俺、魔法使いになる。
前回までのあらすじ、と言うか略歴。
ウザいチャラ男にナンパされた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
(まったく、あの変なやつのせいでとんだ道草を食ってしまった……)
喫茶店からこっそり抜け出し、冒険者ギルドへと向かう道すがら。
コノミは心の中で愚痴をこぼしながら、今度こそ変な人に見つかったりしないようにと、路地裏を歩いていた。
煉瓦造りの立体的な構造の街並み。
階段や坂道、歩道橋が至る所に巡っているこの街は、冒険者たちからは『はじまりの街』と呼ばれていた。
理由は至極単純なもので、この街の付近にはさほど凶暴な魔物は居らず、新人冒険者の育成に向いた土地であるという事と、ここには冒険者を育成するための学校があるからである。
そのため、安全な土地を求めてやってくる人々も多く、この街はここイタリカ王国内で上位十位に入る程度には大きな街となっている。
「……ていうか、この街広すぎ。
冒険者ギルドどこにあるんだよ……」
逃げながら歩くうちに、最初に居た店の位置からもかなり外れた。
この街に来る時はずっとあの竜車の中で揺られていたし、失禁のせいもあって外を見る余裕なんてなかったコノミには、この街の地形なんてわからない。
こんなことになるなら、あのチャラ男に案内させればよかった。
今となってはもう後の祭りだが、後悔せずにはいられなかった。
──と、そんな時だった。
コノミの体に覆いかぶさるように、いくつかの大きな影が伸びてきた。
「見かけねェやつだなァ?
立派な身なりして、もしかしてどっかのお嬢サマかァ?」
唐突に話しかけられた声に、コノミは足を止めて振り返る。
三人とも獣人だ。
獣人といっても、人間に獣耳と尻尾が生えただけのような優しいタイプじゃない。
まるっきり動物が二足歩行して服を着て喋ってる。
そういうタイプの獣人である。
「お、上等な銀髪じゃねぇか。
こりゃ高く売れるぜ、アニキ?」
コノミから見て右手側にいる狼の獣人が、縦長の瞳孔を細めながらこちらを見下ろし、ベロリと舌なめずりをする。
(あー、これは不味いなぁ。
人が少ない路地裏で、人攫いに遭うなんてこと考えてなかった……。
そりゃそうだよ、だってここは異世界、そういうことが頻繁に起きててもおかしくないんだから……)
コノミはそっと後ろ足を引くと、いつでも彼らから逃げられるように準備した。
(大丈夫。
俺はゴブリンだって倒せたんだ、いざとなったらこの棍棒で……って──)
「──あ!?」
「あ?」
突然のコノミの声に、三人が訝しそうな声を上げて、値踏み談義をやめてこちらを見る。
(しまった、棍棒を店に忘れてきた!?)
瞬間、コノミの顔から先程までの余裕ぶっていた表情が消え、次第に恐怖が支配し始めるようになった。
(どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!?)
まだ一対一なら、僅かとはいえ勝算はあったかもしれない。
しかし今は一対三。
更に相手は定番の設定であれば人間族よりも幾分か力が強いことが多いとされる獣人、しかも男。
対してこちらは彼らより頭一つか二つ分くらいは小さな子供。
種族は推定人間族、しかも女。
更にはこの長い距離を歩いて足はパンパン。
カラ元気を振り絞っても、逃げ切れるかどうかすらわからない。
……これは、たぶん詰みだ。(2回目
「にゃンにゃ?
にゃンかおもしれぇことでも思いついにゃンにゃ?」
コノミから見て左側に立っている黒猫の獣人の少年が、甲高い声を上げてズイッと徐に顔を近づける。
猫の大きな瞳の中に、涙を浮かべる銀髪の少女が反射しているのが、コノミの目に映るが、今の彼女はそれどころではない。
何とかしてこの状況から脱退せねばと、恐怖に縺れる頭を必死に動かし──自然と後ろに引いた背中に何か柔らかいものがぶつかって、コノミは本能的に後ろを振り向いた。
するとそこには、勝ち誇った笑みを浮かべるさっきの狼の獣人が後ろに回り込んで逃げ道を塞いでいた。
(しまった、挟まれた!?)
