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とらねこ

一ヶ月ぶりとなりました。


王国の王宮のなか、国王の可愛がっているとらねこが、王の寝室のベッドの上で寝転んで、天井を見つめていた。とらねこは目を閉じてみた。耳を澄ますと、体のなかからボコボコと沸騰している湯から泡が沸き立つような音を確かに感じた。それは現実にとらねこが聞こえた音ではなく、とらねこの体のなかでとても静かに動いていたのだった。

「ったく、いい加減にしろよ」

時折、とらねこは自分の体がコントロールできないことを感じ、この音を感じると、なにかをするにも不安でいられなくなった。どこかとらねこの外からやってくるのでなく、自分の体にくっついてる音だから手に負えない。とらねこは目を開けて起き上がり、辺りを歩き回ってみた。沸き立つ音はまだ変わらない。とらねこは、はあと溜め息をついた。

不安というものは、とらねこがかつて過ごせばならなかった日々への自然な防衛現象に過ぎなかった。不安が緊張を生み、その緊張感によってとらねこは絶えず飼い主の動向を即座に察知することができた。そうもしなければ、なにをされるかわからない。今でもとらねこは自分の尻尾を見つめると、熱さと痛みを感じることがある。

「おーい、とらやあい!」

そんな飼い主の声が聞こえたら、とらねこは自然と身構えるようになった。なんの警戒もしていなかった頃、まさかその男がライターで自分に火を点けるなんて…。

痛みの習慣が馴染めば、その防衛が自然と身に付く。だが、それはここでは不要な習慣になった。

とらねこは、この王国へ来たときの日を思い出していた。その日、とらねこはやっと飼い主のところを離れ、当てもなくぶらぶらとしていた。道路を歩き続ける内に雨が降り始め、次第に大雨になっていた。このまま歩き続けては、毛が濡れて風邪をひく。そう思ったとらねこは近くの商店の屋根の下に座り、雨宿りをしていた。雨は中々止まなかった。通りを傘差して歩く人が見え、自動車が雨の溜まる道路をしゃーっと走っていった。道行く人はとらねこのことに目を向けなかった。とらねこはそこをじっとしていた。

不思議なことに雨のなかなのに、濡れずにこちらにやってくる黒猫がいた。まるで幻を見ているかのようなものにとらねこは感じた。

「なんだ、おまえ。濡れないなんて変なやつだな」

「変だなんて失礼だね。これは大きな泡に包まれているから、弾けない限りは大丈夫なんだよ」

黒猫のパスは続けた。

「君は行くとこがないだろ?よかったら僕らの王国へ来て働かないかい。代わりに君のちゃんとした住み家を約束するよ」

「王国だって?働くって?おれはのらりくらりしてたんだがね、働くってなにをするんだよ?」

「まあ、難しいことじゃないよ。僕のように王国への招待と案内をするのさ」

「なぜ招待しないとならないんだい?」

「うん。この王国は、現在の重圧に耐えられない者達を避難させる居場所のような役割をしているんだ。王国という場を作り出した魔法使いが、人の自殺に拘ってていてね、なんとか辛い状況にある人を救おうと考案したのがきっかけらしいんだ。でも、僕のような案内人がまだ足りなくてね。人が多すぎるのか、追い詰めるシステムが多すぎるのか、どちらにしても人手が足らない。猫の手も借りたいっていうじゃないか」

「ふうん、おれに協力を求める理由はわかったよ。でも、おれを呼んだ理由はそれだけじゃないだろ」

「流石だね!勘が鋭いね!」

パスの声はとらねこの言葉に反応して急に高くなった。

「君のことを観察していた僕たちの国の王様が君を気に入ったらしい。まあ、飼い主に痛めつけられている猫ってのは他にも沢山いると思うけど、君の姿も気に入ったんだろうね」

「なんだって!?あんたらはおれのことを観察してただって」

とらねこはいきり立って、パスに向かい飛びかかった。パスは体を右後ろに跳んで、その攻撃を躱した。パスにはこんなこと慣れているかのようで、とらねこはパスのつまらなそうな表情を見ると、更に怒りが湧いてきた。

「だったら、そうなる前に助けろよ!!」

パスはとらねこの気を静めようとしばらく黙っていた。雨が緊迫した空間を打ち消すかのように降り続けていた。やっとパスは口を開いた。

「それはできないんだよ。魔法を持ってる者達がこの世界に手を加えたら、もっと不安定になる」

「部外者の屁理屈だね。強力なものが、非力なものを支配する。それはずっと変わらないってことだ」

「僕は嘘めいたことは言いたくないから、言うけども、君の受けた仕打ちを見て、悲しく感じたりなんかしないよ」

その言葉にとらねこはこの黒猫が普通の猫とは考え方まで違うことがわかった。とらねこが構えていた力は緩まり、雨のなかとらねこはぐたっとした。

「いいさ、おれには行く場所もないし、おれが誰かをつらいところから救えるなら力になってやるよ」

パスは濡れているとらねこに触れると、とらねこもパスを守っている泡のなかに一緒に包まれた。

「暖かいな、この中は」

「しばらく休んでるといいよ。大丈夫、もう君を痛めつける人はいないから」

とらねこは感謝の言葉が言えなかった。せめてと自分の名を告げた。

「おれはとらねこのウェイブっていうんだ」

「そう、宜しくウェイブ。僕は黒猫のパス、じゃあ、じっとしてて」

パスは頭を低くして念じると、泡ごと二匹は町から消え去った。


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