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5.カラオケ

「紗・代♪」

「…歌わない」


もう何度このやり取りをした事か…。

ここは学校から一番近いカラオケで、10人用の部屋に女が6人、男が3人。

学校を出るまでは女が4人の男が1人だったはずなんだけど…道中でバッタリ会った人を連れ込んだりしているうちに4人増員。

メンバーの女の子は私が知ってる女の子3人にその中の(アイ)の友達が2人、もう1人が私で計6人。

男の子の方は全部越高の友達らしいから、友達2人と越高を合わせて3人。

カタカナの「コ」のような椅子で逆端から、(アイ)理沙(リサ)(ケイ)加奈(カナ)(ヒカル)絵美(エミ)梨乃(リノ)・越高・私の順だ。

何で私が越高の横に行かなきゃ行けなかったかというと…越高本人の希望が反映されたと言うところが大きい。

私的には人身御供でもなったかのような気分なんだが…皆は羨ましいらしい。

…だったら変わって欲しいんだけど…その気配は何処にもない。

そしてさっきからマイクを片手に私の顔を覗き込むバカが一名――。


「紗代♪」

「歌わないって言ってる」


私は…カラオケは嫌いだ。

理由は色々あるけど…人前で歌うっていうのがまず好きじゃない。


「そんなこと言わずに…ね?」

「嫌」

「じゃぁ1曲だけでも…」

「ヤ」


朱音とでもそんなに歌わないのに、こんな知らない人もいる中で歌えるわけがない。


「越高君歌って〜♪」

「………」


そんな周りの声に、何故か私に顔を向けながら押し黙る越高。

…何がしたいんだよ、全く。

そんなにこっち見たって面白くもないだろうに、何が楽しんだか。

でもまぁ、私も音楽は好きな方で、なんとなくコイツの声で聞いてみたい曲もあったりするから。


「――EXILE」


本当に一言しかも無愛想にそう言っただけなのに。


「おぅ!」


って、本当に嬉しそうに笑うから…不覚にもカッコいいとか思ってしまった…。

越高なのにね。

慣れた手つきで曲を探す。

たくさんある曲の中から越高が選んだのは――。


------------------------------------


≪ただ…逢いたくて≫

     作詞:SHUN 作曲:春川仁志


------------------------------------


テロップでこの曲を歌うんだとわかった時、正直意外だった。

越高がこの曲を選ぶとは思っていなかったから。

私には失恋チックなこの曲を越高が選ぶようには見えなかった。

そして――この曲だけは――、…歌わないで欲しかった…。


♪〜 悲しい過去も若すぎた日々の過ちさえ

   キミに出会えて深い海に沈められたのに 〜♪


忘れたい記憶。

そして――、…忘れられない記憶。


♪〜 あの頃の僕と言えば愛し方さえも知らず…ただ…

   不器用にキミを傷つけて優しさ忘れていた 〜♪


――いい声をしている――と、素直にそう思った。

記憶が揺さぶられるのは歌詞の為なのか、心地よすぎるこの声のせいなのか…。


♪〜 ただ逢いたくて…もう逢えなくて

   くちびるかみしめて泣いてた

   今逢いたくて…忘れられないまま

   すごした時間だけがまた一人にさせる 〜♪


――逢いたい――と何度思ったか知れない。

――泣きたい――と何度思ったか知れない。

――忘れたい――といつも思っていた。

でも、無理だと言うことも知っていた。

だから余計に一人である事を強く感じる。


♪〜 今ならば叫ぶこともキミを守り抜く事も出来る

   もう戻らない時間だけを悔やんでしまうのは…何故? 〜♪


別れたこと、離れたことを仕方なかったと思えるようになった。

けれど…あの時今の自分だったらと――考えずには居られない。


♪〜 ただ…愛しくて…涙もかれて

   キミの居ない世界をさまよう 〜♪


涙は――、…枯れないみたいだ…。


(あぁ…ヤバぃな…)


