俺、ポジティブになる。
前回のあらすじ、というか略歴。
ギルドに先回りされてた。
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その日は、外がとても吹雪いていた。
空は厚い雪雲に覆われ、窓の外は真っ白な雪で覆われていた。
そんな中、暖炉の前で三角座りをしていて、カタカタ揺れる窓の音をBGMに、ゆらゆらと燃える暖炉を眺める少女の姿があった。
彼女の髪はきれいな銀色をしていた。
瞳は蒼天のような澄んだ蒼色で、整った顔立ちはその色合いも相まってまるで作り物の天使のような可憐さを持ち合わせていた。
……が、しかしその目には一切の感情がなく、光はない。
ただぼぅっと、暖炉でゆらゆらと燃える火を眺めているばかりで、そこには何の関心も興味もなかった。
「ここにいたかギンコ」
ふと、そんな彼女に呼びかける声があった。
しかし少女はどんな反応も示さずに、ただただぼぅっと暖炉の火を見つめるだけだった。
ギンコと呼んだ少女に語りかけていたのは、当時王国の国教であったメルクリウス教の教会所属の聖騎士を辞任したばかりの冒険者だった。
「皆とは遊ばなくて良いのか?」
冒険者は尋ねながら、ギンコの隣に腰を下ろした。
しかし、彼女の反応は皆無。
彼はどうしたものかとツルツルの頭をぺしぺしと叩いた。
「……」
それは、彼なりの優しさだった。
この冒険者は昔から子供が好きで、教会に所属していた頃からよく孤児たちの世話をしていたからわかる。
孤児院に初めて入れられた彼らは、皆どこか孤独だった。
親に捨てられたという絶望感から身を守るのに精一杯で、他の事に手がつかない。
彼女はその雰囲気に似ていたのだ。
だから彼は、あの依頼を受け、この娘を助けてやりたいと思ってしまった。
それ故の言葉だったのだが……最も、それは彼女にとってどうでもいいことでもある。
(なんとかあの場所から連れ出せたのは良かったが……どうやらまだショックは大きいみたいだな)
あの時、彼はむりやり牢屋の檻をぶち破り、半ば強盗的な手段で彼女を略取した。
略取したとは言うが、相手の方が大概な犯罪者だ。
略取というより救出と言ったほうが目的に沿った言い方だが、どうもあの方法では略取と言ったほうがニュアンスが近い。
──飼いならされた犬が、ある日突然自然に放り出されても一匹では生きていけない。
あの古い魔法使いにも言われた言葉だ。
彼女は戸惑っているのだ。
初めて手に入れた自由に対して、どうしていいのかわからない。
白く細い首についた首輪の跡が、それを物語っている。
「……ギンコ。
吾輩はお前が自由になることを望んでいる。
いや、吾輩だけではない、この国の誰もがそう思っている。
……だが、それをお前が望まないというのなら──2日後、吾輩について来るのだな」
彼はそう言いながら、腰を持ち上げた。──その言葉に、一瞬だけ反応を見せたギンコの頭を、視界の隅に確認しながら。
冒険者の気配が、足音がギンコから遠ざかる。
少女は抱えた膝に顔を埋めて、ぐるぐると回る彼の言葉を理解しようてしていた。
そして、彼女は生まれて初めて、自分の意思で行動を決することにしたのであった。
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なんだか、懐かしい夢を見ていた気がする。
この世界での自分が、気を失う前に見ていたかのような、そんな記憶。
(誰だっけ……あの人……)
心の中で小さく呟くも、夢の記憶はぼやけて手が届かない。
もう少しで何かを思い出せそうな、なのに思い出せないむず痒さ、もどかしさが、頭の中を支配していく。
何か、忘れてはいけないことを忘れているような……そんな不安がこみ上げてきて、少女はごろりと寝返りを打った。
「……すん」
不意に、コノミの鼻を消毒液のような匂いが掠めた。
閉じた瞼を突き抜けて、明るい光が目の奥に差し込んでくる。
少女はふるふるとその長い銀色のまつげを震わせると、ゆっくりとその蒼い瞳を開いた。
「……知らない天井だ」
目を開けて先に飛び込んできたのは、風に靡く白いカーテンだった。
そしてその風がおさまると、今度はカーテンの向こうから、梁を丸出しにした石造りの屋根が姿を現した。
梁にはカゴのようなものが掛かっていて、その中には何かの植物が植えられているのが見える。
緑色の葉に、ピンクや紫色の花が咲いているのだ。
「あ、お姫ちゃん起きてたんだ」
知っている人の声が聞こえてきて、少し安心する。
「ドーラさん……ここは?」
彼女の名前はドロテア。
コノミはドーラと呼んでいるが、これは彼女のあだ名だ。
短めの茶色い髪をポニーテールにまとめている女性で、この街のとある服飾店の従業員をしている。
「ギルドの医務室だよ。
お姫ちゃん、急に倒れちゃったから……」
簡単に説明しながら、近くの椅子に腰掛ける。
「そっか、俺、あの時気を失って……」
我ながら、体の弱い事だと情けなく思う。
いくら情報量が多くて処理しきれなかったからといって、あの程度で倒れてしまうとは。
体力だって足の速さだって、思っていたよりかなり弱かった。
(こんなので冒険者なんてやれるのか……?)
