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空からの落としモノ  作者: 紫音
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少女との出会い

そういえば、さっき聞こえた悲鳴は女の子のもので、確かに空から聞こえていた。

でも、まさか・・・。

本当に人が降ってくるなんて考えてもいなかった。


・・・何処かの高いビルから飛び降りた自殺未遂者なんだろうか・・?

そう思って、彼女をじっと観察しているとある一つの異変に気付いた。

・・・彼女は相当な高さから落ちた筈なのに、怪我の一つもしていない。

かすり傷の一つも彼女の体には見受けられなかった。

いくら頭から落ちたのではないとはいえ、傷の一つも無いのはおかしい。

いや・・こんな事を言ってはなんだが、

そもそも生きていられないんじゃないか?

俺が初めて見た時のあの高さから落ちたとしても・・・普通に考えて即死だ。

死体を見なくてすんだのはよかったが、傷一つない彼女に気味悪さを感じずにはいられなかった。


人間の姿をした人間じゃない何か、なのか・・・?

ふと、そんな考えが俺の脳裏をよぎる。

いや・・そんな筈はない。

そんな非現実的な事、あってたまるもんか!!

でも、俺の持っている知識だけでは何故彼女が生きているのか説明がつかない・・・。

そんな事を考えていた時、ふっと一つの事が浮かぶ。

・・・・そもそもこんな事考えるのが間違いなんじゃないか。

理由はどうあれ、彼女は助かった。

多分俺と違って運が良かったから助かった。

ただそれだけの事。

人一人の命が助かった事を喜ばないでどうする。

ここは喜ぶべきところだったのだ。

そもそも俺が第一にしなくてはならなかったのは、彼女を助ける事。

そんな事も気付かなかった自分に少し苦笑してしまう・・・。


彼女の容態を確かめようと、彼女に視線を戻した時、ふっと。

目があってしまった。

・・・彼女と。


時間にして数秒の沈黙。

嫌な空気が俺達を取り囲む。

この空気に耐えられなくなった俺は、彼女より早く言葉を発した。

・・まぁ、そもそも俺が先に言葉を掛けるのが普通なんだろうけど。


「何処から落ちてきたのか知れないけど・・・大丈夫?」


彼女は、話しかけられた事に驚いたのが、きょとんとした顔をして、それから一息置いて

俺に向かって言葉を発し始めた。


「ちょっと痛かったですけど・・大丈夫です。失敗してアポスタリク=ブロードから落ちちゃって・・・・・。」


そこまで言っておいて、何かに気付いたのか彼女の笑顔が固まる。

あぽすたりくぶろーど・・・?

一体なんだというのだろう。

わけが解らない・・。

それに、即死するほどの衝撃をちょっと痛いだなんて・・・普通じゃない。

真夏でもないのに、たらり、と俺の額から汗が伝う。

それは少し前方にいる彼女も同じだったようで、彼女の顔にも汗が滲んでいた。


彼女は焦った様子で、おもむろに口を開き、こう言った。


「あなた、にっ・・人間ですよね!?」


・・・想像もしなかった言葉が返ってきて、俺はしばし唖然としてしまう。

彼女には俺が動物にでも見えたのだろうか。

だとしたらかなり心外だ・・・・・じゃなくて、やっぱり彼女はどこかおかしい。

今も「沼の事は人間には言ってはいけなかったのに」、だの「また姉さまに怒られる」だの一人でぶつぶつ呟いている。


たらり・・・。

あぁ、また汗が俺の額を伝う・・・。

俺が汗のじっとりとした感覚に嫌気がさしていた時、彼女は突然「思い出した!」と叫び俺の方へつかつかと歩み寄ってくる。

・・・・かなり嫌な予感がした。

一瞬逃げようかと思ったが、彼女の真剣な様子を見るに、逃げても追いかけられそうだと思い、その思いつきはあっけなく却下された。

そして、彼女は衝撃的なその言葉を口にするー・・・。


「私、天使なんです。これから私の翼が生えるまでお手伝いしてくれませんか?」


てん・・・し?


「ははっ・・・あははははははははっ!!」


気付いたら俺は笑い出していた。

そりゃそうだ。

何処に自分は天使だと言われて信じる奴がいる?

