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いつも読んでくれてありがとうございます。今回は先にPCで書いたので少し長くなりました。


どうぞゆっくりとお楽しみください



とらねこのウェイブが王宮に住むようになってから数週間が経過していった。物語は再びウェイブが王宮の寝室で仰向けにもの思いしている場面に戻される。この期間で靴職人のヴァリーも新しい工房に馴染み、この王国で暮らしている生き物の依頼に合わせて、彼らに合う靴を作るようになった。これまで人にしか作ることのなかったヴァリーにとって、今、自分が行っている仕事内容はより難しくなり、それがかえってヴァリーのやる気を起こす要因となっていた。ウェイブにとっては自分が連れて来たヴァリーがこの王国で暮らすことに喜びを感じているのが嬉しいことだった。

ベッドから起き上がるとウェイブは王子のもとへ向かった。王子はウェイブに気づくとやあと声をかけて器にウェイブのご飯を入れた。ウェイブのごはんはチキンコックの食堂で持ち帰り用に作っている大豆ミートのハンバーグだった。それをウェイブはがつがつ食べていた。料理人の作るハンバーグは、日本で食べるキャットフードよりも遥かに美味しかった。もっともキャットフードを食べた日は少なく、飼い主を怖れたウェイブは路上の残飯を漁ることが当時の日常になっていた。

「今度、パスが新しい人を連れてくるらしいよ」

と王子が話をし出した。

「へえ、そうなのか」

「それも女の人だそうだ」

「あいつが王子さまに話したのか」

「いや、魔法使いから聞いた」

「ふーん、その人間は何処の国の人なんだ?」

「君と同じ日本だってさ。それに厳密には違うね」

「違う?・・・なにが違うっていうのさ」

「正確には人間じゃないんだって、マネキンだってさ」

「マネキンってあのショーケースのか」

「そうみたいだね」

「いったいなんでマネキンがこの国に来るのだ。魔法使いは何を考えているんだ」

「私の聞いたところでは、魔法使いのインバイトはヴァリーのように向こうの世界で肉体的や精神的に命の危機にある人を救いたいと思っていて、その実験の一つとして、マネキンを人間のような意識を宿させて、この王国への危険を経験して、それを世界の人に共有させることで愉快な心と本質的な人生を生きていく知恵を与えたいと考えているそうだよ」

「なんだか難しいが・・どうも魔法使いが勝手にマネキンを利用しているようだな」

「そうだね」

「悲しそうなマネキンだな」

「まあね、でも大昔、哲学者が人間を考える葦だと例えていたでしょう。いってみれば、君は猫だけど僕らの役目もマネキンの悲劇と変わりがない気もするけれどね」

「ようはそのマネキンがどうしたいかってことか」

「あくまでマネキンは実験として利用されるが、彼女にとってその実験は決してつまらないものだとは思わないかもしれない。ただ店の中で突っ立っているよりも、実際に外の景色を巡り、他の生き物と接触することの方が彼女にとっては喜びになるかもしれない。意識を宿すことを避けられない以上、誰かの影響を受けないように成長するというのは難しいのではと思う。これは人間にとってみれば、君にはどうしても理解できないかもしれないけれど、必ず学校へ通ったり、必ず子守りの面倒や畑の手伝いを四六時中したり、そして必ず働かないとならない。生まれたらなんでもしていいですよ、なにもしなくていいですよというのは人間には許されないんだ」

「大変だな、人間の社会というのは。窓の向こうで温かい食事にありつけたり、笑っているのが嘘みたいに思えてしまうな」

「無意識なままで交換条件を引き受けているのだよ、自分があまりに無力だというのはかなり幼い頃からわかっているんだ。けれど、結局そのしきたりのなかを両親や祖父母までも受け継いでいるに過ぎないんだよね」

「そういうしきたりに躓いて俺みたいな猫の暮らしに憧れる人間がいるってことなのか」

「たしかにね。バランスが行き過ぎると人は潰れてしまう。適度なバランスのままに考えられたことが考えられなくなってしまうしね」

「反対に俺は猫の暮らしからこの王国へ来てしきたりに踏み入ったことになるんだな」

「・・・そうだね。元に戻りたいかい?」

「いや、俺にはこの方がバランスはいいな」

「何日も食べ物にありつけないってのは辛いよね。正直な気持ち、僕もこの王国での暮らしの方がバランスがいいよ。向こうの社会ってのは、生きるために食べているのじゃなくて、何かを成し遂げたり、場に合わせるために生きているように思えてならなくて」

