俺、家出貴族になる。
前回のあらすじ、というか略歴。
……正直、前回内容が少なすぎて書くことがない(メタ発言。
取り敢えず、主人公の少女コノミは、漸く冒険者登録をすることができるようになりました。いやぁ、長かったね。だってここまでで十話くらい使ってるんだもん(メタ発言。
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若干の生臭さと酒臭さの漂うギルド内。基本的に木と石とを組み合わせて作られた、中世のドイツ辺りを想像してしまう景観の中に、青いフーデッドケープを身に纏った少女と、彼女に対応している受付嬢の姿があった。
「では、最後にこちらにサインを」
差し出された四角いカードに目を落とす。
今の自分の掌よりも少し大きめの、黒い長方形の厚さ二ミリほどの板。
素材は何なのか今の彼女には知る由も無いが、実は錬金術によって作り出された水晶の繊維が編まれた、トレントという木の魔物から作られる植物紙に特殊な漆を塗って作られたモノだった。
簡単に見た目を説明すると、電源を落としたスマホの画面の様な見た目をしていて、説明によれば使用者から漏れる微弱な魔力に反応して、カードに文字が浮かび上がるそうだ。
黒いカードの左下。そこの白い枠の中に、渡された専用のペンで名前を書く。
これもまた不思議なことだったが、この世界の文字を知らない筈だったコノミは、何の苦労も無くそれを書くことができた。
『Konomi Itoh』
特に何も考えることなく書き終え、受付嬢に見せた。
するとその女の顔が、にわかに引き攣り、カウンターの下に一瞬目線を落とした……様に見えた。
これもまたまたこの少女の知らないところではあったが、彼女の落とした視線の先には、とある逃げ出した貴族の娘を探しているという旨の依頼書が置かれていたのである。
この手の依頼はよくある話で、依頼書もそれなりの数があるため彼女がそうだとは断言できなかったが、とりあえずここで何か騒がれても後始末に困るし、と見ないフリをする。
「それでは、そちらが冒険者としての身分証となりますので、くれぐれも失くさない様にしてください。
以上で、大まかな冒険者制度の説明は終了です。詳しいことはこちらの資料に書いてありますので、後ほど参照してください」
コノミの目の前に、スッと薄い灰色の紙でできた冊子が差し出される。そこには『Pulbowk ov Advencher(冒険者の手引き)』と、やはり見慣れない、しかしなぜか読める文字が羅列されていた。
「他に何かわからないことはございませんか?」
聞かれて、そういえばまだ依頼の受注の仕方を聞いていないことを思い出す。依頼の受注の仕方なんてどこの世界も同じだろうけど、とりあえず聞いておいた方が良いはずだ。
「すみません、まだ依頼の受け方を聞いてないです」
少し申し訳なさそうに尋ねると、受付嬢の彼女はハッとした表情で──おそらく説明を忘れていたことに気がついたのだろう──慌てて笑顔を取り繕った。
「す、すみません!それでは早速ご説明いたしますね」
吃音がちになりながら、急いでカウンターを出る。
しかしあまりに急ぎすぎたのか、足が引っかかって前に倒れこんだ。
「きゃっ」
すかさず、ロウが手を取って転倒を防ぐ。
「おいおい、大丈夫か?」
「す、すみません……」
苦笑いを浮かべて、体勢を立て直す。
(へぇ、ロウって意外と紳士なところもあるんだな)
窓から急に入ってきたり、風呂に入るのを嫌ったりって結構野蛮でやんちゃなやつかと思えばこの通りだ。意外と根は真面目で紳士な奴なのかもしれない。
……と思ったのも束の間、よく見てみればロウの視線が受付嬢の制服の、緩く開いた胸倉、正確にはそこからわずかに覗く胸の谷間を凝視しているのがわかった。
(……あ、なるほどそういう)
紳士は紳士でも、こいつはむっつり系の変態紳士だったか。俺も気をつけねば。そう心に決めるコノミであった。
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掲示板の前に移動して、依頼の受注の仕方の説明を受ける。少し大きめな黒板ほどの大きさを持つ掲示板には複数枚の植物紙がピンで貼り付けられており、それぞれの隅に異世界版のアルファベットとでも言うのか、この世界の文字が一文字ずつ振られていた。
掲示板は、いわゆるコルクボードだった。
ピンは金属でできている。
コルクボードの掲示板に貼られている紙は依頼受注用の紙以外にも、パーティメンバーの募集だとか、企業の広告とかが貼り付けられていたりしていた。
(うん、特に変わったところはないみたいだね。いや、実に異世界っぽくていい雰囲気ではあるけど)
こういうのが噂に聞くエモい、という感情なのだろう。異世界に来たって感じがして、心の底からワクワクが止まらない感じがする。
受付嬢の説明によれば、この依頼受注用の紙(依頼書)の隅に書いてあるアルファベットは、依頼の受注における推奨ランクの意味があるらしく、自分のランクまでのそれと、それから一階級上の依頼が受けられる様になっているのだそうだ。
実力に見合った仕事を一目見て選ぶことができるという利点とか、冒険者の無駄死にを防ぐ効果を期待しているらしい。
「イトーさんは登録したばかりですので、一番下のFランクの依頼か、もう一つ上のEランクの依頼しか受けることができません。
もしそれ以上のランクの依頼を受けたい場合は、該当ランク階級の冒険者を半数以上含んだパーティに入る必要がありますので、ご了承ください」
「わかりました」
頷いて了承の意を伝えると、『それでは、何かめぼしい依頼を見つけましたらカウンターまで紙を持ってきてくださいね』と残してその場を去った。
(さて、最初に受ける依頼はどれにしようか)
掲示板の前で顎に指を当てながら、大量に貼り付けられた依頼書に視線を投げる。
受けられる依頼の種類は沢山ある。
『角兎が畑を荒らすのでどうにかしてください!』とか『雑木林のゴブリンを討伐してください』などなど。
それ以外にも街の清掃業務、物資の運搬補助、どこかの庭掃除など、仕事の種類は多岐に渡る。
「でも、せっかく冒険者になったんだし、雑用とかそういうのはとりあえずパスかなぁ」
(だって俺体力無いし)
思い出すのは、ここに来る直前のこと。
ナンパしてくるチャラ男から走って逃げようとして、自分の体力のなさを罵ったあの時だった。
「姉御は魔法使えるんだし、それ関連の仕事とかどうだ?
