少女と図書室
やけにそわそわした様子で、大崎美帆は律儀に図書室の前で俺を待っていた。
「ごめん、待ったかな。」
「ううん、いや全然っ・・・!いま、来たところだから。」
何だ、この彼氏と彼女みたいなやり取りはと自分でもうんざりしていたところ、どうやらそれは大崎もそう感じたようで、妙に落ち着きがない素振りを見せ、そして、ほんのりと頬が赤く色づいている。
普段あまり接しないから分からなかったが、大崎ってこんなキャラだったんだな・・・。
案外、クラスのアイドル秋桜美優よりも女らしいというか可愛い部分があるのかもしれない。
「で、その図書カードって僕にも見せてもらえるものなのかな?」
「うん、多分大丈夫だと思う。まぁこんな事お願いしてきたのも野元くんがはじめてなんだけどね。」
うん、そりゃまぁそうだろう。よっぽどの暇人じゃない限り、わざわざ他人の図書カードまでチェックするなんて考えられない話だ。第一、普通はそういう事する動機がないしな。
「ちょっと待ってね。あ、カウンターまで来てもらえる?」
大崎のその言葉に小さく頷いて、俺は彼女の後に続き図書室のドアをくぐる。
普段、貸し出し手続きなんかを行うカウンターの裏に大崎は移動し、何やらごそごそとそこいらの引き出しを開け始める。きっと、ななみの図書カードを探してるんだろう。
「・・・・えっと・・・・あ、あった!これ、これよ野元くん!!」
嬉しそうに歓声をあげて、カウンターの表側、つまりはカウンターを挟んで反対側にいる俺に向かって、大崎がずっしりとしたカードの山を俺に渡してくる。
「え・・・こんなに?」
「そう、そんなにあるのよ。一枚のカードに書ける枠には限度があるからね。私がその子のこと覚えていて当然でしょ?」
「ああ・・・・そうだね。」
確かに、この枚数では好奇から図書委員である大崎がななみの事を覚えていてもあまり不思議ではないかもしれない。
いくら進学校とはいえ、図書室に通う生徒はある程度限られているし(綾人のように学校見学の時しかろくに図書室を覗いたことのない奴もいる)、ここまで大量の図書カードを作ってもらっている奴なんて、それこそ数えるくらいしかいないだろう。
しかも、図書カードにずらりと並んでいる貸し出した本のタイトルが全て同じものだとしたら、目を引かれないわけがない。
大崎の言ったとおり、図書カードを埋め尽くしているのは「シンデレラ」という誰でも知っている童話のタイトル。
どれだけこいつはこの本が好きなんだよ・・・・と少々呆れてきたが、大崎の手前、そういった事は一切顔に出さないように注意する。
俺のすぐ後ろで、エリアが「すごいです、ななみちゃん・・・。」と感嘆したように呟くのが聞こえた。
「・・・・・え、ちょっと聞いてもいいかな大崎さん。ここに三年って書いてあるんだけど?」
ずらりと並んだシンデレラの次に俺が目を引かれたのは、笹川ななみ 三年 という信じられない文字列。
・・・・・さん・・・・ねん・・・・?