そう思った瞬間に。

――バサッ――っと視界が暗転する。


♪〜 忘れたくない…キミの香りをまだ

   抱き締め眠る夜がAh〜孤独にさせる… 〜♪


上着を掛けられたのだと気付くのに若干の時間を要した。

歌はまだ続いているが、先ほどと違い上着を通して聞こえる声は少しくぐもって耳に届く。

まるで顔を隠すかのように掛けられた上着を見て、越高の物だと気付く。

越高本人がどういう思惑で掛けたかはわからないが…正直ありがたかった。

見られることなく涙を拭くことが出来るから。


♪〜 ただ…逢いたくて 〜♪


涙を拭いて掛けられた上着を取ると曲は終焉。

不自然にならないようにキッと越高を睨み付けると、「暑かったんだもん」といって肩を竦めていた。

まるで何でもないことのようにそういうから、私も周りも「頭に掛けることはないでしょ〜」と言って笑いあった。


「ったく自分で持っててよっ!」


そういって上着を越高に持たせようとした一瞬、――私は動きを止めた。


「紗代?」

「ぇ…あ…はい」


それは不意に触れた腕が冷え切っていて…暑かったと言ったさっきの事が嘘であることに気付いてしまったから。

カラオケで皆の曲を聴いている間中そのことが頭から離れなかった。

何故あんな嘘をついてまで上着を私に掛けたのか…と考えると、私が泣きそうなことに気付いて掛けたのだとしか考えられなかった。


「じゃ、お開きにしよっか♪」

「そだな、じゃまた明日〜」


そういって散り散りになっていく皆を見ながらまだ、私はその場から動けないでいた。

隣には越高。


「…帰らないの?」

「紗代送るに決まってんだろ?」


まるでなんの疑いもないようにそう言うから、不覚にもドキリとしてしまう。


「ほら、行こ?」

「…ぅん」


いつもなら「誰が送ってくれなんて頼んだよ?」と言い返すところだが、今日はそんな風に突き放すことが出来なかった。

まぁ手を繋ごうとされたのは振り払ったけども(笑)

いつもなら一人で帰る見慣れた通学路。

今は何故か越高と一緒になって歩いている。

まぁ一緒と言われても私が越高の斜め後ろを歩いているだけなんだけどね。

けれど越高と一緒に歩くといつも以上に周りの反応が目につく。

振り返る女の多いこと多い事。

ざっと10人中8人ぐらいの割合で越高を振り返る。

確かに綺麗な男だと思う。

睫毛なんて下手したら私よりも長いと思うし、付け加えて切れ長の目に理知的な眉、鼻筋は通っているし、顎のラインも滑らか。

身長も長身で服の上からでもわかる程よく鍛えられた体、スラッと伸びた肢体。

神様は不公平だっていうのを如実に感じさせる容姿をしている。

ガタンガタンと電車独特の音が響く電車内で、私は暫く越高を観察していた。


「紗代、何?」


それに気付いた越高が怪訝そうに私を見るが。


「――ぅうん…なんでもない…」


といって私は視線を既に暗くなってしまった電車の外に向ける。

特にコレといった会話もしないまま、私の最寄り駅に着く。

このまま普通に歩いていけばあと5分ほどで家に着くだろう。

――お礼を言うことが出来ないまま。

駅から家までの途中にある大きな公園の横を通り過ぎようとした時、私の足は自然と公園内へと進んでいく。


「ぇ?紗代…?」


疑問符を投げかける越高を無視して、私は公園内の遊具へと手を伸ばした。

もう何年も乗った記憶なんてないブランコへ。

キー、キー――と、懐かしい音をたてながらブランコが動く。

その様子を見た越高は怪訝そうな顔をしながらも、隣のブランコへと腰を落とす。

漕ぎ続ける私と、止まったまま私を見る越高。

公園の外灯の光がわずかに公園内を浮かび上がらせる景色は、昼間とは逆転して何処か空恐ろしささえ感じさせる。

でも私はそんな景色が嫌いじゃない。

所々映し出される景色がまるでスポットライトを浴びているみたいで、何かの演出のようにすら見えるから。

普段なら言わない言葉も言えてしまいそうだから――。


「――嘘吐き」

「は?」


急に呟いた言葉を越高はしっかりと聴いていたらしい。

まぁブランコに揺られているから聞こえにくいかも知れないけど…。


「嘘吐きって言ったの!」

「…誰が?」

「越高が!」


一度声に出してしまうと人間諦めがつくのだろうか?

案外すんなりと言葉が出てくる。


「は?なんで?」

「暑いなんて嘘ついたから!」

「――ぇ…」


コイツはバレないとでも思っていたんだろうか?

顔が「なんで?」と言ってる。

その顔が予想外で、本当に気付かない振りをするつもりであったことが窺える。

ブランコを反動を利用して飛び降りると、越高の方を向いて言ってやる。


「冷たかった。越高の腕」


その後は沈黙だった。

越高が何故だか気まずそうに顔を伏せる。

何故こんな顔をするのかが私にはわからなかった。

でも――。


「ゴメン…俺が気付いたってバレないようにするつもりだったのに…」


ようやくわかる。

越高は何処までも私を気遣ってくれたのだと…。

越高までの距離を一歩、また一歩と詰めていく。


「ねぇ…越高」


それでも越高は顔をあげない。

でも、その方が好都合だ。

顔を見て言うには、恥ずかし過ぎるから。

正面まで来たから、越高の視界に私の足ぐらいは入っているだろう。


「…気付いてくれて…ありがとう――」


今日中に伝えなきゃいけないと思った言葉。

じゃないと、きっと私は言えなくなってしまうから。

――感謝を込めて。

とても、とても嬉しかったから――。


「…ありがと、雅斗」


悪戯みたいに名前を呼ぶと、越高は勢いよく顔をあげた。

その顔に、精一杯の感謝を込めて、――笑顔を作った。


「紗…」

「送ってくれてありがと!今日はもうココでいいよ!また明日!」


何か言いかけた越高…いや、雅斗の言葉を遮って、赤くなった顔を隠すように、その日は家まで走って帰った。

雅斗の顔を見る余裕なんてなかった私は、その時雅斗がどんな顔をしてたかなんて知るはずがなかった――。


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