ほら、『魔法道具の材料を調達してきてください』とか、いかにも向いてそうだろ?」
後ろからロウの指摘が飛んできて、彼の指差した方へと視線を向けた。
推奨ランクは一個上のEランク。
内容は、魔法道具の材料になるベビートレントの枝の採取だった。
ベビートレント……さしずめ、トレントの幼体といったところだろうか?とコノミは当たりをつける。
トレントというのがどれほどの強さなのかとか、どんな習性を持っているのかとかよく分からないが、確かにこの依頼は魔法使い向きではあった。
(えーと、場所は街の近くにある雑木林……って、もしかしてあそこか?
俺が初めてこの世界で目が覚めたあの時のあの森)
思い出すと、はじめに浮かんだのはゴブリンとの戦闘。あんな怪物のいるところで、よく裸で倒れていて平気だった物だなと今更ながらに苦笑いが溢れる。
(あの時は碌に探索もしないでこっちまで来ちゃったからなぁ。
もしかしたら、行ってみれば俺の記憶について何か手がかりがあるかもしれないし、行って損はしないだろう)
依頼書を掲示板から外してカウンターへと持っていく。
その後ろをロウがついて歩く。
因みにこの時ロウの頭の中は、もしかするとこの依頼についていけば、魔法の使い方について何かわかるのではないか?と画策していたのだが、そんなことは一切知る由もなかった。
「決まりましたか、イトーさん?」
「はい、これで頼みます」
台に登って、先程の受付嬢へと紙を渡す。
すると、その紙面を見た彼女は、少しだけ困惑したような面持ちになって『少々お待ちください』といって、何やらカウンターの下から帳簿を取り出して目を走らせ始めた。
(何か問題でもあったのか?
いや、でも教えてもらった通り受注したランクは規定の範囲内だったし……)
不審に思い、思わずロウへ目配せする。しかし彼もよくわかっていないのか、肩を竦めるだけだった。
あぁ、不安だ。
「お待たせしました。すみません、実はこの依頼場所についてのことなのですが──」
「あ、お姫ちゃん!もう起きてたんだ!」
その時だった。受付嬢の声を遮って、聞き覚えのある声がコノミの耳朶を震わせた。
「げっ!?」
「げ?」
振り向かなくてもわかる。
なぜなら彼女をこの様に呼ぶのは、自分の知る限り一人だけだからだ。
(今日迎えに来るって言ってたけど、こんなに早く来るなんて……)
てっきり、来るのは昼ごろだと思ってゆっくりしていたのが、まさかこんなところで裏目に出るとは。
一瞬、反省の色を顔に浮かべるが、その表情をどうやら迷惑に感じていると受け取ったらしいロウが、私の前に躍り出て彼女──ドロテアの前に立ち塞がった。
「姉御、どうすりゃいい」
小さく、単刀直入に耳打ちされる。
そこでコノミはそういえばと忘れかけていたことを思い出した。
「どうすればって、それは──」
ざわっ、とギルド内の酒場がどよめきたつ。
これがどういう状況なのか、彼らには判断しかねていたのだ。
しかしその一方でコノミを担当した受付嬢はといえば、ドロテアの『お姫ちゃん』の一言で盛大にパニックを起こしていた。
青いフーデッドケープの裾から見える小さな手に、青い光が輝き始めた。
そこには冷気が含まれているのか、周囲の空気がわずかに白い湯気を上げ始めた。
何をするつもりだ?と、その場にいた全員が思っただろう。そして同時に、『あ、これは逃げないとヤバいやつだ』とも思った筈であった。
すぅ、と小さく深く息を吸う。
そして口元をニヤリと釣り上げて、その青い光を振りかぶった。
「にーげるんだよー!」
放たれた光は一直線にドロテアへと迸った。
唐突の事態に対応できなかった彼女は、目を見開いたまま何もできずに直撃し、次の瞬間、全身に氷の荊棘が巻きついて地面へと倒れた。
「へぶしっ!?」
「ロウ!」
小さな体が背中に飛び乗った。
その体勢はちょうどおんぶの様な形にも、馬乗りの様な形にも似ていて。
「わ、わかった!」
一瞬のラグの後、少年は言われたままにギルドを走り抜け、その場を去った。
……ちなみに、それからギルド内が正気に戻ったのは、それからしばらく経ってのことだった。
JOJ◯ネタ入れたかった。
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