少女と目眩し
「真崎さん!おはようございますっ!」
昨日、エリアとおはぎを食べにいった(俺的には婆さんを送り届けてさっさと帰るつもりだったんだが結果的にはそうなってしまった)ことで帰りが遅くなってしまった俺たちは母さんにちゃんと連絡はしてくれなきゃだめよぉ?とまたあの迫力の欠片もないぽややんとした笑顔で諌められてしまった。
そして、あの後。明日に備えて早く寝たつもりだったのだが、また朝が巡り巡ってきてしまったようだ。
バンっ!と遠慮もなくずかずかと勢いよく俺の部屋に踏み込んできたエリア。
もう着替えたのか、白いワンピースのようないつもの普段着を纏っているようだ。
対する俺はまだ寝巻きのままで、眠気眼をこすっているという状態で・・・っていうか今何時だ。
ベットの脇に置いてある時計に目をやると時刻はまだ六時を回ったところだ。
もちろん午後じゃない、午前六時だ。
いくら早く学校に行くことを目標にしている俺でも、流石にこの時間に起きるのは早すぎるんじゃないかとは思う。
だけど、あいにく二度寝が出来ない体質の俺は、無神経な同居人によっていつもよりはだいぶ早い起床をする羽目になったのだった。
「真崎さん、今日も放課後に真崎さんの学校にお邪魔してもいいですか?」
今日は父さんは出張で不在らしく、俺とエリアと母さんの三人でやはり早めの朝食を取ることとなった。
そして、そんな俺の朝の憩いタイムもまた無神経な同居人の爆弾発言で邪魔されることになる。
「あらぁ?エリアちゃん昨日は真崎の学校にまで行ったのかしら?」
「はい、それで今日もどうかなって・・・。」
「だめ、駄目に決まってるだろ?大体昨日は教師に見つからなかったからよかったものの、部外者が入り込んでるってバレたらどうすんだよ。」
「その時は真崎さんのお友達ですって説明し
て・・・。」
「友達とかそういうの関係なく駄目なんだって。・・・というかお前と友達になった覚えはないんだけど。」
「あらあら、そんなこと言っちゃだめよぉ、真崎。一緒の家に住む者同士仲良くしなきゃ!」
「あの・・・わたし、は・・・っ真崎さんと仲良くしたいです・・・。」
「ほらほらエリアちゃんもそう言ってるじゃない。女の子を傷つけちゃだめよぉ?」
そう言って、母さんは裏のありそうな笑顔で微笑む。
・・・ったく、親だからって言いたい放題言いやがって。この翼も生えてこない天使につきあうのがどれだけ面倒なことか母さんはわかってないだろうに。
「・・・・・わかったよ。はいはい仲良くします。だけど学校についてきてもいいかどうかはまた別の話だからな。」
「はい!よろしくお願いしますね、真崎さん!」
多分人よりも遥かに純粋なんだろうエリアは、俺が投げやりに言ってみただけのその言葉にも嬉しそうに過剰に反応する。
・・・・・こいつも、少しは人を疑うってことを覚えた方がいいな。
そう、ぼんやりと思いながら俺はおもむろに箸を置く。
「ごちそうさま。エリアももう食べおわったんだろ?ちょっとこっち来い。」
「え?は、は、はい・・・っ!」
勢いよく椅子から立ち上がって、ぱたぱたと俺の後をついてくるエリア。
その姿はまるで必死に親に追いつこうと、てとてとと歩くカルガモのヒナのようだった。
妙に嬉しそうな顔をしている母さんに俺たちの声と姿が見えない場所(やっぱりこの前と同じ廊下なんだが)まで辿り着いたのを確認してから、俺はそっとエリアに詰め寄る。
「エリア。お前エルアがしていた様なこと出来ないのか?」
「お姉ちゃんがしていたこと・・・ですか?」
「そう。たとえば姿を消すっていうのか?この前一時的に俺らの傍からいなくなってただろ。」
「ああ!あれですね。あれは天使には必須の目眩ましの技です。」
「それをお前は使えないのか?姿を消せればこれからいろいろと動きやすくなるだろ。お前、そのままだと目立つし、すぐ人に騙されてふらふらとついていきそうだもんな。」
「そっ、そんなことないです・・!私は知らない人に勝手についていったりなんてしません!」
俺の言葉が勘に触ったのか、頬をふくらませて俺に抗議しはじめたエリア。
変なところにムキになってエリアは反応することはしたが、残念ながら俺が反応して欲しかったのはそこじゃない。
「まぁ、それはどうでもいいんだよ。問題はお前がその術だか技だかを使えるかどうかって事なんだ。」
「つ・・・・。」
「つ?」
「使えます・・・っ!」
・・・・・へぇ、それは意外だ。意外すぎるほど意外だ。
ここまで言葉を溜めて発したものだから、その変な技を使えない後ろめたさからかなかなか言い出さないもんだとばかり思ってたが・・・・・落ちこぼれ天使にもなんとか使える技があったみたいだな。
「本当か?じゃあちょっとここで見せてみろよ。」
「私は嘘はなんて絶対につきません・・・!それじゃあ見ててください、ね。」
大きく深呼吸をして、エリアは精神統一のためか静かに目を伏せた。
「ミア=バディトス=インビジレイト・・・・。」
わけのわからない言葉の羅列を唱えて、エリアは一瞬ですっと目の前から消えてしまった。
・・・・・・彼女が目立つ要因の一つでもある派手な金色のツインテールを残して。
つまり、説明すると空中でぬっと金色の二つの髪の毛が突き出ていることになるわけで・・・・いやいやいやこれはかなりヤバイだろ。心霊現象として噂になりかねない。これじゃあそもそも変な術をかけない方がいくらかマシだ。少なくともその方が目立たないに違いない。
・・・・というかこの髪の毛触れるんだろうか?
