俺、ドナドナになる。
前回のあらすじ、というか略歴。
コノミの正体はお姫様……?
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冒険者ギルドには、通常ギルド職員にのみ立ち入りが許される地下施設が存在する。しかしこの施設は全てのギルドに存在するわけではなく、それなりに大きな街に限って設置が許されていた。
その施設は二つある。
一つは連絡室。
遠く離れたギルドや重要施設間に魔法的なパスを繋ぐことによって、こちらとあちらの音と映像をやり取りすることのできる部屋で、簡潔に言えばビデオ通話ができる場所である。
そしてもう一つは転送室。
連絡室と同様に魔法的なパスを繋ぐことで、こちらとあちらの間で物品のやり取りをすることができる部屋だ。いくつか制限はあるが、緊急時に重要なアイテムを輸送したりと色々使い道のある部屋である。
ちなみにこれは余談だが、これらのシステムを考案したのは、これから彼女が連絡する相手──マーリンである。
「うぅ、緊張する……」
普段の彼女であれば、誰かに何かと理由をつけて押し付けるのであったが、しかし緊急事態ということやどうやら他国の姫の命が危険らしいなどという、もはやめんどくさいから手を抜くなどとしては、後々自分の首が物理的に危ない状況だからか、その表情はとても青ざめていた。
地下へと続く石階段を下りながら、一人言ちる。
地下には備品倉庫や冒険者が討伐してきた魔物の死体などを保管しておく貯蔵庫、スタンピードと呼ばれる魔物の大反乱などに備えた食糧庫などがあるため、一般に想像するように薄暗くてジメジメしていて、あるいは埃っぽいなどということはない。
むしろ壁際では鉱石灯が淡い光を放って部屋を照らしているし、途中で何人かの従業員とすれ違うことも珍しくはない。
鉱石灯とは、光を溜めておくことができる性質、つまり蓄光性を有する鉱石を使ったランプのことだ。
蝋燭の火を使っていないのは、地下室全体が酸欠状態になるのを防ぐためである。
さて、そんなこんなで地下室の廊下を渡り、警備員が守護する分厚い鉄扉の前にシャルロットは辿り着いた。
部屋の鍵を提出すると、厳重な身体検査の後に警備員は重々しい音を立てて連絡室へと彼女を通した。
(この検査、どうにかならないかなぁ、ホント)
面倒くさい、そんな思いを口には出さずに、ツカツカと連絡室入って右前方に見える巨大な装置の前に立つ。
形としては、ATMに近いだろうか。
使い方は正社員になってから受付嬢のチーフに教えてもらっていたので、すんなりと起動することができた。
──ブツン、という重く太い音がモニター脇のマイクから発せられて、画面上に一人の少年の顔が映し出された。
金色の髪をした、あどけなさの残る少年である。
(これが獣人だったらなぁ)
もし口に出していれば即刻通信を遮断されていただろう事を思いながら、あらかじめ決められた文句を機械的に告げた。
彼女はケモナーなのだ。
「交信用擬似霊脈、活性確認。
こちら『はじまりの街』冒険者ギルド支部。
大魔術師マーリンの応答願う」
『マーリン?
彼女なら今ちょっと出かけてるんだけど……急用?』
彼の名前はミラ・アドルミニ。
マーリンの従者で、冒険者育成学校で講師を務めている人物である。
「はい。サブギルドマスター、スキンヘン・ハーゲンより至急、やってほしいことがあると」
『ふぅん、至急かぁ。
……それじゃ、その要件ボクが伝えとくよ」
「かしこまりました。
では、今からそちらに預かった手紙を転送しますので、後のことはよろしくお願いします」
『はーい、りょーかーい』
端的なやり取りを済ませた後に、付属しているキーパッドを叩いて部屋の中央にある転送用の魔法陣を起動する。
ブワォン、という重い振動音が部屋に響いて、紫色の菱形をした魔法陣が展開し、上下に分かれた。
「それでは、転送します」
宣言し、魔法陣と魔法陣の間にできた空間に、ハーゲンから預かったカードを放り投げた。
カードは紫色のそれに挟まれると、再びブワォンという音を残して姿を消したのだった。
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ガタン、と一際強い揺れを感じて、意識が復活する。冷たくて硬い床の上に直接寝かされていたのか、全身がものすごく痛い。
意識が覚醒して、それからほぼ同時にツンと刺すような酸っぱい臭いが鼻腔を刺激した。それは、まるで何年もお風呂に入っていないような、そんな感じの臭いだった。
(……頭が痛い。吐き気もする……。いったい、俺は今まで何をしてたんだっけ……)
絶えずガタゴトと振動する床から身を起こして、うっすらと開いたぼやける視界に意識を向けた。
見えるのは、ボロ布を纏っているらしい人影がいくつか。その後ろに鉄格子……。
そこまで認識して、不意に自分の首に懐かしい拘束感を感じた。
無骨で、重くて、その重さが肩と鎖骨を刺激して与えてくる痛み。締められて喉が僅かに苦しくなる、この感覚。
この感覚を、コノミはなぜか知っていて、懐かしいと感じていた。
(……なぜ?)
