少女と朝食
ちゅんちゅんと、可愛らしく雀が鳴いている声が聞こえる。
窓から差しこむ眩しい日の光。
・・・って、ちょっと待て!?今は・・・まさかもう朝なのか・・・!?
勢い良く、がばっと起き上がってみると、ベッドの端の方が何故か流れるような金色に色づいている。
まさか、この金髪は・・・・・!!
・・・・そのまさかは見事に的中し、俺は朝から度肝を抜かれることとなる。
ああ、一気に眠気が覚めてしまった。覚醒する意識、徐徐にはっきりとしていく視界。
そうして見えてきたものは、俺のベッドにもたれかかって、布団を枕がわりにして眠っているエリアの姿だった。
・・・・・・というか、なんでこいつは与えられた部屋に戻らなかったんだ?
物置部屋、もとい父さんのおかしな研究部屋をわざわざ母さんが人一人眠れる分くらいには片付けてくれたはずなのに。
・・・とりあえず、母さんが起こしに来る前になんとかしないとマズイ事になり・・・・「おはよう、真崎!今日は母さん早く目が覚めちゃった♪って・・・・あら。あらあらあらあら!まぁまぁ母さんどうしたらいいのかしら・・・・っ!」・・・・・そうだ。というか、現に今そのマズイ事態が目の前で起こってしまっている・・・・!
「違うんだよ、母さん。これは、朝起きてみたら何故だかこいつがこんなところにいて・・!!」
昨日寝るまでの記憶がどういうわけかとても曖昧だが、断じて何もやましいことはなかったと断言できる・・・!だいたいこのエリアとそんなヤバイ事に陥ってしまった場合、ひじょーに妹思いの姉に消し炭どころか灰にかえされてしまいそうだ。言っておくが、正直俺はまだ死にたくない。
「あらあら、じゃあエリアちゃんに夜這いをかけられちゃったって事かしら?まぁ、真崎もいつのまにか立派な男の子になっちゃったのね~。母さん嬉しい!」
いや、そこは母さん嬉しいだなんて喜ぶところじゃないだろ、多分。
ったくこの母親にもつくづく困らせられるものだ。
「だから、そういうんじゃないって。とりあえず、こいつなんとかしといて。俺着替えてくるから。」
「照れない、照れない。まぁエリアちゃんのことは母さんに任せておいてね。」
母さんに任せるのはある意味で心配だが、エリアにかまけてもたもたしている時間は学生の俺にはない。
急いで学生服に着替えて、鞄の中身をもう一度入念にチェックする。
忘れ物もおちおち出来ないだなんて優等生も大変なものだ。
・・・・・とりあえず、今日の用意はこれで大丈夫だろう。
すきっ腹を抱えて、階下へと下りる。
そこには、ちゃんとエリアの分まで用意された朝ごはんが並べられていた。
「いただきます。・・・ところで母さん、いつまでエリアをこの家に居候させるつもりなんだ?元々昨日一日だけじゃなかったっけ?」
綺麗に焼かれた卵焼きを箸でつつきながら、父さんが起きてくるのを律儀に待っている母さんにそう問いかける。
「あら、確かこの一年はエリアちゃんを預かるって話だったと思うけど?」
・・・・え。昨日の時点ではそんな話は誰も一言も話していなかったはずだ。しかも、一年だって・・・?その時期は、俺が昨日エルアに伝えた期間と全く一致するじゃないか・・・!ということは、エルアが母さん(おそらく父さんにも)また手を加えた・・・っ!?
「母さん!昨日、エリアの姉に会わなかった?」
「あら、なんのこと?母さん知らないわよ?エリアちゃんにお姉さんがいただなんて・・・!真崎は知っていたの?」
「いや・・よくは知らないけど。」
「何の話だ?エリアちゃんにはお姉さんがいるのかい?」
「あら、あなた。おはようございます。真崎の話によるとどうもそうみたいなのよねぇ。私もエリアちゃんのお姉さんに会ってみたいわ~。」
「同感だね。実に興味深い・・・!」
いつの間にか勝手に現れて、勝手に話し始めている父さんと母さん。
それはいつもの毎朝の光景だ。しかし、その光景というより先程の会話に納得がいかない。
・・・・母さんと父さんはエルアを知らない?いや・・・知らないはずはない。
多分、昨日父さんと母さんはエルアに会った。
ただ、その記憶を忘れてしまっているだけで・・・・・っ。
つまり、エルアは明らかに何らかの細工を父さんと母さんに施したのだろう。
エリアを無条件で一年(つまり、俺がエリアを助けると約束した期間)俺の家に住まわせること、そして、エルアと会ったことを無かったことにしてしまった。
・・・・本当に、天使っていう存在は厄介なものだ。
今のところ、あいつ、つまりエルアは何でも出来るんじゃないんか・・・?
