9.関わるな。
その後どうやって家まで帰ってきたのか覚えていない。
気付いた時にはもう朝だった。
状況から推測するに帰ってきてすぐ私はベッドに突っ伏して大泣きし、疲れてそのまま眠ったらしい。
いつも通りの時間に目が覚めるっていうのがなんか嫌だけど…。
――ジリリリリ――…リン
鳴り響く目覚ましを止めると現実が首を擡げる。
昨日のことが頭から離れない。
恐る恐るカーテンを開けるといつもの陽射しの中、いつも見る姿が今朝はなかった。
(…顔…合わせづらいから…だよ…ね?)
自分に言い聞かせるように、無理やりそう思い込む。
皺になったブラウスを脱いで新しいブラウスに着替えると、ご飯を食べることなく家を出た。
早く私の思い過ごしだったと確認したかった。
学校はまだ朝練のある生徒ぐらいしか来ていなくて、校舎の中は寂しく思うほどに静まり返っている。
自分の席に着き外を眺めると、陸上部やらサッカー部が朝から走り回っている。
クラスでも何人かその中に混ざっているはずだけど、私に見分けなんかつかなかった。
全員一緒に見えてしまう。
そこで思う。
なら「何故雅斗を見つけられたのか」…と。
そして名前を呼ばれることが何故嬉しいと感じたのか…。
何故、朝居なかったことがこれほどまでに嫌だと思ってしまうのか…。
何故――…?
グルグルと回る疑問に明確な答えなんて出ない。
けれど…、一つだけ分かることがある。
私は…【雅斗と一緒に居たい】――って事。
あんなに嫌だと思っていたのに、いつからだろう。
そう思わなくなったのは。
日常生活に割り込んできた非日常的な人だったのに…。
いつからか…雅斗が迎えに来るのが日常になってた。
その事をあまり意識しないぐらいに自然に…。
朱音や孝樹が言うような≪恋≫とかはまだ私にはわからない。
でも、一緒に居たいというこの気持ちは、私の確かな気持ちだから。
(あ…雅斗だ…)
校門から入ってくる雅斗の姿を、私はこんなにも簡単に見つけられてしまう。
雅斗が教室まで来る時間が待ち遠しい。
廊下を見渡すと同学年の廊下が全て見渡せる。
どれくらいの時間が経っただろう。
まだ誰も居ない廊下の先に見知った人影を見つける。
顔を上げずに歩く雅斗は私の姿に気付かない。
「…おはよ、雅斗」
手を伸ばせば触れられるところに、雅斗が居た。
それなのに…。
「…もう俺に関わるな」
私を見て一瞬だけ目を見開いた雅斗は、次の瞬間とても冷たい目でそう言い放ち、教室へと姿を消した。
私は…昨日のことが思い過ごしじゃなかったと知り、けれどそれを受け入れることも出来ずに、声を殺してただ泣いていた。
自然に足は人気のない所に向かう。
そしてついたところは、学校の屋上だった。
青く澄み切った空が広がっているのに、私の心は青い空なんて夢なのではないかと思うぐらい黒く淀んでいた。