しかし、コノミは頭を振ってその考えを打ち消した。
弱いならば強くなればいいと思い直したからだ。
体力がなければ街中を走るなりして身につければいい。
筋力がないなら腕立て伏せでもなんでもして筋肉をつければいい。
剣で闘えないなら魔法を極めればいい。
幸いにして、何とか魔法の使い方だけは奇跡的ながらわかる。
何回か実験を積めば、コツとかわかるはず。
何だったらだれかに教えを請うのもいいかもしれない。
こんな右も左も分からない様な世界で、こんな小さな事で挫けていては前に進めるものも進まないんだ。
(為さねば成らぬ、何事も。なんて言うじゃないか。
だったらやることは決まってる。
成りたいものも、手段もわかってる。
……だったら、あとは前に進むだけ!)
半ば無理矢理に自身を奮い立たせると、ベッドから足を下ろ──そうとしたところで、ドロテアが制止をかけた。
「待って。
まだ安静にしてないと」
「大丈夫ですよ、もうなんとも無いですし」
「そんなこと言ってもダメなものはダメ。
まだ小さいんだから、無理なんかしたら後に響くよ?」
ドロテアの言葉に、むぐぅ、と口を噤む。
確かに、この体は見た感じまだ幼い。
体もまだ出来上がっていないひ弱な子供の体だ。
無理をして体を壊しでもすれば、さっき決めた目標が遠のいてしまうだろう。
せっかく決意したところだったのに、と出鼻を挫かれて不満げな顔を床に向けるが、そんなことをしたところで彼女は許してくれないだろう。
「しばらく安静にしてて。
明日迎えに来るから、登録はその時に。ね?」
目線を合わせるようにして説得してくる。
コノミは小さく溜息をつくと、ベッドの上に背中をぼふっと落として天井を仰いだ。
(仕方ない。今回ばかりは言うことを聞くか……)
至極不満そうな目で梁に掛かる鉢を見つめながら、コノミは寝返りを打ってそっぽを向いた。
「わかりました、明日にします」
ドロテアはあからさまな少女の態度に苦笑いを浮かべると、心の中で小さく謝罪の言葉を述べながらその場を後にした。
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冒険者ギルド正面の噴水広場。
南東方面から伸びる住宅街を抜けて、一人の狼の獣人が歩いていた。
「くそっ」
狼が革ブーツの踵で石畳を蹴り、むすっとした表情で噴水の縁に腰をかける。
(あいつら、俺を置いて逃げやがって)
イライラしていたのは、つい数十分ほど前のことについて。
あの銀色の魔術師に脅威を感じたのか、彼──ロウをおいてすたこらさっさと文字通り尻尾巻いて逃げやがった、あの虎と猫の二人について考えていたからだ。
(俺は誇り高き狼族だ。
だから俺より喧嘩の強かったシラのアニキの弟分になった)
弟分になったのは、つい最近のことだった。
よくわからない奴がいつの間にか縄張りに入って来ていたことに気がついたロウは、力試しと嘯いて白い虎の獣人の子供──シラに喧嘩を売ったのだ。
勝負はいいところまでいったものの、結局は相手の方が一枚上手で敗北。
シラの強さを認めたロウは、彼の弟分になった。
狼の獣人は誇りを尊ぶ。
彼らの言う誇りとは、『弱き者は強き者に従い、そして強き者は弱き者を護る』という精神だ。
愚直ながらまだ幼いロウは、万人がこの誇りを持ち合わせていると思い込んでいた。
故に、自分よりも強かったシラに裏切られたと理解した瞬間、彼はひどく動揺したのだ。
「くそっ、くそっ」
許せなかった。
それは一方的な感情だった。
そんなことは彼にもわかりきっていた。
しかし、それでも彼はあの虎を許せなかった。
「……下克上だ、次は絶対勝ってやる」
闘志に燃える目をギラギラ輝かせながら呟いて、噴水の縁に寝そべった。
(そのためには、アイツに何か勝てる要素が必要なわけだが……何かないか、シラに勝てる俺の特技……)
ロウは基本的に、戦いは正々堂々、素手を使って真っ向勝負に出る戦い方をしていた。
それは彼自身、細々とした駆け引きや小技などがすこぶる苦手だったからだ。
シラに会うまでは、持ち前の筋力とスピードだけでなんとかやってこれていた。
しかしそれ故に単調だった攻撃パターンが勝敗を分けた。
(今のままじゃダメだ。
小細工でもなんでもいい、勝てる技……必殺技みたいなのが一つ、切り札があれば……!)
何か手がかりが欲しかった。
しかし戦士とすら呼べない今の彼には、それを思いつく手段が何もなかった。
……と、そんな時だった。
彼の視界──噴水の水のベール越しに、一人の見覚えのある少女が通りかかるのが見えた。
「あれは……たしか」
青のフーデッドケープに、同じく青のフレアスカート。
そのケープの裾から垣間見えるのは、細く長い銀色の髪。
(……間違いねぇ、さっきの銀髪魔女だ)
思い出すのは、辺り一面に広がる霜の海。
あの霜にあのまま囚われていたら、きっと彼の足は凍傷、ひどければ砕けて無くなっていたかもしれなかった。
そういえば、思い出してみればシラが逃げたのもあの霜のせいだ。
(……アイツは俺よりも弱ぇ。
だがあの魔法で俺よりも強ぇシラを退けやがったんだ)
頭の中で、パズルのピースが嵌まる様な音がした。
それは、彼にとっての新しい一歩だったのかもしれない。
「へへっ、見えたぜシラ。お前を倒す方法が……!」
彼はそう呟くと、ニィと口端を吊り上げるのだった。
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