正に前門の虎ならぬ猫に後門の狼──いや、ここは四面楚歌ならぬ三面獣歌か。
(こうなったら、一か八か……!)
体力は残っていない。
力だって及ばない。
もう完全に逃げ場もない。
しかしここは幸い異世界だ。
それに昨日ドロテアと一緒にお風呂に入った時に、この世界には魔法が実在するということはわかった。
(前に使おうとした時は発動しなかった。
だから多分イメージするだけじゃダメだ。
もっと魔力に意識を集中させて、イメージをもっと明確にするんだ……!)
やったことはない。
できる保証もない。
だけど今ここでやらなければ確実に詰む。
だったらやるしかないだろう!
コノミは焦る心を拳を握り込んで落ち着かせようとした。
(焦るな、焦るな……)
これは、一か八かの賭けだ。
この賭けに勝つかどうかは、殆ど運だ。
だからコノミは、この運に賭けた。
もうそれしか、今のコノミには方法が思いつかなかったからだ。
「お、泣くか?
もっとその顔をよく見せてみろよ?」
狼がそう言って、無理やり私の顎を掴んで上を向かせる。
その握力は強く、掴まれている顔が少し痛い。
「おい、あンまり傷つけンじゃねェぞロウ、価値が下がる。
人間はただでさえ脆いンだ、その子供でしかも女なンてもッとだぞ」
「わーってるよアニキ、そんくらい。
ちょっと泣き顔を拝んでやろうと思っただけじゃねぇか。
こっちからは頭しか見えねぇんだぜ?」
獣人たちが何か喋っているのが意識の隙間から聞こえてくる。
おそらく彼らは、コノミがビビっていると思っているのだろう。
(……実際その通りなのが、なんかちょっとムカつく。
いっそカチンコチンに凍らせて黙らせてやろうか)
罵倒や煽りのような文句を投げかけては、体をつついたりと鬱陶しいことこの上ない。
しかし、コノミはそのことごとくを無視した。
その全てを無視して、体内に巡る魔力の流れを必死に探し──そして掴んだ。
(これか……?)
身体中を巡る、血流とは別の何か。
熱を持っている風ではなく、ただエネルギーのようなものが縦横無尽に、心臓のあたりを中心に流れているのが、なんとなくわかる。
(これが魔力……)
それを掴んだ瞬間、自然とそれの使い方がわかった気がした。
否、わかったというよりも、感覚的には思い出したと言った方が正確かもしれない。
──いいか、×××。
魔力は馬と一緒じゃ。しっかりと手綱を握って、進ませたい方に頭を向かせる。
あとは馬が勝手に道を歩いてくれる──
瞬間、不思議な記憶が一緒に脳裏を掠めた。
しかしコノミはそれに気がつくことはなく、ただ理解したままに、その魔力へとイメージを投影させた。
(空気中の水分じゃ、このカラッとした空気の中で凝結、凝固させるには効果的じゃない。
もっと量が多くて、もっと冷たく早く凍る物が必要……)
そこでコノミが頭の中に思い浮かべたのは、液体の窒素だった。
窒素は氷点下196°Cで液体へと変わる。
水を凍らせることなんかよりよっぽど効率が良い。
コノミは掴んだ魔力に、大気中の窒素が凝結して、氷点下196°Cの超低温の液体が周囲の熱を奪って霜を作り、凍らせていくイメージを押し流した。
──と、次の瞬間だった。
コノミの周囲に、白い霧のようなものが立ち込めはじめた。
「なんだァ?」
獣人の中でアニキと呼ばれていた白い虎の獣人が、訝しそうに呟いた。
それに気がついたのか、続いて狼も猫も、急変したコノミの纏う空気に眉をしかめ、警戒して一歩二歩と後退りした。
しかし、その反応は少しだけ遅かったようだ。
「うをッ!?」
一番コノミに近かった狼の獣人が、不意に尻餅をついた。
「どうした、ロウ!」
虎が心配したのか、戸惑いを含んだ声で狼に叫び近づこうとする。
しかし踏み出した足が鳴らしたシャリッという音に、彼は不意にその動きを止めた。
