101.断罪のための恩赦10
さて、シロイはこのまま無事に帰ることが出来るのでしょうか?
濃くなっていく薄闇に微睡んでいたが、まぶた越しにも感じる明るさでシロイは目を覚ました。
開いた彼の目に見えたのは、街の大通りを染め上げるような眩い光。
余波だけでも周囲が昼間のように明るく照らされており、辺りに住む住人達が何事かと騒ぎ立つ声が聞こえてくる。
空は暗く、普段なら星空へと変わり始めているだろう。
だがその空へと突き刺さるように、城壁の四隅から光の柱が立ち登っている。それはこの国の中だけに限らず、近隣諸国でも目にすることが出来るほどに夜を引き裂いていた。
シロイがいる大通り側だけではなく、他の方角にも光の柱は照射されている。
街の何箇所かで光の柱がその通りや街並みを照らしているらしく、大通りに面した場所では眩さに目を開けていることさえつらい。
街全体を照らしあげるような光線を放つのは、シロイが大ホールで照らされた物よりも一回りも二回りも大きな『照射機』である。
その光の中で、兵士達が城壁にもたれていたシロイを見つけて引き剥がすようにして立たせる。
もともと抵抗する気のないシロイは、むしろ呆然としてその光満ちた光景を見まわす。
城壁の正門へと目を向ければ気絶させられたのだろうか、兵士たちが担いで運び出してくる人々が見えた。
本当に解放されたらしいと安堵の息をこぼす。
しかし大ホールにはカリアの姿が無く、運ばれる中にもその姿を見つけられない。
周囲が明る過ぎて目の中で光が散るような感覚は彼に眩暈を覚えさせ、目を閉じる。
わずかながらも眠ったことで、少しだけ体力も魔力も回復はしていたが、未だ全身に気怠さが残っていた。支えるようにしている兵士たちに連行されるのだろうと思いながらも、それに合わせて歩こうとする気力もわかないし、連行してどうしようというのか確認する余力もない。
シロイの髪が掴まれて顔をあげるような扱いに、左側頭部の傷が引き攣り、彼の顔が痛みに歪む。
目を開くと、アゴの割れた男が薄ら笑いを浮かべていた。
「どうだ、素晴らしい景色だろう。俺の作り出した『照射機』は夜すら昼に変える。それ自体が素晴らしさを国中に、いや諸国にさえ知らしめる傑作だ。お前らのように貧相な光を放つ程度の魔道具とは価値が違うと一目でわかるだろう?」
呟くようにもらす声は自分の作品への絶対的な自身に溢れていながら、暗い愉悦が滲み出ている。
その言葉はシロイの意識をカリアへの心配や傷の痛みよりも、『照射機』という魔道具に向けさせた。
グヌルが駄作だと切り捨てた魔道具『照射機』。
昼間のように明るく照らすことだけを目的にした眩さ。光量が生み出す熱量を考慮していない安全性の欠落は、下手をすれば火事を誘発するだろう。
まるで自己顕示欲をただひけらかすための魔道具にしか、シロイには思えなかった。
それはグヌルもシロイも、より秀逸に光を使った魔道具を知っている。
光を照らすことで舞台に夜を生み出す、『投光器』という魔道具を彼らは知っている。
傷みと眩さに顔をゆがめ、見下してくる相手にシロイは笑みを返す。
それは彼の師匠の笑みにとてもよく似た、皮肉気な笑みだ。
「…………トロイなら、鼻で笑うね」
それは、かつて国家認定魔道具師という言葉を生むきっかけとなり、今なお彼に妄執を掻き立てる男の名前。
その言葉は彼の頭を沸騰させ、髪を掴んだままシロイの頬を拳で打ちすえた。
「殺してやる! お前は今すぐこの場で殺して灰にしてやる!」
「やめろ! おい、引き剥がせ!」
殴り殺す勢いで掴みかかるその様子に、周りにいた兵士たちが慌てて取り押さえる。
彼らが力ずくで引き剥がした時には、既にシロイは意識を失っていた。引きちぎられた髪が散り、再び裂けた傷口が血を流しているのを見て、兵士の一人が治癒魔術を施す。
それでも割れたアゴの男を諌めることも無いのは、彼が『照射機』を設置することを許可される程度には国族ピトムに重用されているせいだ。
「…………貴様は、大罪人だ。何一つとして、貴様の功績などは残さん。犯した罪の重さを噛みしめて、悔いて死ぬがいい」
血走った目で呪う様に呟く姿に忌避感を感じながらも、捕縛することはない兵士たち。
彼らのそんな様子を見ていた街の住人たちは、ただ遠巻きに見ているしかなかった。
住民たちからすれば状況は何もわからないままだ。
突然現れた城は国族の仕業であろう。
連れ去られた人々が開放されているのを見ても、連れ去られた理由がわからないため何も安堵できない。
そのため、誰一人として彼らに近寄ることなく。
それがこの街でシロイが確認された最後の姿となり。
「魔道具師シロイ! 国族暗殺未遂の首謀者として、貴様を処断する!」
ただその宣言が、シロイの姿が消えた理由として残った。
シロイは「国族暗殺未遂犯」なので断罪への道が最初から確定でした。もちろん、割れたアゴの男が用意したでっち上げの罪です。
シロイの大部分の関係者は「城から脱出できたことの恩赦」ということで「シロイの知り合いだった罪」に関して無罪放免になりました。
シロイやトロイを認めている人間を廃絶したい思いと、国族の所有物である国民を無為に処分するのは不味いかな、という思いから「脱出」という恩赦を設けています。
そのため、実際に「脱出」したのはちょっと想定外だったりします。