある指程の円筒。個人用荷引車。魔術陣が描かれたいくつもの板材。膝上まであるブーツ………、様々なものが運ばれてくる。
シロイ魔道具店。
その建屋自体が窓枠を通り抜ける際に選り分けられ、魔力が込められている物を部屋の中へと抽出しているのだ。
最も大きな物は円形の木組み細工。普通に家にあるような扉を一つ、そのまま素材に組み込んだようなそれは、扉の倍以上の直径。木型や石材なども使った多様な装飾が両面全てを埋めている。
バラバラに仕舞われていたそれは、型を取り戻すように復元されて部屋の中で浮かび、魔力を帯びてうっすらと輝きだす。
そこに近寄った窓枠が消え、少し離れたところに再び現れてはまた部屋の中を漂っていく。
それはかつてシロイが作成した空間転移魔術陣の魔道具の試作品。手を伸ばした距離に跳ぶのが限界の、魔道具自体の方が大きい使い道がない代物だ。
意識を取り戻したシロイは、周囲の様子に目を瞬かせていた。
かつて自分が作った空間転移用魔道具の輝き。舞い飛ぶ窓枠。部屋に並んで浮かぶ自作品と、視界があちこちにさまよう。
城外に出た後に殴られて、目を覚ましたのがこの状況だ。
何が起きているのか理解できず、部屋の中にいる面々を見回して、苦しそうにしているカリアに気づく。
だが立ち上がろうとするのを制するように、部屋の中に声が響いた。
「これこそが罪の証! 動かぬ証拠! 魔道具師シロイが日夜研究を重ねて作り上げた、空間魔術陣を用いた魔道具! その悪辣なる知恵を絞り、国族ピトム様を暗殺せしめんとした狂気の象徴である!」
勝ち誇るような声。
高らかな宣言。
その言葉が指す物を、シロイの目が捉える。
迷宮の探索を途中から行えるようにするために、転移を目的として作成した魔道具だ。
「この魔道具は空間を転移するための物だ! これを用いて国族ピトム様に近づくことを企んだ大罪! それは国族ピトム様の寛容につけあがった、許されざる反逆である!」
それを指しながら高らかに宣言するアゴの割れた男を、しかし国族ピトムは見ていない。
「魔道具『託宣』の預言により、国族ピトム様は魔道具師が大罪を犯すことを危惧しておられた! 魔道具師シロイが空間魔術陣の研究を行い、ほかの魔道具師を利用して完成させたことも明白! 国族の方々をして大罪と言わしめることなど、その御身、御命にかかわること以外にはあるまい! よってここに、魔道具師シロイを国族ピトム様暗殺未遂の咎により、反逆者として処断する!」
床に倒れたまま、状況を理解しようと周囲を見回しているシロイを見つめて、ピトムの口がゆっくりと開き。
退屈そうなピトムの声が、彼を処断する。
さて、処断を行なうのは誰でしょうか。
次回、断罪が執り行われます。