「確かに俺は何にもしちゃいねえな」


 王子は微笑んだ。それから少し思いつめた表情を浮かべた。

「ただ今はその価値観や思い込みや世間体も変わっていかないとならないって思っている。不思議かと思うけど、勝手に生きている猫よりもしきたりに沿って生きる人達の方が遥かに自分たちの棲家を滅茶苦茶にしてしまった。今はその価値観の転換点に入っている。このまま突き進めば、至る所で災害は増えるし、あちらの世界の生き物も熱波で死に絶えるんだ。本当に不思議なことにおかねがないと人は生きていけないのだけど、おかねは空虚のように増えていってそれに見合うエネルギーを作れば作るほどあちらの世界は熱くなっていく。問題はそれだけじゃないし」

「まるでこちらの王国に誰もが避難したいと思えてしまうな」

「そのままでいいと思う人達が世界を皿回ししているならそうなるだろうね。でも、それは僕らの望んでいることではない。なにがきついって何かを作ろうとするのを止めることはできない。壊されるために『ある』ってなっちゃう。それがおかねになったらそうなる」

「人間の社会って時代の変化によって世代間の意識の変化もあって、考えられないことが次の世代の当たり前になっていくよな」

「へえ。ウェイブはよく見ているね」

「数回しか会わなかったけど、飼い主の父上は大分俺に優しかったから」

「そうだったんだね。その人に出会えてよかったね」

「ああ。話を戻そう。そのマネキンは王宮に来るのか」

「いや、もうしばらくかかるらしい。でもヴァリーの靴屋の方へ向かっているって聞いたね」

「そうか、じゃあ俺も行ってくるか」

「えつ、ウェイブ何をするんだい?」

「パスが連れてきたのがどんなやつか見てくるだけさ」

「そう」

「王子様は一緒に行かないかい?」

「遠慮していく。いずれこの王宮に着くだろうし、私には私の仕事がある」

「あまり無理するなよ」

「ありがとう」

「にしても、パスは俺の時みたいにワープで王宮に連れて来ないんだな」

「君のように仕事を依頼している訳ではないし、ここで暮らすこともないから。今回、パス達は旅が目的だから、その道中にここに辿り着けばいいのさ、そう遅くはないよ、行事も控えているし」

「成程ね、じゃあまたな」

 そう言って、ウェイブは王宮を出てヴァリーの靴屋へ向かって走り出して行った。王子はウェイブが部屋にある電話の受話器を取った。電波がないこの王国でこの電話は魔法で繋がるようになっていた。

「はい?」

「僕だよ。アルバートだ、元気かい?マンフレッド」

「アルバート!久しぶりだな、まあ変わりないってところかな。そっちはまだ王国にいるのか?」

「そうだよ、魔法使いから受け取った電話機で話をしている。さっきまで猫と話していたよ」

「相変わらず変わったところだな、そっちは。で、なにか用があるのか」

「いや、ただ久しぶりに君の声を聞きたかった。施設の頃からの僕を知っているのは君くらいだから」

「そうか、それはなんだか嬉しいよ。まあ、俺は再起できたから、こっちにいるけれどさ、知り合いが誰もいない王国で暮らす君は凄い奴だって思っているよ」

「マンフレッドのように社交的で僕はなかったから、そっちにいても知り合いの数は変わらないよ、きっと」

「何言っているんだい、今でも頑張っているじゃないか。俺には君のようにはきっとできないよ」

「ありがとう。今の僕のことも君はわかってくれているからそれは有り難いよ」

「最初はそんな死者の霊がアルバートに憑依するなんてあるかとは思っていたよ。けれど、俺の常識がその国では通用しなくなっている、実際に行ったからちゃんとわかるよ」

「最近の休みはなにをしているの?」

「暇ができたらロンドンのライブハウスを練り歩いているよ。結構格好良いバンドがいるんだぜ、送れるのなら、君にCDを送ろうか?」

「いや、いいよ。今度会うときに聞くよ」

「そうか、あっ、皆帰って来た。じゃあまたいつでも話してくれよ。会うのは随分先だから」

「いつも勝手にごめんね、そうさせてもらうよ」

そして王子は受話器を降ろした。部屋を出て、王宮の外の庭園を歩いていた。庭園の植物は元気よく育っているように見えた。王子はその姿を無心に持っていたスケッチブックに描いていた。その描いている様を近くの池の鮒が見ていた。鮒が王子さんと呼んできた。王子は池の近くに耳を寄せた。鮒は王子さんの絵を見せてよとお願いした。王子は鮒にさっき描いた植物の絵を見せた。鮒は言った。

「シンボリックな絵だね~王子さんの絵は心に訴えかけてくるよ」

「鮒くん、君の心臓は小さいって私は知っているんだよ」

「心臓と心は違うものさ、王子さん」

しばらく王子はこの鮒と絵の話をして時間を過ごしていた。




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