100.断罪のための恩赦9
無事に脱出成功したシロイの様子を見てみましょう。
夕暮れが薄闇へと変わりつつある北街の中心部、その大通りの真ん中でシロイは動けずにいた。
通りも街並みも無視したようにそびえ立つ城壁にもたれたまま、自力で立っているだけでさえ息を乱す。
全身が虚脱感に包まれており、激しい眩暈と吐き気を感じながら、ゆっくりとした呼吸を繰り返している。
一度に大量の魔力を使った弊害は、彼の身体機能を著しく低下させていた。
本来なら墨で描いたりせず、魔力を込めた木材などで魔道具を作り上げて行うような魔術。
だがそうした素材も無く加工するための道具もない状況では、魔力で補うしかなかった。
静かに深呼吸を繰り返しつつ指先を動かして、虚脱感が薄まるのを待ちながら霞む目を周囲へと目を向ける。
北街の大通りを歩く人の姿は、普段に比べてだいぶ少ない。
大通りの先がこの城に変わっているせいだろうか。
冒険者寄合所『ナトゥス』を使っていただろう人々の姿は無く、その周囲にあった店の利用者も見当たらない。その目的地そのものがなくなっているのだ。
少しふらつきながら、シロイは壁から離れてそびえる壁を見上げる。
ほんの20歩分の距離を移動するための魔術陣でさえ、シロイは魔力の大部分をつぎ込む必要があった。
ならば、城を築いた国族とはどれだけの魔力を持っているというのだろうかと考える。
その魔力をもし攻撃魔術に使ったならば、どれ程の被害が起こるのか。
シロイは随分と昔に、移民としてこの国へと訪れる旅の途中で聞いた話を思い出していた。
「国を滅ぼせる魔術師がいる……だからどこの国も関わろうとせず、移民が流れ着く国……だっけ。寝物語だと思って、信じてなかったけどね」
それは真実であるとシロイは悟り、疲れを感じている脳が疑問を抱く。
迷宮すらなくなったこの街には特産と言えるほどの物もない。
南街の一部では文化振興などを謳い演劇などに注力しているが、南街以外では多くの人々が日々の生活に追われている。
管理下においた国街を離れて、自営自活に踠いているようなこの街に、国族が現れた理由はなんだろうか。
「…………っ! いけない、寝落ちするところだった。一度家に帰って……いいのかな?」
途切れかけた意識を支えるように、城壁にもたれるように歩きはじめたが、すぐにその足は止まった。
外に出たことをどうやって確認するつもりでいるのかと思い、周囲を見回す。
城壁の上から大声が聞こえてそちらを見上げると、シロイの居場所を伝達しているのだろう。奥へと大声を張っている兵士の姿が見えた。
兵士が迎えに来るのを待つため、シロイはその場に座り込んだ。
一瞬で城を築くような非常識な相手から逃げられるほど体力もないため、シロイは中へ連れ戻されることを受け入れていた。また既知の住人たちが人質のように扱われるのも避けたかったためもある。
遠巻きにして城の様子をうかがっている人影たちへと、シロイは視線を移す。
何の前触れもなく、街並みを挿げ替えるような相手と関わり合いにはなりたくないが、しかし家や職場があるため無視もできないのだろう。
そんな人々がなぜそんな近くにいるのかとシロイに興味深げな視線を送っているのだが、同じように近寄る気はないらしい。
シロイもわざわざ説明をする気力はなく、兵士たちが出てくるまで少しでも休んでおこうと、城壁を背に座り目を閉じた。
大通りに面した正門から兵士たちが姿を現すのは、シロイが寝息を立て始めた頃になってからだった。
北街では路上で寝ていると「有り金」か「持ち物」が高頻度で、「身ぐるみ」か「中身」が中頻度で、「命」が低頻度で奪われるので、すぐに起きられない場合は寝ないのが常識です。
なお、すぐに起きる人が逆に奪いかかる場合があるため、奪う側も意外とハイリスクだったりします。
以前よりは治安が少し良くなったので、発生頻度は逆転しています。