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誰かが読んでくださることで有り難さと書かないことへの申し訳なさに繋がります。いつもありがとうございます。



夜はやって来る。この王国にも。しかし、この王国には太陽も月も存在しない。あるのは時間の移り変わりとともに空間の明るさが変化していくくらだ。魔法使いのイメージにも限界はある。それくらいスケールの大きな宇宙の事柄が等身大に縮小して感じ取れる日の移り変わりを再現するのは難しいことではあった。王子が霊に取り憑かれて憔悴するのも、明確な夜というのは存在しなかった。大きな周囲を照らす電灯が点くか光が弱まり消えるかそのくらいであった。

ヴァリーはリバティ一行に頼まれ、靴作りを寝る間を惜しんで勤しんだ。だから、一段落した頃にはまた辺りが明るくなっていた。彼は横になって少し眠ることにした。ここで眠りのさなか、ヴァリーの目の前に父が現れたらどれだけ彼は喜ぶことだろう。しかしながら、ヴァリーには王子のように霊的な目を持ってはいなく、たとえ彼の父がそばにいたとしても、それに気づけはしなかった。ヴァリーが目を閉じている間は全くの意識が途絶えたようになっていて、深い眠りに陥っていた。そして、しばらくして目が覚めるとヴァリーは靴を作る仕上げに取りかかった。この仕事に勤しんでいる間は、他のことを考える余地は彼にはなかった。そしてまた作業を中断し、ひと休みするようになって彼はもの思いに更けた。

「おれはなぜあのとき死ねなかったのだろうか。猫に連れられて来たら、こんな奇妙なところに住み着いてしまった。別に死んだからといって父に会えるとは思っちゃいない。ただ世の中の多くの人と同じようにおれも楽になりたかった。死は安息とはいうが、おれにとってもそのように思えたのだ。だが、生き物の命というものには限りがあるのだ。忘れた頃にはおれはもうくたばっているのだろう。どうせいつかくたばるなら短く生きても変わらないものだ。そう思うこともできるし、どうせいつかくたばるのなら、それまで生きなきゃもったいない...なんて思うこともできる。どの向きに考えるかで行動の仕方も変わってくるな。大したことはできやしないが、案外に暇ではない。だからまあ、ここにいても俺は構いはしないか...」

そう考えてはぼうっとしていたところに、ふと扉の開く音が聞こえた。

「こんにちは」

「いらっしゃいませ。あっ、あなたは!」

やってきたのは王国の王子だった。ヴァリーはとら猫に連れられてきた際に一度だけお会いしたことがあった。

「私のことがわかりますか」

「はい。王子様ではありませんか。勿論ですとも」

王子は王宮にいた時のような華美な服装はしていなく、手編みのセーター、ズボンを着て、それに靴も運動靴であった。にもかかわらず、ヴァリーには王子に初対面で会ったときの印象が強かったので、すぐに気づくことができたのだった。

「普通に話してもらって構いませんよ。どんな人も食べて話して身振りして排泄する、そんな生き物でしかありませんよ」

「そう...ですか。でもどうしてこちらに?なにか靴をお求めでいらっしゃいますか?」

「いやあ、そうじゃないんだ。単に君と話がしたかったのです」

「僕にですか?」

 ヴァリーは一国を統治している王子がわざわざ自分に話をしたくて工房まで来たことが不思議でならなかった。王子は話を続けた。

「そのまま掛けて聞いていてください。私は君に会う前に君のお父様にお会いしたことがあります。それは私が魂や霊と親和しやすいためにお父様から私のところへやってきました」

「父に!...そうだったのですか」

「ええ、君のお父様はひとり残された君のことをえらく心配していました。いままでお父様と契約していた取引先が契約を解消したりとお父様は事情を話して、私に助けを求めてきました」

「それで僕はここにいるのですか」

「来るか来ないかは君の選択肢次第でしたが、脱出の糸口は提示してあげたかったのです。けれど、時々君はこれでよかったのかと思ってしまう。そうじゃありませんか」

「ええ。王子様には見破られてしまいますね」

「私も心が強くはありませんから、君の消えたくなった気持ちもわかります。たとえ愛情を与え合える人々が近くにいても、生き続ける限り、痛みが続くのであるなら、その痛みからいっそ解放されたいとそう思うのはいたって自然なことなのです」

「王子様。僕はここに来て、向こうにいた頃のような経済的な不安からは解放されました。今は自分の望んでいた仕事を与えられているのです。だから呼んでくれて感謝しています」

「そうですか。じゃあ、よかった。痛みに解放されたいのは私の方からも知れませんね」

「そんなに体が痛むのですか」

「いえ、気楽に考えればいいのでしょうが、やはり人は必要とされることを望み、必要とされないことにどこまでも痛みを秘めてしまうのだと思います」

「は、はあ」

「君が父を失って痛みを隠していたのであるなら、それが私には気になってしまったのですよ」

「そうですね。まだ父には会いたかったですね。でも王子様に話していたのですね。それだけでも救われました」

「まだ我々も若いから先は長いかもしれません。なんとか痛みに負けずに生きましょうね」

「はい。ありがとうございます」

そう言って王子は微笑んでは工房をあとにした。ヴァリー王子と話して彼の痛みを知り、またいつか王宮に行って彼と対話をしたいと思うのだった。


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