20.悪戯
「たっかーーーいっ!!」
観覧車から見える夜景はパンフレットなどを読んで想像していたよりも数倍綺麗なものだった。
さすがは経済、産業などの国の中心地と言った所だろうか。
眩いぐらいのネオンが眼下一面に広がっている。
あのあとふざけ合いながら時間を潰し、さっきやっと順番が来て、4人乗りの観覧車に雅斗と乗り込んだのだ。
そして、私は乗ってからひたすら夜景に見惚れて騒いでいる。
「ねぇねぇ、雅斗?あれ東京タワーだよね?」
「……」
「あ、あれって船じゃない??ほら、見て!雅斗っ!」
時々金属特有の音を立てながら上がっていく観覧車が時計でいうと9時を示した頃、やっと雅斗の態度がおかしい事に気付く。
その目は私を見ているが、観覧車に乗ってから数分、一度たりとも眼下を覗き込んではいないし、私がこれだけ喋っているのに、雅斗は一言も発していない。
「雅斗ー?」
その顔を覗き込んで数秒。
「――ぇ?何?」
と、まるで今気付いたかのように反応する雅斗の様子はやっぱり可笑しい。
「――具合でも悪い…?」
もしかして私が乗りたいと言った為に体調が悪いのを隠していたんじゃないかとも思ったのだが、その言葉には「いや、別に」と否定される。
否定されてしまえば他に雅斗がここまで変な行動をする理由が見当たらない。
「でもなんか変だよ?雅斗」
「気のせいだよ」
絶対に何処か可笑しいのに、雅斗はがんとしてそれを認めない。
一つだけ心当たりはあるのだけど、まさか…ねと否定をしては見るものの、やっぱり気になってしまう。
「雅斗さ…もしかして観覧車――ダメ?」
それは自分の兄がそうであったことを思い出したからだ。
ジェットコースターなどには勇んで乗りに行くくせに、どうしてか観覧車だけはがんとして乗ろうとしない。
理由を聞くと、高所恐怖症とかとは違い高いところは平気、閉所恐怖症とも違い狭い所も平気。
それなのに観覧車の作りに何がしかの不安があるため乗りたくないというものだった。
当時も今も私には理解できない考え方だが、中にはそういう人もいるんだ――と当時少なからず不思議な出来事で合った為覚えていたのだ。
「そんなこと…――っ」
――ない――と続けようとしたのだろうが、その時何かの隔たりを超えたらしくてガタっと今まで以上に大きい音がし、雅斗は身体を強張らせた。
その様子は言い訳する余地もないぐらい音が怖かったのだろうという行動だった。
「へぇ…兄貴と一緒かぁ…」
「…うるせっ、こんなん乗り物じゃねーょ」
もうバレたと諦めたのか、雅斗が口を尖らせる。
(嫌いなのに私が乗りたいって言ったから乗ってくれたんだ…)
嬉しさもひとしお…とはこのことである。
加えて普段見れない姿に遊び心が芽生えるのは無理からぬ事と言えよう。
紗代は少し大げさに揺らしながら雅斗の隣へと移動する。
「紗代、揺らすなっ!」
っと、結構本気で怒っているんだろうが、引けた腰では怖いわけもない。
そして重心が片方に寄った為に観覧車が傾く。
もうこうなると反射的に恐怖を退けようという身体の反応なのか、雅斗は目まで閉じている。
目をつぶって無防備な姿に、悪戯心が刺激されないわけもなく…。
なんとか目を開けてもらおうとあの手この手を画策する。
脇腹をくすぐってみたり、耳の中に息を吹きかけてみたり、耳元で囁いてみたり…等など。
観覧車はそろそろ頂上。
頑なに目を開けない雅斗を逆手にとる事にした紗代は観覧車が頂上になるのを待つ。
そして――観覧車が頂上に着いたその瞬間、ほんの一瞬だけだが、雅斗の頬に柔らかい感触が押し付けられた。
下調べだと思って覗いたこの遊園地の掲示板に書いてあった一つの文。
【カップルで観覧車に乗って、頂上でKISSをすると結ばれる】
それが、紗代が今出来る精一杯のキスだった。
ちなみにこの目論見は成功を収め、残りの半周雅斗が目を瞑ることはなかった。
そして以後雅斗は観覧車が平気になったとかならないとか…。
それはまた別のお話――。
因みに兄の話は私の兄の話そのまんまです(笑)評価・感想お待ちしています。