少女との食事風景
台所にしぶしぶ三人で移動し終わった後、母さんの手によって無理やりに椅子に座らされる。
もともと三人家族である俺の家の台所には椅子が三脚しかない。
だから、突然の来客のために母さんはどこからかいつも家族が座っているもののと全く同じ椅子を取り出してきていた。
自分の為にわざわざ椅子まで用意してもらって・・・とエリアは感激しながら母さんにお礼を言う。
それを見た母さんは、ほんとに礼儀正しい子ねとますます上機嫌になっていくのだった。
「エリアちゃんはいつまで日本に滞在するつもりなのかしら?」
食事を食べる人間が一人増えたことで足らなくなった量を補うために、また台所で忙しく動き回り始めた母さんがフライパンを握りながら、不意にエリアにそう尋ねる。
そういえば初めから追い返すつもりで聞かなかったが、一体こいつはいつまで俺の家の世話になるつもりなんだろう。
彼女の言う天使になるための修行というのはなんだか知らないが、修行という響きからして一日二日で簡単に出来るものではないんだろう。
まさか・・・一年以上って事はないだろうな?
受験を迎えて、ただでさえ神経がピリピリしそうなものを、さらにエリアに天使だ何だのとうるさく騒がれれば、さすがの俺だってきっと我慢の限界に達するに違いない。
この質問は母さんが思っている以上にとても重要なものだ。
少しの間なら母さんがこう言っている以上泊めてやらない事もないが、それが長期間となると話は別だ。
・・さて、エリアは一体何と答えるんだろうか。頭を悩ませるのは彼女の返答を聞いてからでも遅くはないはずだ。
「それが・・・あの、言いにくいのですが・・・どれくらい修行に時間がかかるのかは分からないんです。個人差があるので・・。」
・・・・・・!?なん・・だって?
どれくらい時間がかかるのかわからない・・?それなのに、軽々しく家に泊めて欲しいなんて言えるもんだから、彼女はやっぱり見た目以上にかなりずうずうしい奴らしい。
俺なら見ず知らずの他人にそんな事、口が裂けても言えないに違いない。
それなのに、母さんときたら・・・。
「まぁ、天使の修行って大変なのね。おばさんとしてはしてはいつまでもここにいていいって思ってるんだけど、やっぱりおじさんに相談しないとね~・・。でも、とりあえず今日はゆっくりと泊まっていっても構わないから、安心してね?」なんて笑顔でそう言いやがった。
それを聞いたエリアも、とりあえず一晩の宿は確保できたことに安堵の笑みを見せる。
結局、この二人はまた笑顔で微笑みあって、俺だけが不機嫌そうな面をしている形となる。
いくら母さんがエリアを気に入っていたとしても、やはり家長としての権限は全て父さんにあるので、とりあえずは父さんの帰宅待ちらしい。
普通は父さんが見ず知らずの、しかもいつまで続くのかわからない天使の修行をしに日本に来た外国人少女をずっと家に居候させる事を許すはずなんてない。
・・・だけど、ある意味で変わり者の父さんは喜んでこの天使少女を居候させるんじゃないかという悪い予感ばかりが感じられる。
・・・そして、数十分後。俺の感じたその予感は見事に的中することとなるのだ。
「天使の修行!?素晴らしいじゃないか!私はそういった超常現象的なものにとても興味を持っていてね。普段は普通のサラリーマンをしているのだが、休日にはそういった同好の士が集うサークルで日夜活動を続けていてね。ぜひ君にはその修行の話を我々に詳しく話して欲しいのだが・・・・!」
「え・・・っと・・・。」
どうやら、はなっから信じていない俺、あまり分かっていない様子の母さんと違って興味深々の父さんの様子にエリアは少し圧倒されてしまったらしい。
困った顔で黙り込んでしまったエリアの様子に気付いたのか、横に座っていた母さんが助け舟を出してやっていた。
「だめよぉ、あなた。根掘り葉掘り聞いちゃあ。エリアちゃんが困っちゃってるじゃない。」
「だけどね、知恵。とても興味深いことだとは思わないかい?きっとサークルのメンバーにもこの事を話せば興味を持ってくれるに違いないよ・・・!」
きらきらと年甲斐もなく目を輝かせている父さんとは対象的に、浮かない顔をしているエリアはおずおずと口を開く。
「ごめんなさい・・・修行の事はあまり話さないようにと言われているので・・。」
「ほぅ。誰に言われてるんだい?」
「神、です。」
今度は神か・・・まぁ天使、天界に続いてそうくるとは思ってたけど。
