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靴職人のヴァリー


お読みいただきありがとうございます



一口にアメリカといっても50の州から成るのだからとても広大で、地方の名所に別の州からやって来るのはよくあることだ。ヴァリーがやって来たその橋は車が行き交ってはいるが、橋の高さが高いため、この橋の上から飛び降りる人がいるらしい。その様子を映像化したドキュメンタリー映画を見て彼はこの橋の特殊性を知った。設置されている歩道を歩いては手すりに寄り掛かり、橋の下を見降ろしていた。

「おおー、高いな」

ヴァリーはしばらくその場を離れず、顔を一旦上げてはまた橋の下を見て、立ち止まっていた。この橋からあの映画の人のように飛び降りれば自分も煩わしい思いやいざこざ、心の痛みから解放される。ただ同時にもうどこかへ出掛けることはできなくなる。止めようか。だがこれからどうすればいい。ヴァリーは頭を悩ませていた。彼は唯一の理解者であった工房の長である父を病で亡くしてしまった。靴職人の仕事はごひいきの得意先がいて成り立つのだが、父が亡くなると、取引先は工房とは縁を切って、安いコストで多くの靴を作れる機械の工場に流れていった。これが彼らの本音ではあったが、父が生きていた頃は、工場ができる前からの古い付き合いであり、何かとヴァリーの父へ恩があったので仕方なく取引をしていたのだった。ヴァリーには父を失った喪失感に加えて今後どのように生計を立てればいいきという不安が募り、自らの命を投げ出したく思ったのだった。

ヴァリーが躊躇い顔を橋の入り口へ向けると、ヴァリーはこちらへ何かが近づいてくるのに気づいた。よく目を凝らすとそれは猫だった。虎のような縞模様が入っていた。

「なんで猫が橋を渡ってるのだ…」

思わず一人でこう呟いた。猫はヴァリーのところまで歩いてくると立ち止まった。

「あんたがヴァリーだね。おれはとら猫のウェイブっていうんだ。宜しくな」

車が行き交いしているのに、その猫の声がヴァリーの頭の中に聞こえてくるものだから、ヴァリーは自分の頭がおかしくなったのかと思った。

「なんだこれは…なんで猫が話せるんだ。こうやって極度の緊張状態にいたから、幻覚や幻聴が起きているのか」

「なに言ってんだい。おれは日本の猫だから、あんたの言葉なんて本来はわかるはずがない。全部魔法使いの力で使者として来ているだけさ」

また猫の言葉がヴァリーの頭に聞こえてきたので、ヴァリーは今起きているのは理解できないけれど現実のことだと感じたのだった。

「オーケー。わかったよ僕の降参だ。君はどこか不思議な世界から来たのだろう。いったいなぜ僕に用なんだ」

ウェイブはここに来た理由を話した。魔法使いが自殺を止めたがっているために自分の築いた王国へ生きるのが困難な人を招待しようとしていること。それに…

「あんたは靴の職人だと聞いた。魔法使いは自分の王国にまだ靴の職人を呼んでいないから、ぜひ王国で靴を作ってほしいとさ。あんたは舞踏会用のダンスシューズも作れるのかい?」

「一通りは作ってはきたよ。運動のしやすいダンスシューズも、機能性よりも見た目の美しさを重視したドレスシューズもね」

ヴァリーは手に持っていた小さなトランクをパカッと開けた。中には彼が作ってきた靴が数セット入っていた。

「おお。すげえじゃんか。今度王国で舞踏会を開くようだから、あんたにはそれ用の靴を作ってほしいんだよ」

「作るのは構わないよ。材料と工具や設備さえ揃っていればね。で、報酬はどのくらいなんだい?」

「ん…なんだ、報酬って」

ウェイブがそう聞き返すので、ヴァリーは意表を突かれて呼吸が荒くなった。

「いや、無料で作るなんて訳にはいかないよ。こっちは生活がかかってるのだから」

「じゃあ何が欲しいんだ?」

「そうだね…一足200ドルってのはどうだい?」

「そのドルを何に使うんだ?」

「何って…色んな食べ物や衣服が買えるだろ」

「どこで?」

「どこでって…アメリカなら至るところで買えるさ」

「王国にはそもそも紙幣がいらねえんだ」

「え…ドルを使わないのか、それで暮らしていけるのか」

「王国は通貨がないかわりに皆それぞれの仕事を与えられている。確かにアメリカのようにごちゃごちゃしたものはないかもな。だが、生きるのに必要なものってそんな沢山あるのかな」

「へえ…随分と変わってるなそこは。でも僕の腕を必要としてくれるんだね。いいさ、ここには知り合いもいないし、死のうと迷ってた身さ、君の誘いに乗るよ」

「おお、そうか!あんたの工具なんかはあとで魔法使いが運んでくるそうだ。じゃあ準備はできたか」

「魔法ってのは何でもできるんだな…これで心の痛みも治してくれたらいいのに」

ウェイブは念じて、大きなシャボンの泡を作り出した。シャボンはヴァリーも包み込んだ。

「なんだ、これは…少し安らぐな」

「俺らはあんたの痛みには寄り添って慰めるくらいしかできない。生きていると傷の記憶を頭にも体にも刻まれていくようになる。誰にも打ち明けられないかもしれないが、秘密にして生きてたって構いはしないさ、痛みを消せなくてごめんな」

「…いいさ、猫に慰められるとは思わなかった。さあ、行こう!」

「おお!」

シャボンは次第に光を帯びていった。そして次の瞬間、ウェイブとヴァリーはシャボン玉に包まれたまま橋の上から消えていった。 






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