そこに手を触れると、鉄製の首枷がされているのがわかった。首枷からは鎖が伸びていて、背中の鉄格子に南京錠で連結されている。
(……俺は、捕まったのか?)
ガンガンと響く頭で、状況を整理しようとする。
しかし、早鐘のように打つ心臓の鼓動と、背筋を流れる冷や汗が、彼女の思考を阻害した。
それでも、どうやら奴隷商に売られてしまったらしいところまでは、難なく把握することはできたのだが。
「ちっ」
舌打ちを一つ放つ。
と、折の外、どうやら幌馬車の中で檻の監視をしていたらしい獣人の男が、こちらに目を配らせた。
「あ?誰だ、さっき舌打ちしたの」
男の野太い声が耳朶を打つ。
その声に怯えたのか、ほかに一緒に乗っていた奴隷たちが一斉にざわめいてこちらを指さした。
「わ、私じゃないわ!そこの人がしたの!私たちは関係ないっ!」
少しパニック気味に、くすんだエメラルドグリーンの髪の少女が売った。
彼女の服装は、他の奴隷たちとは違った。何かの学校の制服のような作りで、たぶん最近人攫いにあってここに売られているのだろう。
髪をツインテールに縛っているらしいリボンも、まだあまり汚れていなかった。
(そういえばらあの街には冒険者育成学校があるんだっけ)
どこで聞いたかは忘れたが、確かそんなものがあった気がする。
と、そんな風に特に怯えもせず明後日の方向に思考を馳せていると、檻を覗くヒョウの顔があった。
その獣人は海老茶色のローブを被っていたが、フードは身につけていなかったので顔がよく見えた。が、顔なんて見ても、正直獣人の区別なんてつかないのだが。
「おぅ?誰かと思えばギンコじゃねぇか。
二年ぶりだなぁ」
「ギンコ?」
どうやら自分のことを知っているらしい口ぶりに、コノミは眉を顰める。
コノミはここ数日より前の記憶が全くない。その喪失した期間に出会っていたとしても、今の彼女には全く身に覚えがないが──しかし、この首輪の懐かしさといい、不快な感じがする声なのは確かだった。
「おいおい、まさかもう忘れちまったのか、ギンコシリーズのホムンクルスよ?
シュノークローゼンじゃあ随分と可愛がってあげてたんだが──」
(ホムンクルス?シュノークローゼン?
こいつはいったい何を知ってるんだ……?)
男のセリフに、また知恵熱を出しそうになる。
わからない。わからない事が沢山ありすぎて、自分ではどうも処理できそうにない。
だがしかし、彼の言葉からどうやら自分のことを知っているらしいことだけは辛うじて理解できた。
「──おい」
と、その時だった。
お喋りなヒョウを諫めるように、低く渋い声が彼の言葉に被せるように注意を向けた。
「やっとそいつを見つけられて嬉しいのはわかるニャ、ここには部外者もいるんニャ。弁えろ」
声のしたほう、ヒョウの男よりも幌の尻の方に近いところで背中を預け、レイピアらしき刃物を研いでいる三毛猫の獣人を見つける。
その獣人も彼と同じく海老茶色のローブを羽織っており、どうやらこのヒョウの仲間らしいことが窺えた。
「うぇーい。
……ったく、相変わらずニャーニャーうるせぇ猫だなぁ」
聞こえないように配慮して、ヒョウが小さくボヤく。しかしその声は野太く、小声であってもその三毛猫の耳には普通に届いてしまっていたらしい。
「聞こえてるからニャ」
「……」
注意するように反応した彼の声に、小さく溜息をつく。
(もしかして、この二人あまり仲が良くない?)
もし仮にそうだとしたら、後で何か役に立つかもしれない。
とりあえず、頭の片隅にでも覚えておこう。
そんな風に考えていると、ふと、視界の端に動くものを見つけた。気になってそちらの方へ目配せしてみると、制服の裾の下でこちらに手招きをしているらしい、先程のツインテの学生の指先が見えた。
視線を見ると、どうやらこちらに呼びかけているらしい。
「あなた、どういう関係なの?」
体をもぞもぞと動かして近づくと、ハード越しに耳元でそう尋ねられた。
「どうもこうも、初対面だけど」
「そんなわけないでしょ。さっきの会話、あなたのこと知ってるみたいだったわ」
そんなこと言われても知らないのだから仕方ない。もしかすると記憶喪失になる前に何かあったかもしれないが、今までの会話からそれを推察することはできないし、何よりそれが本当に自分のことを言っているのか確信がなかった。
……なかったが、しかしなんとなくそうなのではないか?という予感があった。
根拠を問われても、今の彼女には何も答えられるものなどなかったが。
首を振ってその意を伝えると、とりあえず自己紹介でもしておこうとフードを脱いで少女の方を向いた。
「おr……私、コノミ・イトー。今日冒険者になったばかりなんだ、よろしく」
「こんな状況で自己紹介なんて、意外とマイペースね、あなた。
いいわ。私サエルミア。『はじまりの街』の魔法屋『翡翠館』の娘で、今は冒険者学校に通ってるわ」
差し出した手を、サエルミアと名乗った少女が握り返した。
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