ふと気になって、思わず空中に浮かんでいる金色の髪の毛を右手、左手それぞれで電気のひもを引っ張って明かりをつけるようにぐいっと思いっきり引っ張る。
「きゃっ!?いた・・っ、痛い・・・・ですっ!!」
なんだ、触れるんじゃないか。
しかし、エリアの髪がここにあるってことは大体ここら辺が手で、んでここら辺が足だよな。
今、俺はエリアの身体が実在している場合、俺とエリアはどうしようもなく密着しているという事になるのだが、エリアの身体の感触が全く無いことを考えると、俺が見えていない部分は触れもしないってわけだ。
という事は本当に消えてる、とそう言った方が正しいのかもしれない。
「な、何するんですか・・・っ!」
姿の見えない、だけどどこからか声だけは聞こえてくるという不可解な状況で。
静寂な廊下にエリアの憤慨した声だけが響き渡っている。
・・・・・こいつは自分の術が本当に成功したと信じきっているに違いない。
どう考えても大失敗だっていうの。
まぁ、落ちこぼれと呼ばれる奴に期待をしても仕方ないんだが・・・・。
「おい、エリア。お前自分でそこの鏡見てみろ。」
そう言って、俺は玄関に備え付けられている全身鏡を指差す。
これは外出時に自分の顔に何かついていないか、とかコーディネイトはおかしくないか、といった具合に色々とチェックしたがる母さんが父さんに頼み込んで購入したものだ。
鏡にエリアの姿が映るのかどうかは定かではないが、俺自身が口で説明するよりもこっちの方法の方があまり頭がよろしくない様子のエリアにはわかりやすく伝わるだろう。
「はい、わかりました・・・・・・・ってえ、あれ。あれ・・・・・・れ?」
間抜けな声を出して(きっと顔にも間抜けな表情が浮かんでいるに違いない)、髪の毛しか視認出来ないエリアはわさわさと髪の毛を振り乱す。これは何かの間違いだと必死に自分で頭を振ってみてるのだろう。
しかし、そんな事をしてみても全くの無駄だ。
「失敗なんだろ?それじゃあ明らかに目立つぞ。」
「あ・・・、うぅ・・・・しっぱいしました・・・・・。」
情けない声を出して、不意に再び現れたエリアの顔にもやはり情けなさが溢れていた。
「お前、これ成功したことあったのか?」
「あります・・・・一度だけ。」
「そういうのは出来るっていわないんだよ。完璧に成功してから使えます!なんて胸張って言え。」
たった一回きりの成功でよくもそんな技だか術だかを使えますと豪語できたもんだ。
その妙な自信はいったい何処から出てくるのか・・・・・・。
「・・・ごめんなさい・・・・。」
しゅんとうなだれて、がっくりと肩を落とすエリア。
きっと自分では成功すると思い込んでいたに違いない。いつもこの調子で毎回失敗していたのだったら、正直目も当てられないな。
「とりあえず、お前その技はちゃんと鏡で全部消えているか確認してから使えよ。間違って一部分だけ他人に見えている状態なんかで町ん中歩いてみろ。もう家には入れさせないからな。」
「そんなぁっ!真崎さんひどいです
っ・・・・!!」
そうなっては大変だと必死なって反論するエリア。
それにしても、先程からころころと表情が変わる奴だ。
エリアが家に来た頃の事を思えばずいぶんと表情が豊かになった気がする。こんな奴でもそれはそれなりに緊張していたってわけか。
「その技が使えるとずいぶん便利になりそうだからな。俺が学校に行っている間それを練習しておいた方がいい。完璧に全身を消す事が出来るようになったら学校に、といっても放課後だけなら連れて行くのを考えておくよ。」
「ううっ・・・・・頑張ります。」
頭を抱えて、これから練習漬けになるだろう毎日を思ってか、小さく唸り始めたエリア。
しかし、落ちこぼれのレッテルを貼られたこいつが人間から見ればとても高度に思えるあの技を習得するのにいったいどれ程の時間を費やすか・・・・先が思いやられる




