俺、記憶喪失になる。
前回の略歴、というかあらすじ。
街に行こうにも服がないことに悩んでいると、突如現れたのは緑色の肌をした小さな人型の怪物ゴブリンだった。
少女はなんとかしてゴブリンを殴って気絶させると、身ぐるみを剥いでゴブリンが着ていたボロボロの服を身につけ、ついでに棍棒を拝借して森の外へと向かった。
やがて森を出ることに成功した少女は、改めて見る異世界の風景に息を飲む。
広い平原、緩やかな丘陵、そして街を囲う大きな壁に、角の生えたウサギ、横を通り過ぎていく竜車。
初めて見るそれらに感動していると、彼女の横を通り過ぎた馬車が止まって、中から男が降りてきた。
矢継ぎ早に質問しては自分で勝手に解釈して解決するアレウスと名乗る男。
少女はなすがままにいつのまにか客車へと放り込まれ、気がつけば恐怖のあまり失禁してしまっていた──。
(あぁぁあああ、やってしまったぁ……!?)
街へ向けて揺れる竜車の中。
むんと漂うアンモニア臭を放つ黄金の液体を直接肌に感じながら、少女は顔面を蒼白にしながら両手で顔を覆っていた。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう!?
殺される殺される殺される殺される!?)
ガタガタと震える銀髪の少女。
唐突に臭い出したそのアンモニア臭に気がついた服飾商人のアレウスは、先ほどまでのそわそわしていた彼女の態度は、どうやらトイレに行きたかったかららしいと解釈して、できるだけ優しい笑みを浮かべることを努力した。
「なんだトイレに行きたかったのか。
街までもうすぐだ、店に着いたら着替えを用意してやるから、ついでに風呂に入って行きなさい。
セバス、話は聞いていたな?
竜車をとばしなさい、彼女が風邪を引いたら大変だ」
「御意に」
セバスと呼ばれた馭者はアレウスに短く返事をすると、手綱に魔力を流してラプトルの足を早めた。
──────
街までの道のりを長く感じていた少女は、ようやく足を止めた竜車に顔を上げた。
「さぁ、降りなさい。
セバス、彼女を連れて行きなさい。
細かいことは、言わなくても分かるな?」
「承知しております、テイラー様」
二人の話声が耳に届く。
しかし彼女の意識は混乱しており、声は聞こえるものの内容が全く入ってこない。
やがて客車の扉が開くと、馭者を務めていたらしい男に連れ出された。
男は白髪の目立つ少し長めの黒髪をオールバックにした、初老の男性だった。
短く揃えられた立派な──毛の黒い部分と白い部分の混ざり具合のせいか──灰色にみえる口髭。
カサついてはいるが気品のある唇。
細く鋭い目に、青灰色の瞳と、右目にかけられた金縁のモノクル。
そして、執事を思わせる黒い燕尾服。
老いてはいるが隙がない、一言で言えばかっこいい老紳士だった。
少女は乾いた尿の張り付いた足を動かして、セバスの後ろをついて歩く。
やがて彼は木の扉を開けると、すぐそこに立っていた女性従業員に何やら二言三言指示を出すと、どこかへと立ち去っていってしまった。
知ってる人が居なくなって、不安が心の中に溢れ出してくる。
「こんにちは♪
私ドロテアっていうの、気軽にドーラって呼んでね♪」
ドロテアと名乗った女性従業員が、セバスが居なくなったのを確認して、私の視線に合わせる様に目の前にしゃがみ込みながら元気に挨拶をした。
「え、えっと、俺──(はおかしいよな、今女の子だし)じゃなくて、私は──」
彼女の自己紹介を受けて、自分も名乗ろうと少女は口を開いた。
しかし、ここに来て初めて、彼女はなぜか自分の名前が思い出せないことに気がついた。
「!?」
(なんでだ!?
なんで自分の名前が出てこないんだ!?)