「そう、そうなのよ野元くん!私よりも小っちゃいからついついななみちゃんって呼んじゃうんだけど、それが年上らしいのよね。ここは図書室のななみさんって言い替えた方がいいのかな?んーでもそれじゃあ余計怪談っぽくなっちゃうし・・・。」
べらべらと饒舌に語り始めた大崎。
彼女もかなりおしゃべりというか、自分が言いたい事は即座に全て言い切ってしまいたいタイプらしい。
大崎の言葉を適当に受け流しながら、俺は昨日会ったあの少女が俺より年上だという事実をどうしても信じられないと思った。
だってあいつの背は百五十・・・・いや下手すりゃ百四十センチもないくらいだったし、子供体系で胸もなかった。もし俺の学校に飛び級制度があれば、あれはすごく頭の賢い小学生です、といわれてもきっとすぐに鵜呑みにしてしまうだろう。
それくらい、笹川ななみは高校三年生にはとてもじゃないが思えなかった。
「でも、どうしてシンデレラなんだろう。」
「んー・・・・女の子の憧れっていうか、やっぱり子供の頃から知っているお話じゃない?だから余計に思いいれが強いのかもね。」
俺の素朴な疑問をそのまま口に出してみれば、大崎は丁寧に自分なりの答えを答えてくれた。
まぁ、確かに童話とか絵本の類は何世代にも渡って語り継がれてきたものだし、やはり何処かに人を引き付ける魔力を持っているという事だろう。・・・・ま、俺はそういった類にガキの頃から引っかからなかったわけだが。
「ねぇ、今度はこっちが質問してもいい?どうして、野元くんはそこまでななみちゃん・・・ななみさんの事を?もしかして、ひとめぼれ・・・とかじゃ・・・?」
いやいやいや、ないないない。大崎が何を勘違いしているのかはしらないが、第一印象からあまり関りあいたくないと思った女を好きになるほど俺は飢えてるわけじゃない。
まぁ、エリアのためなんていうのが理由だと少し癪なので、自分の知的好奇心を満たすため、だとでも思っておくか。
実際、この変わった女の事は色々と気になるのは確かだしな。
「そんなんじゃないよ。ただ、ななみさんって少し変わってる人だろう?だから、なんだか興味がわいちゃってさ。」
「そう、そうだよね!恋愛対象じゃあないんだよね!そう、そうかぁ・・・。」
何故か嬉しそうな表情を浮かべて、はしゃぐ大崎の姿に、ふと、とんでもない想像が俺の脳裏によぎる。
・・・・さっきからの態度といい、もしかして、大崎は俺を・・・・・いや、やっぱり自惚れすぎか。そんな可笑しな考えを振り切って、俺は笹川ななみの事に考えを集中させる。
「それで僕、笹川さんとちゃんとお話してみたいと思ってるんだけど、いつごろ彼女は図書室に来てるかわかる?」
「えーっと・・・多分毎日昼休みには来てると思うよ。私の担当の日以外はよく分からないけど、他の図書委員の子もいつもななみちゃんを見たって言ってるし。」
なるほど、いつも昼休みは図書室に入り浸りってことはよっぽど笹川ななみという少女は暇らしい。
いや・・確か友達がいないって話だから本で寂しさを紛らわしでもしているのだろうか。
高校に入学したばかりの一年ならともかく、三年になってまでろくに絡める友達がいないだなんてよっぽどな話だ。
・・・まぁ、あの様子ならそれも当たり前か・・・。
明らかに挙動不審だったもんな、あの子。
「そうか、ありがとう。」
「いいの、いいの!困ったことがあったら何でも私に言ってね?」
「うん、頼りにしてるよ、大崎さん。」
ぽーっと頬を赤らめている大崎に別れを告げて、俺は図書室の外にへと移動する。
「それじゃあ明日の昼休みにでもあたってみるか。」
「あの・・・っ!私もご一緒してもいいでしょうか・・・っ?」
まぁ、ななみと話したいのは俺じゃなくエリアだし、こいつがいなきゃそもそも話しが進まない。
だけど、放課後と違って人が多い昼休みにこいつを連れてくるっていうのもなぁ・・・。
「・・・・・お前が今日みたいに静かにしてくれるんならな。」
それは、俺の考えた上での妥協案だった。
「はいっ!私静かにしてますから・・・っ!!でも、ななみちゃんとは私も話してもいいんですよ・・・・ね?」
ああ、そういえば忘れてた。今回とは違って、直にエリアはななみと話したがってるんだもんな。
・・・・だけど、図書室でななみと話すために突然こいつが現れたらみんなびっくりするだろうしな・・・。制服着てないから一発で部外者とわかるし・・・。
ああ、せめてこいつが茶髪で茶色い目をしていたらもう少しは誤魔化せたんだろうに・・・!
こいつが制服を着ていたとしても、明らかにジャパニーズコスプレにしか見えないし、ここの高校生にはいくら頑張ったって見えやしないんだろう。そもそも俺の学校は外国人留学生を受け入れていない。
・・・・となると、綾人の時のように俺の家に招き入れるとか・・・いや、綾人は男だし一応は友達だからそれでいいが、今度は小学生に間違えかねられない女子高校生だ。
さすがにそれは色々とマズイ。
近くの公園辺りに呼び出すのがやっぱり無難だな。そこでエリアと対面させるのが一番被害が少なそうだ。
「とりあえず、学校の中じゃ目立つからななみと話すのはナシな。俺が適当にそこらの公園辺りに呼び出すから、お前はその時に話したらいいだろ?それまではぜったいに黙ってろ!」
「は、はい・・・っ!」
少し、あせりながらもいい返事を返してくれるエリア。
・・・まぁ、この調子なら大丈夫そうだな。