「……霜、かァ?」
見おろすと、そこにはレンガの地面を這うように白い絨毯が広がっていた。
よく見ればそれは、コノミを中心として同心円状に広がっており、彼女に近づけば近づくほど、その霜は厚く深く浸透している。
ロウ──狼の獣人が尻餅をついたのは、どうやらその霜に足を縫い付けられたせいだったようである。
「ちッ、魔術師だッたかァ……。
おイ、ミャオ!撤退だ!」
「りょ、了解にゃ!」
「ちょ、おいアニキ!?俺はどうすんだよ!?」
「すまンが、俺たちにはどうすることもできねェ」
「そりゃねぇぜ!?」
絶望的な悲鳴をあげて、遠去かりつつある二人に手を伸ばす狼。
どうやら、賊の撃退に成功したらしい。
コノミはそう判断すると、彼らが視界から消えるのを待って、握っていた拳を緩めて術を解いた。
周囲の奪われていた温度が反動で一気に戻り、少し熱い風が二人を包む。
「くそッ」
ロウと呼ばれた少年はキッとこちらを睨んで一声吠えると、そのまま逃げた二人を追いかけて走っていった。
「た、助かった……」
ようやく去った危機に心底安堵したコノミは、ふぅとため息をついてその場にへたり込んだ。
(なんか、めっちゃ体怠い……)
多分、これが噂の魔力が減る感覚なのだろう、と当たりをつけてみる。
自分の内側に意識を向けてみれば、それまでだから強く流れていた魔力の奔流は、かなり穏やかになっていた。
(……きっと、一気に気温を200°C近く下げたせいだな)
この魔法は、今度からは最終手段、必殺技的な感じで使うことにしよう。
コノミはそう決めると、しばらく休憩してからギルドを探すことにしたのだった。
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『はじまりの街』南東──貧民街
ここは、『はじまりの街』南東の壁際に位置する所謂スラム街。
街の規模が大きくなればなるほど、こう言った貧民層の溜まり場というものは否応なしに大きくなってくる。
いくら街全体の物価が安かろうと、それはどこの世界も同じ現象だった。
そんな『はじまりの街』の隅に自然と出来上がったスラム街に、二人の獣人が姿を現した。
片方は白い虎の獣人、もう一人は黒い猫の獣人だった。
二人はしばらく、スラム街を流れる川に沿ってただ無言のまま歩いていたが、ふと我慢できなくなったのか、猫の方が虎に口を開いた。
「にゃあ、アニキ。
にゃっぱりあれは勿体にゃいにゃ。
あんにゃ綺麗な銀髪、間違いにゃくシュノークローゼン人にゃよ?
売っにゃら一ヶ月どころにゃ、1年くらいにゃ遊べる一財産にゃよ?」
「ばァか、んなこたァわかってんだよ。
あとニャーニャーうるせェ。
猫族だからッて滑舌悪すぎだろゥ?」
「そりゃ差別にゃ!?
これにゃ舌の構造にぇきにどーにもにゃらにゃいことにゃんにゃぞ!?」
「あッそ、知るかンなもン」
「酷いにゃ!?横暴にゃ!?」
ぎゃーぎゃーと賑やかな二人は、そのまま川を下って自分たちのアジトへと向かっていく。
その最中、アニキと呼び親しまれていた虎の獣人は、たしかにこの黒猫の獣人の言う通り、少しだけ勿体ないと感じていた。
確かにあれだけ綺麗な銀髪を逃すのは惜しい。
しかし相手は子供と言っても魔術師だ、正面から正攻法は、きっと獣人と言えども難しい。
──だッたら、方法は一つしかねェわなァ。
「ククク……」
「ど、どうしたにゃ?
急に笑いにゃして気持ち悪いにゃ……」
隣で急に喉を鳴らし出した虎から若干引いたそぶりを見せながら、黒猫は理由を尋ねた。
「ばァか、いいこと思いついたンだよ。
……あの銀髪を金にする方法をなァ」
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