不意に判明した事実に、ぶるぶると体を震わせる少女。
試しに記憶を遡ってみるが、彼女が覚えていた最古の記憶は、空飛ぶトラックと、その真下で自分を待つ黒い長髪の少女──伊藤木実の姿だった。
それ以降の記憶が、スッポリと抜け落ちてしまっているのだ。
「うっ……」
とたん、気持ち悪さが喉に込み上げてきた。
そのあまりの吐き気に、彼女は地面に両膝をつく。
「えっ、ちょっと!?
大丈夫!?」
胃の中が空だったせいか、口からヘドロを出すことはなかったが、少女の口からはたらたらと大量の唾液がこぼれ落ちた。
「大丈夫、大丈夫だから……」
ドロテアはそう言いながら、少女の背中をさすった。
すると、不思議と気分が落ち着いてきて、だんだんと荒い呼吸や吐き気が元に戻ってきた。
「思い出したくないくらい、辛いことがあったんだね……」
何を感じたのか、ドロテアは優しい顔でそう呟くと、背中をさすりながら、少女の小さな体を起こさせた。
「とりあえず、まずはお風呂に行こう?
そんな格好じゃあ風邪引いちゃうから」
少女はその言葉にうなづくと、ドロテアに支えれながら風呂場へと向かった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
シュルシュル、と意識の向こうで衣擦れの音が聞こえ、自分の着ていたボロボロの布がストンと床に落ち、体が軽くなる。
「……」
精巧なビスクドールのような、ミルク色の滑らかな肌がドロテアの瞳に映り、彼女は少し息を飲んだ。
傷一つない、プニプニの柔肌。
柔らかな金色の産毛。
細くて長い手足。
肢体を包み込むように広がる、長い銀色の髪と、その前髪の隙間から見える、少しツリ目気味の大きな蒼い瞳。
それらは子供の特徴そのままだが、しかしそれら全てが作り物のように見える。
(まるでお人形さんみたい)
アクアマリンのような蒼い瞳と、ミスリルを編み込んだかのように輝く柔らかな銀色の髪を見て、思わず心の中でそう呟く。
ここは店の裏にある社員寮、その脱衣所である。
少女の裸に思わず見とれていては、彼女を風呂に入れて少しでも仲良くなるという目的は果たせない。
ドロテアはふるふると首を振ると、テキパキと脱がしたボロ布のような貫頭着を片付け始めた。
その様子を、特に何の感傷もなく少女は見つめていた。
竜車の中であまりの恐怖に失禁してしまって濡れたボロ切れは、今や少し乾いてアンモニア臭を放っている。
普通は少し気にするはずだと少女は思っていたのだが、しかしそれを意に介する様子をドロテアは見せない。
「さて、それじゃあついでに私も入っちゃおうかな♪」
ドロテアはそんな様子の少女を見やるなり、胸元の麻紐に指をかけた。
「……っ!?」
突然の行動に、少女は思わずたじろいだ。
さっき、突然頭の片隅にフラッシュバックした事故の記憶と、自分の名前が思い出せないという記憶喪失の事実に心が追いついていなかった少女の意識。
そこに突然、元は思春期真っ盛りな年頃の少年だった彼女には、それはそれは刺激の強い情報が入り込んだからである。
(……ごくり)
──端的に言えば、ドロテアが少女の目を意に介さず、服を脱ぎ始めたのである。
(いやいやいやいやいや!?
待って待って、今からどういう状況だっけ!?)
