俺、諦める。
前回の略歴、というかあらすじ。
狼のおうちにお邪魔します!
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スクラップ置き場のようになった一角に隠れるようにして建っていたロウの家は、文字通りのワンルームしかなかった。
玄関を潜ればすぐに居間が現れ、壁際に小さなベッドと、何やらガラクタの整列された棚があるのみだった。
「まぁ、何もない部屋だが」
少し申し訳なさそうな面持ちで言いながら、カーテンと木の扉を閉めた。
「すん……。なんか変な臭いするな。ちょっと生臭いというか、なんというか……」
部屋は物が少ないが、あまり掃除をしないためか少しだけ変な臭いが鼻につく。
あたりに生ゴミでも落ちていて腐っている、というわけでもないのに、何故か臭う。
「さ、さ〜ぁて、何の臭いだろうな?」
彼女のコメントに、若干声を震わせながら目を逸らすロウ。
この時コノミには知識があっても実体験として知らないことだったのでわからなかったが、実はこの臭いは彼が毎晩せっせとシていた残り香であった。
「と、ところで姉御」
と、話題転換を図る。
コノミの方も、特に言及するつもりがないのか、『ん?』と振り返り様に首を傾げながら続きを促す。
「あの女の人って、いったい誰だったんだ?姉御のこと知ってたみたいだが」
「あー。ただの人攫い集団の団員だよ」
「……は?」
さらっと告げられる言葉に、一瞬呆けた顔になる。
それはそうだろう。その人攫いの集団と言った人たちから『お姫ちゃん』だなんて呼ばれていたのを彼は聞いている。
聞いているからこそ、彼女の発言内容が、その言葉の意味が全く理解できなかったのだ。
多分、きっと勘違いをしているのでは?とすら思うほどに。
それが事実であることを、この場に知る者がいないというのは悲劇なのか喜劇なのか。
しかしロウは馬鹿である。難しいことはよくわからないのか、一瞬で思考を放棄したのだった。
──と、そんな時だった。
唐突に、バン!と大きな音が部屋に響き、二人組の獣人がニタニタと笑みを浮かべながら入ってきた。
「邪魔するぜェ、ロウ」
あばら屋の木の扉が乱暴に蹴破られた音だった。
驚いて振り返れば、そこには白い虎と、黒い猫。シラとミャオが立っていた。
「お前ら!?」
振り返り様に重心を落とし、戦闘態勢をとるロウ。
その様子を見たシラは、少しだけその目を細めると、『ほゥ』と一言呟いてニヤリと口角を上げた。
彼の右手が、後ろにいる少女へと彼らを近づけないようにしているのが見て取れたのと別に、これから誘拐しようと画策していた対象の姿をその視界に認めたからである。
「“お前”たァ、随分偉くなッたなァ、ロウ。お前を舎弟にしたのが誰か、忘れたンじャァねェだろうな?」
剥き出された牙に、爪に、彼に敗れたあの日の情景がフラッシュバックする。
まだ彼に勝てる様な力も技量も未だ備えてはいない、準備不足の状態で、今彼に勝てるとは思っていなかった。いや、思えなかった。
敗北の記憶が、彼の足を鈍らせるのである。
一方でそんな様子を後ろから眺めていたコノミは、ようやく今がどういう状況なのかを理解した。
向こうのグループから勝手に抜けたロウを、この虎の獣人が引き戻しに来たのだろう。そして引き戻しに来たついでにコノミという、かつて誘拐に失敗した少女も見かけたものだから、ついでに彼女の事も拐ってやろうとしているのだ。
今この場でコノミにできることは限られていた。
一つ、後ろの窓からこっそり逃げること。
二つ、魔法を使ってロウを援護すること。
体力には自信がないので、たとえ逃げたとしてもすぐに捕まるというオチは、この小さな少女は理性的に理解していたので、早々に選択肢から外した。
だが、その無い体力と同様に、やはり使える魔力も少なかったために、どこまで彼を援護できるか、彼女には予想がつかなかった。
(魔力は……あの必殺技一回くらいなら使えるか?
けど、あれやると魔法が使えなくなるし……)
それは、逆に言えば他の魔法を使えばあの必殺技が使えなくなることを同時に意味していた。
「……お前はもう義兄でもなんでもねぇだろ」
「ほう?犬コロが鳴くじャねェかァ」
ロウが拳を握り、踏み止まる。
そもそも、彼はこのシラに打ち勝つためにこの後ろで突っ立っている子供を利用したのだ。それは一回も忘れたことはない。
だから、この不良児を倒して見せるまで、この少女を奪われるわけにはいかなかった。いかなかったから、後退りする足を踏ん張って、シラの放つ威圧に耐えたのである。
「フン、残念だぜ、ロウ。少しャァ見直してたンだがなァ」
チラリ、と視線をミャオの方へやる虎。すると、その合図を受けてニッと口角を上げた少年が、首から下げていた笛を思いっきり吹いた。
「──────!」
その音はどうやらコノミの耳は聞き取ることができなかったが、しかしその場にいたロウは、その笛の音を聞くやすぐに両手で耳を塞いで牙を剥き出しにした。
笛の正体はすぐにわかった。
(あれ、もしかして犬笛……?ってことは──ッ!?)
理解した瞬間、コノミはロウのズボンの裾を掴んで一気に後ろへと飛んだ。ロウの体格から自分が彼をぶん投げることなんて不可能なことはわかっていたので、掴むと同時に膕に蹴りを入れて体幹を崩し、そのまま重心を移動させるような形で後ろへと引っ張ったのである。
──と、同時。あばら屋の屋根をぶち壊して、その天井からガラクタの雨が降り注いだのである。
「けほっけほ……っ!」
土煙が狭い屋内に舞って咳き込んだ。
なんとか自分の方は無事だったが、衝撃で上に覆いかぶさったロウの体が重い。
「あっぶねぇ……。サンキュー、姉御。助かった」
「ならさっさと退いてよ、邪魔」
間一髪、といったところだったか。あと一瞬タイミングが遅れていれば、ロウの足は使い物にならなかったはずである。
どうやら無事らしい彼の様子を確認するなり、コノミは彼の巨大な体を押し返した。
「へェ、やるじャねェか」
ガラクタの山の向こうから、シラの声が聞こえた。
天井の方に気配を感じて見てみれば、そこには四人の獣人がこちらを覗き込んでいた。
どうやら先程の奇襲は彼らの仕業らしい。
「犬笛なんて吹かれたら、流石に狙いくらいわかるよ」
「そりャそうだ」
ケケッ、と笑い声を漏らして同感の意を伝えてくる。
「んじャあ、当然こッちが次にどうでるかッてのも?」
「まぁ、お見通しなんじゃないかな」
おそらく、天井の獣人たちをこちらへと一気に仕掛けさせるのだろう。そうして、ロウが手間取っている間にコノミをさらって逃亡。
筋書きはだいたいこんな感じのはずだと、この場にいる誰もが予想できた。いや、もしかするとロウは例外だったかもしれないが、しかし本能的には不味い状況にいることくらいは理解していたに違いなかった。
「だッたら話が早ェ」
ガラクタの山を迂回してこちらに回ってくる。反対側を見ればミャオもまた、挟み撃ちのように歩いてきていた。
「大人しく投降しろ。そうすりャァ怪我はさせねェぜ?」
万事休すか。
コノミは奥歯をギリと軋ませると、大人しく投降の意を示そうとして──しかし、それを許さない人物が、この場に一人だけいたことを誰もが忘れていた。
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