この子はきっと落ちた衝撃で頭が少しおかしくなっているのだ。

さっきからの不可解な言動もそう考えれば納得がいく。


「あの・・初対面の僕が言うのも何ですけど病院に行かれた方がいいと思いますよ。相当の高さから落ちたみたいですし。」


初対面の俺が病院に行けと言うのも失礼な話だが・・・今のこの子は相当混乱してる。

このまま忠告もせずにほっとくと彼女が可哀想な目に遭うかもしれない。


「あの・・・病院って人間が具合が悪い時に行くもの、ですよね・・?あ、私は元気です。

ですからそのような所に行かなくても大丈夫です。」


・・・・。

これはかなりの重症のようだ。

彼女は「人間が」と言った。

普通の人はこんな風な言い方はほとんど、いや全くしない。

本当にこの子は自分が天使だと思い込んでるんだ・・・。

この様子だと病院が何処にあるか解っているかも怪しい・・。

病院まで案内くらいはしてやらなければならないかもしれない。

・・正直、こんな面倒事には首を突っ込みたくないんだけどな・・。


「ふぅ・・・病院までご案内しますよ。」


「病院はいいです・・!!貴方、さっきから私の言う事聞いてくれませんね・・。信じてないんですか?私のこと・・。」


信じてないのかと聞かれれば答えはYes。

信じられる訳がない。

第一俺は現実主義者で天使とか悪魔とかそういった類のモノは一切信じていない。

そんなものは所詮人間の空想の産物でしかないのだ。


「・・・残念ながら信じていません。僕は天使というもの自体信じてないもので・・。」


「えっ・・・。人間は天使に憧れてるんじゃないんですか?!天使が目の前に現れたら人間は喜ぶって・・・!!」


一体誰に聞いたのやら。


「確かにそういう人もいると思いますよ。ですがそれは唯夢を見ているだけです。貴女もいい加減夢から覚めたらどうですか?」


彼女があまりにしつこいので後半は少々言葉が荒くなった。

俺は元々気が長い方じゃない。

このままいくと化けの皮が剥がれるな・・。


「夢なんかじゃありません!!天使は本当にいるんです!!・・・これを見たら信じてくれますか?」


そう言って彼女はポケットをごそごそと弄り四角い小さなカードを取り出した。

そしてそれを俺に手渡す。

それは免許証のような感じだった。

左端に彼女の顔写真が貼ってあった。

・・俺が理解出来たのはそこまでだった。

あとは理解不能な多分文字と思わしき羅列が何行かを確認する事が出来た。

確認は出来ても理解は出来ない。

これを見て一体何が解るというのだろうか。


もしかしたらこれは外国の言語なのかもしれない。

初めは染めているのかと思って気に留めなかったが確かに彼女の髪は黄色かった。

どことなく日本語に不慣れな感じだったしな。


「すいません、僕日本語と英語以外は解らないんです。」


「あっ・・・・読めないんですか・・。人間には私達の言葉は解んないんだ・・・。うー・・どうしたら信じてもらえるんですか!?」


「いや・・どうしたらとかじゃなくて・・僕は何されても信じませんよ。」


「でも・・・っ、信じてもらえないと困るんです・・・!」


「困るのは僕じゃなく貴女でしょう?大体、天使というのは羽が生えてるはずじゃないんですか?」


あまりのしつこさに少々苛立ちを感じながら、俺はよく絵画などで描かれている天使の純白の羽の事をぼんやりと思い出していた。


「だから・・・あの・・・っ私まだ見習いなんです。それで・・っさっきもお話した通り、まだ羽が生えていないんです・・・。」


どうやら彼女にはそれががとても恥ずかしい事らしい。

何度かどもりながら、彼女は顔を真っ赤にしてゆっくりと俺に説明をしてくれた。

というか、そもそも天使などという存在に見習いがあるだなんて初耳としか言いようがなかった。


あやしい。・・・・怪しいとしか言い様がない。

天使見習いというその言葉が、ますます彼女の言葉の信憑性を低くしていく。

目の前の彼女は口を開かない方が徳だと考えられている人種なのかもしれない。

よくよく彼女の姿を見てみれば、言っている事がとんちんかんなのは置いといて、顔やスタイルが悪いという部類には入らないだろうことが一目瞭然だった。

まぁ、これは主観にしか他ならないのだが、どちらかというと可愛いだとかもてはやされるに違いない姿形だとは思う。

先程までの会話のキャッチボール全てが無かったことになるのなら是非とも仲良くしたいところだが・・・・・・。


「翼は人間界で困っている人を助けると生えてくると言われました。私、は天使ですし、この世界のことは全く分からない状況です。その・・っ・・だから貴方に助けて頂きたくて・・。」


目の前の少女は相変わらず私は天使だと主張して譲らない。

しかも私を助けて欲しいと、あろうことかこの俺に懇願する始末だ。

新しい宗教か何かの類だろうか?それとも斬新なスタイルの客引きか。

この娘がいくら多少可愛いからって安請け合いしてしまった暁には、不自然なくらい満面の笑顔の人々が、いや、あるいはこわーい顔のお兄さん方がどこからともなく現れてくるっていうある意味お約束の展開じゃないだろうな?

・・・どちらにせよ、どこかに引っ張られていって危ない目に遭いそうなのは確実だが。


それにしても。

天使というものを信じた覚えはないが、やはり一般的に天使といえば翼を持つものと考えられているだろう。

それを、善行をすれば翼が生えてくるだって?

・・・ああ、それは確かに考えの足らない奴にとっては魅力的な誘いかもしれないな。

そんな事を聞かされたら、急にボランティアを始める奴がクラスに一人は必ずいるに違いない。

成る程。この少女はそれが狙いなのか?

全世界、少なくとも日本でのボランティア人口を増やそうという立派な大義の為に、彼女は人知れず一人戦っているのかもしれない・・・・・ああ、馬鹿な妄想も程々にしておこう。


気付けば辺りは前よりもずっと薄暗くなっていて、この少女と無駄な会話を続けているうちにどれほどの時間が経過してしまったのかを密かに俺に告げていた。

陽はすっかりと沈みきってしまったようで、このままここにぼやぼやしていると、街灯の明かりを頼りに真っ暗な道を帰る羽目になるだろう。

夜道を歩く事が別段と好きではない(むしろ嫌いだ)俺には、この少女を何とかする事よりも、帰路を急ぐ事の方がいくらか重要に思えた。

そうと決めればさっさとこの少女を振り切ってしまう方が得策だろう。

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