あまりの衝撃に先程までのパニックが一気に塗り替えられ、慌てふためく銀髪の少女。
ドロテアが襟元の麻紐を緩めていく様が、彼女の目にスローモーションで映る。
徐々に解かれていく襟の紐と、その間から露わになるたわわな果実の上辺が、少女の目に焼き付けられていく。
「……」
少女は混乱した。
必ず、かの邪智暴虐なこの店の主人から逃げださなければならないと決意した。
少女にはエロスがわからぬ。
少女は、記憶喪失の一般ピーポーである。
トラックに轢かれて死に、転生してこの世界に迷い込んできた。
けれどもエロスに対しては人一倍敏感であった。
……などという一節が不意に頭をよぎるのも、仕方のない事だろう。
そんな彼女の心の内など露知らず、いつも通り、普段通りといった体で、シュルシュルとベージュ色のリネンシャツを脱ぎ捨てるドロテア。
その下から現れるのは、予想通りの大きな果実。
「巨峰……(ボソッ」
(……あれ、カップ数一体幾つなんだろう?)
思わず自分の胸を見下ろして見比べる。
しかし視界に映るのはなだらかな丘陵地帯であり、ドロテアのものとは比べ物にならないサイズであった。
(なんか腹の奥がムズムズする……)
この感覚は一体なんなのだろうか。
少女は眉を顰めて、そんなドロテアの方を睨んだのだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
(うぅ……。
散々な目にあった……)
眼福だったけど。
お風呂上がり。
暖かい湯でのぼせ気味になった少女は、ドロテアにタオルで髪の毛を乾かしてもらいながら、ぼーっとしていた。
あの後、風呂場に連れ込まれた彼女は、ドロテアに無理やり体を洗われ、まるで抱き枕のように抱えられながら湯船に連れ込まれた。
流石に『お姉さんが体を洗ってあげるからね♪』と言われた時は抵抗したが、力の差か年の差か、それとも男としての本能に抗えられなかった精神の弱さか。
なすすべもなくあんなところやこんなところを弄られ──もとい、洗われてしまった。
……あまり詳しいことを言うと18歳未満のおこちゃまには刺激が強すぎるので言わないが、まぁかなり役得な時間を味わったとだけ答えておこう。
(……にしてもドーラさん、おっぱいおっきかったなぁ……)
いまだに記憶の片隅に残る彼女の胸の感触を思い出しながら、にへらと口元を緩める。
「あー、お姫ちゃんホント髪の毛サラサラだよねぇ……。
サラサラで柔らかくて気持ちいいし、銀色で綺麗だし……羨ましい……」
そんなことを考えているとは露とも知らず、ドロテアは少女の髪を乾かしている。
(さっきからあったかい風が吹いてるけど、これも魔法か何かなのか?)
お風呂で体を洗われているとき、チラリと見た魔法らしき現象。
ドロテア曰く《生活魔法》というものらしいけど、詳しいことはよくわからない。
(この世界に魔法があるのはわかったんだけど、いかんせん使い方がなぁ……)
竜車に連れ込まれる前、もしかしたらと思って試していたことを思い出す。
以前どこかで、魔法はイメージだ!というのを聞いたことがあった気がした。
だからあの時は、魔法名っぽいのを唱えながら、同時にそれで起こる効果とかもイメージしてみていたのだが、まったくそれっぽい現象は起きていなかった。
(……そういえば、魔法を使うには魔力が必要なんだったか)
どこの本にも、確かそんなことが共通して書いてあったような気がする。
(……てことは、魔力操作ができれば魔法も使えるようになるってことか?)
と、そうこうしているうちにも整容が終わったのか、ドロテアは風を止めて、ブラウス姿の少女を抱き上げて床に立たせた。
「さて、体も洗い終えたことだし、お洋服選びに行こっか♪
幸い、セバスさんからは代金は店長が持ってくれるって言ってたし♪
お姫ちゃん可愛いから、きっとどんな服でも似合うはずだよ♪!」
「そ、そうですかね?」
自分の顔を見たことがないからよくわかんないけど、まあかわいいというならかわいいんだろう。
少女はなんだか少し恥ずかしい気持ちになりながら、にへらと笑みを浮かべた。
「絶対似合う!
だってかわいいから!」
こうして、少女はドロテアに連れられて、店のショールームで強制的に公開ファッションショーを開かれることになるのだが、それはまた別の話。
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