27.ボート
家族の笑い声溢れるであろう会場はまるでそのまま戦場にでも持ってきたかのような喧騒に包まれていた。
「…すげ」
「…若いっていいねぇ…」
などと舞台の上でAGEHAの二人が呟いていることなんて知る由もない。
それはボート乗り場には十分なスペースがあったが、さすがに40組も一度に船に乗れるようなボート乗り場があるわけもなく、その事に既に気付いた者達から先着に入れるようにの押し合いがされているからである。
そしてその押し合いは男女ともに『水着』で行われているのである。
すなわち、水着での密着が目前で起こっているのである。
そして当然彼氏である男にとって自分の女が水着で他の男に身体を押し付ける…なんて行為はさせたくないわけで、当然の事ながら彼女を守りながら男が道を作りつつ進んでいく形になる。
中には彼女を肩車して駆け抜けるツワモノもいるという壮絶さである――まぁ何組かの例外はいたようだが。
まぁ安全上一度ゲートを潜るとそれ以降の順番変動はないように仕切られているのが幸いと言えよう。
紗代と雅斗もいち早く移動を始めた一組なので、紗代が人並みにめげそうになりながらもそれを雅斗が叱咤激励しつつ、先着の中に10番目という好成績を残していた。
ボートに乗ってしまえば第一関門はもうボートを漕ぐ女次第となる。
その為、実質は一番にボートに乗り込んでも進むことが出来ずその場から動けないでいるペアが殆どを占めていた。
漕いだ事のあるであろう彼氏は身振り手振りを使って漕ぎ方を彼女に伝えているが、それをそのまま実践できている者はいないのが現状だ。
そして漕げる者にはわかると思うが、ボートが犇きあった中でボートを漕ぐのは漕げる者であっても苦労を要する。
「んっと…出なきゃ駄目?」
「当然」
「でも周りに人が…」
「釣りでボートにって事なら出来ない事はないだろう」
こともなげにいう雅斗も釣りの経験はあるのだろう。
川での釣りなどは魚が隠れる場所があるところで釣りを楽しむのが一般的だ。
その為、ちょっと進みにくい草の間などを通っていかなければならないのである。
つまり。
(――やれって事なのね…)
雅斗の顔からその旨を理解すると、水中に入ったままの櫂の一つをボートの上へと持ち上げて寝かす。
そしてもう片方の櫂も支柱となっている金具から外すと、左右の狭い隙間を縫って櫂を動かす。
右、左、右、左――
他のボートがあれば櫂を使ってテコの原理でボートを動かす。
「へぇ…上手いじゃん」
「それほどでも♪」
そんな軽口を叩きながら、雅斗と紗代のボートは静かに前進していく。
そして数分後には周りが全く動くことのない中、一隻のボートが集団の中から抜け出す。
あとはボート上に上げた櫂と持っていた櫂を金具に取り付けて普通に漕ぐだけ。
その手捌きは鮮やかなもので、水音を立てることもなくスイスイとボートは前に進んでいく。
雅斗が後ろを見れば、集団の中からやっと紗代や雅斗のように抜け出すものが出ている所だった。
「第一関門は楽勝だな」
「感謝しなよー」
そんな軽口を叩きながらも紗代は休む事無くボートを漕ぎ続ける。
けれどスイスイと進むボートの上で雅斗は何もやる事がない。
空を見上げると雲ひとつないような本当にいい天気である。
ただ少し…ちょっと優越感に浸りながら紗代にボートの漕ぎ方を教える――というのをやってみたかったなぁ…とか雅斗は思うのであった。
そんなことを雅斗が思っているなどと、紗代が知ることは――ない。
第一関門のゴールはすぐそこまで来ていた。




