少女の訪問
そうこう話している内に、いつのまにか家の目の前へと辿り着いてしまっていた。
お互いが黙っている間は道のりがとんでもなく長く感じられたが、いったん話し始めると時は驚く程早く過ぎ去ってしまった。その違いが自分でも少し可笑しく思える。
まぁ、とりあえずは家の前まで来たわけだ。・・・さて、まずは母さんになんて言おうか。
空から落ちてきたなんて言っても全く信じてもらえないだろうしな。リアリストの俺がそんな事を言ったところで熱でもあるの?と心配されるのがオチだ。
それにしても、よくよく考えてみればエリアは純白の薄いワンピースのような姿で、この夕闇の中では明らかに寒いと感じるだろう服装である。
それなのに、彼女は一度も寒いとは言わなかった。
ただ遠慮しているだけなのだろうか・・?
とにかくこのままの格好のエリアを家の中に連れて入ると、母さんに色々と非難されるだろうことは容易に想像出来る。・・なんてったって母さんは女の子には優しくする事を俺の教育方針の一つにしているからな。
そうならないために俺は自分の着ていたブレザーを脱いで、エリアの身体にそっと羽織らせてやる。
エリアは一瞬驚いたような表情を浮かべて、すぐに顔全体を赤く火照らせてしまった。
「わたし、寒くないですから・・・!天使は暑さとか寒さとかいうものを感じないんです。だからっ・・・真崎さんが着ていてください。」
「そうはいかないんだ。母さんが女の子には優しくしろってうるさくてさ。どうせ家の中に入るんだし、俺も寒くはないから。」
「えっと・・・あの・・・じゃあ、お言葉に甘えて・・・。」
俺が強い口調でそう言うと、押しが弱いんだろうエリアにはそれ以上口をはさめる余地がなかったらしい。真っ赤な顔をして、俺のブレザーをぎゅっと握り締めながら黙りこくってしまった。
エリアより俺が先に中に入るのは当然のことなので、静かになったエリアを横目に俺は柄にもなく少し緊張しながら玄関の扉を開く。
扉を開いたと同時に、食欲をそそるシチューの匂いが家の中から俺たちの方へと溢れてきた。
とっくに夕食の準備は済ませたんだろう母さんが、ぱたぱたと玄関に向かってくる音がする。
「おかえりなさい、真崎。・・・あら?そちらの子は?お友達かしら。あらあらそれとも彼女さんかしら!?」
・・・やっぱり女の子を連れて帰れば彼女か、なんて聞かれるのは目に見えてわかっていたことだが、無駄な想像は出来るならして欲しくないところだ。
俺としては雨の中で震えていた可哀想な子犬を拾ったつもりでいるっていうのに・・・。
大体、こんな外国人天使少女を彼女になんてしたら色々とギャップがひどすぎる・・・!
さっきから俺がどれだけ悩まされてきたと思ってるんだ。
「ただいま、母さん。あーこいつは、「はっ、はじめまして、おかあさま!私はエリアと申します。えっと・・実は行くあてがなくてこちらでお世話になりたいのですが・・・。」
俺がエリアの説明を始める前に、本人が勢い良く自己紹介を始めてしまった。
こいつが天使だなんて言いはじめたら一体母さんはどんな反応をすることやら・・。
「あらあら、まぁ、そうなの?あなた、外国の方なのかしら?」
「えっと・・まぁ、そういうことになります、ね。」
「やっぱり!そうだと思ったわ。エリアちゃん、でしたっけ?日本には旅行に来たのかしら?」
「いいえ、修行です。」
「修行?まぁ、えらいのね。一体何の修行なのかおばさんにも教えてくださる?」
「立派な天使になるための修行なんです。」
・・・ああ、言ってしまった。しかも直球に、天使になるための修行と。
さすがにこれは俺でもフォローしきれない・・・というか、フォローしたところでエリアがまたポンポンと話し始めてしまったら、まったく何の意味もない。
エリアには悪いが、ここで永久のお別れかもしれないな、とそう覚悟を決めたその時、母の口から飛び出してきたのはにわかには信じがたい言葉。
「まぁ!!素敵ねぇ。外国にはそんな修行もあるのね、羨ましいわ~。おばさんもね、若い頃はずっと天使に憧れていたの。白くて綺麗な翼とか素敵じゃない?一度でいいから私もあの翼で大空を自由に飛びたいわねー。」
にこにこと微笑みながら、母さんは聞いてもいないのに自分の過去をぺらぺらと語り始める。
時折エリアはそれに相槌を打ったりして、女二人で異様なほど盛り上がっている。
・・というか何だ!?この仲間はずれ感は。普通天使になるための修行とか言い出したらずいぶんと熱のこもった信者だと驚くところじゃないのか!?(ましてやここは宗教に疎い日本だ)それをどうして母さんは平然とさも当たり前のように受け入れることが出来るんだろう・・・。やっぱり天然同士は通じ合うものなんだろうか。俺にはさっぱりわからない。
「はじめはどうしようかと思ったけど、あなたなら大丈夫そうね。うちなんかでよければゆっくりしていってね?エリアちゃん。」
「ちょっ・・・!母さん!!?」
俺が戸惑いながら二人のやり取りを見守っている内に、いつしか話はしっかりと決まってしまっていたようだった。
「はい!ふつつか者ですがどうぞよろしくお願いします。」
また礼儀正しいお礼を母さんに向けた後、エリアは俺の方を見てにっこりと笑う。
「おい、お前まで・・・。」
「さぁさご飯にしましょう?母さん実はもうお腹ぺこぺこなの。」
何を言ってるんだという言葉は母さんの会話によって遮られ、俺は仕方なしに口をつむぐ。
いまさら俺が何を言ったってこの決定は覆せないだろう。
いくら俺の方がしっかりしているとはいっても、やはり親は親。
決定権は明らかに母さんの方にある。
母さんがエリアをこの家に泊まらせるというのなら、子供である俺は文句を言うことしか出来ないのだが・・・いまいち納得がいかない。
母さんも母さんだ。もっと警戒心を持たなければ、いつかきっと痛い目に遭うに違いない。
それを父さんが諌めてくれればいいのだが、あいにく父さんも理想の父親像からかけ離れている有様だった。
結局、俺がしっかりとしてこの家を支えていくしかないわけか・・・。
これからの将来を思うと、どうしても大きなため息ををつかずにはいられなかった。
「ほら真崎。ため息をついていたら幸せが逃げちゃうわよ?せっかくこんな可愛い子が居候になるんだから喜ばなくちゃ!男の子なんだもの。」
俺の気も知らず、にこにこと微笑みあう天然が二人。
唯一の常識人である俺は、この理解できない状況にもういちど深いため息をつくのだった。