天使よりは神の存在の方が日本人にはまだ馴染み深いかもしれない・・が、あいにく俺という人間は神という存在もあまり信じてはいない。
父さんみたいな人間は怖いくらいに信じてるけどな、天使も神という存在も。
そんな現実主義者の俺とは正反対の位置にいる父さんには、エリアの言葉はとても知的探究心をくすぐられたに違いない。
このまま父さんによる質問攻めがエリアを延々と襲うに違いない。
人事ながら、自分まで少しうんざりとした気分に陥ってしまう。
まぁ、そもそもエリアがいきなり神だなんて言い出したからこういう事になるわけで、ある意味では自業自得なのかもしれない。
なるべくなら早く話を切り上げて欲しいもんだと思った、次の瞬間。
俺は耳を疑うことになる。
「なるほどなるほど!河口さんにだね!」
・・・は?かわぐち・・・?おいおい父さん一文字しか合ってねぇよ。
ただ単に父さんが聞き間違えただけなのだろうか。にしてもそもそも文字数でさえ合ってはいないのだが。
エリアが発音したその言葉は、俺にははっきりと か み と聞こえた。
大体話の流れからして、いきなりここで河口という奴が出てくるのもおかしいだろう。
父さんも何故か納得しているようだが、いったいどこら辺で納得することが出来たのか、理解できない俺にも教えてほしい。
母さんは相変わらず穏やかな笑みを浮かべていたが、当の本人であるエリアにも予想外の出来事だったらしい。思いっきり驚きが顔に出てしまっている。
それでも間違いを正す勇気がないのか、ただ黙って父さんの話を聞き入れていた。
「で!どうしてその河口さんは君の言う天気予報士の修行の事を話してはいけないと言うんだい?やっぱり何か重要な秘密が隠されているとしか・・。」
一人でぶつぶつと呟きながら何か考えこんでしまった様子の父さんを、母さんはいつもの事だと全く気にもとめようとはしない。(まぁいつもの事なんだが。)
「ねぇ、エリアちゃん。おじさんのことはとりあえずほっといて、おばさんと一緒にお風呂に入らない?」
「え・・っ、でもいいんですか・・?」
「いいのよぉ。おばさんね、実は女の子が欲しかったの。お風呂で一緒に背中流しっこするのが夢だったのよね~!」
しかも、ちゃっかりとエリアをお風呂に誘っている。
当のエリアもお風呂に誘われたことは、それはそれなりに嬉しかったようで、母さんと連れ立ちながらお風呂場の方へと向かっていってしまった。
そんなわけで、この場所に残ったのは自分の世界に入ったまま帰ってこない父さんと、先程の父さんのおかしな発言に納得がいかない俺のみ。
俺が聞かされてきたエリアの話と総合して考えると、神というのは河口さんで(誰だよ)、天使というのは天気予報士か・・・?
明らかに、どう考えてみても、最初の一文字しか合ってはいない。
とうとう非現実的なことを考えすぎて、少々頭が変になってしまったのだろうか・・?
元々変わっていると言われる父さんのことだから考えられない話でもない。(そう思えてしまうところが哀しいところなのだが・・・。)
しかし、興奮状態の今の父さんを正常かと問われれば、判断するのは難しい。
こうなると父さんは一切周りのことが見えなくなる人間だ。
母さんはそれを分かっていて結婚したからそれでいいのだが、幼い頃の俺は、何故この父親が周りの子供の父親と同じように俺と一緒に遊んでくれないのかをよく悩んだものだ。
子供の頃の記憶というものは案外しぶとく、昔作られたイメージで、俺は今でもこの父親のことをあまり気に入ってはいない。
それを知ってか知らずか、父さんは昔よりも俺に優しくなった・・・・と思う。
しかし、自分の興味がある事に対しては相変わらずで、謎のサークルとやらの都合で一日家に帰らないという事はざらだった。
何をしていたのかと父さんに尋ねても、妖精を探していただの、ツチノコを探していただの、わけの分からないことばっかりを返されて、ろくに納得のいく返事をもらった事がない。
母さんに文句を言っても、父さんはあんな人なのよの一点張りで、俺のフラストレーションだけがただただ溜まっていくだけなのだった。
・・・とりあえず、ここで父さんの顔を前に、いろいろと考えていいも時間の無駄だろう。
父さんがおかしいかどうかは、父さんが落ち着きを取り戻してから判断しても遅くはない・・・というかそうした方がいいだろう。
食事も済ませたし、お風呂は当分空かないことが分かっていたので、父さんをリビングに置き去りに、俺は二階にある自室を目指す。