天使なんてものに憧れる人間は愚の骨頂だと思っていたが、実際にその天使とやらの能力をこうも見せ付けられてしまうと、天使なんていないという一点張りを貫いてきた俺の信念が早くも揺らぎ始めたような気がする。
そもそも、天使なんて存在は人間を救済する為にいるものだとしたら、迷える哀れな子羊をここに一人増やしてしまっては本末転倒じゃないか。
学校に行く前だっていうのに、どうしようもなく気分が重たくて仕方ない。
「みなさん、おはようございます・・!わあっ、こんな素敵な朝食まで用意していただいて・・・っ、本当にありがとうございます・・・!」
そして、更に問題の元凶が目の前に姿を現したものだから、俺の憂鬱はだんだんと深くなっていく。
エリアが俺の前に降ってきたせいで、俺の日常、いや俺のこれからの未来もめちゃめちゃになってしまった。
目の前の少女を憎んでみても多分仕方ないんだろうが、自分の不運を憎むのもそれはそれで癪に障る。
「おはよう、エリアちゃん。今日はエリアちゃんがうちで初めて朝ごはんを食べる日だからおばさん気合入れて朝早くから頑張って作ってみたの。よかったら醒めない内に食べてみてちょうだい?」
「はは、母さんの料理は最高だからな~。エリアちゃんもきっと気に入ると思うよ。」
「じゃあ、さっそくいただきます・・・!・・・・・・あっ、すごくおいしい・・・・っ!!」
「まぁ、ほんと!?おばさん嬉しいわぁ・・・!それじゃあ明日も頑張ってみちゃおうかしら?」
俺をよそに、和やかに談笑する緊張感の欠片もない三人。
ああ、というかどうしてこうもエリアはこの家にこんなにも馴染んでしまっているんだろう・・・。これもエルアの仕業なんだろうか・・。
それよりも、ずっとここでぼうっとしているわけにもいかない。
俺には他の生徒よりも少し早く登校するという自分に課したささやかな掟がある。
朝食は済んだし、とにかくこの天使少女をとっ捕まえて、ある程度の話はつけておかないと、学校にまでエリアが着いてくるという最悪のシナリオに進む可能性は考えたくもないが充分にある。
さあ、そうと決めればさっさと行動に移すのが吉だ。
「ああ、エリア。ちょっといいか?」
「?はい、何でしょう?」
あらあらあら、と母さんがまた何か騒いでいるのをわざと無視して、食べかけの朝食を前に、名残惜しそうな表情でほかほかのご飯が盛られた茶碗を凝視していたエリアを無理やりに廊下に連れ出す。
エリアは何故ご飯中にこうして食卓から引き剥がされなければならなかったのかがわからないようで、こう言ってはなんだがずいぶんと間抜けな面をしている。
「いろいろと言いたいことはあるが、まず一つ聞いてもいいか?なんでお前は今日あんなとこで寝てたんだよ・・・・・!?」
「えっと・・、それはですね、話すと長いんですけど・・・。」
「俺は急いでるんだ。手短に頼む。」
「手短に・・・?えっとつまりは眠くなってしまったというか・・。」
「はぁ?何だよそれ。」
「普通天使というのは三時間程度の短い睡眠で十分に活動出来ると言われています。そして、あの・・・これが私が落ちこぼれと言われる所以の一つなんですが・・どうも私は真夜中になるとすぐ眠くなってしまうみたいで・・。」
しどろもどろになりながら、そう俺に説明するエリア。
やっぱり落ちこぼれというものはちゃんとした理由があって落ちこぼれといわれるものらしい。
「それで、昨日夜遅くまでラヴェリーちゃんのライブ映像をずっと真崎さんの部屋で見ていたので、寝ようと思った時には力尽きてしまって・・あまりに眠かった上にふかふかのベッドが近くにあったものですから・・・。」
で、俺のベッドに倒れこむようにして眠ってしまったわけだ。
ああ、何と言う人間臭さ・・・!こいつは明らかに天使なんてものにはなれそうもない・・・。
「お前さ、もう天使なんて目指すの止めたらどうなんだ・・・?明らかにお前には合ってないだろ。」
「ええっ!?なんでそんな事を言うんですかぁ・・・っ!!私は立派な天使になる為にはるばる地上まで下りて来たのに・・・。」
かなり心外だ、とでも言いたげに顔を曇らすエリア。
・・・しかし、誰がどう考えてもこいつを天使だと認めるのはかなり難しいだろう。(だいたい翼も生えてないし。)
「その、天使になるっていうか羽根生やすんだったか?それってかなり大変らしいみたいいじゃないか。」
「はい、ですからその試練をクリアした暁には素敵な二枚の翼が貰えるんですよ。」
「貰えるって・・・誰に?」
「・・・・・、だれ・・にでしょう・・?」
自分でも分からないんだろう、首を傾げるエリア。
・・・・ったく、本当に天使っていうものはいきなり生えてくるらしい翼のことを誰も気味悪いだとか思わないんだろうか・・・?
・・・いや、待てよ。考えてみれば人間もヒゲやら脇毛やらは子供の時には生えていないわけで・・・・俺らがそういった毛が成長と共に生えてくるのを当たり前だとしか思わないように、天使も翼が生えてくるのを当たり前だとしか思わないってことか?
だとしたら、天使の翼=俺らの脇毛みたいな認識である、と。
これはとんだ笑える話だ。
「っていうかお前、俺以外に天使だの何だの他の奴らに話すなよ!?こっちじゃ変な目で見られるんだから・・・。」
「それは、大丈夫です。私変な目で見られることには慣れてますから。」
そう言って、エリアは儚げに微笑んでみせる。
それは、今までの明るい笑顔とは全く違う、俺が初めて見たエリアの力無い笑顔だった。
「お前・・・・。」
「それにですね、お姉ちゃんからも言われたんです。絶対に人間には天使であるだとか天界の事は公言してはいけないって。真崎さんのお母様やお父様にも、お姉ちゃんが昨日私が話した天使に関する事柄については何とかしておいたから、これからは絶対に話してはいけないって言われました。それと、人間のように振舞えとも。・・・・元々、信頼出来そうな人以外には天使であることを話しちゃいけないとは言われてたんですけどね。」
少し照れくさそうに笑うエリアは、すっかり元のエリアに戻っていた。
・・・・先程見せた、寂しげな笑顔は一体なんだというのだろう。
実は、これでも彼女なりに色々と頑張っていることがあるのかもしれない。
「まぁ、そうした方が賢明だろうな。・・・で、お前は一体どうやって困っている奴らを見つけるっていうんだ?」
「あ!それで真崎さんにお願いしようと思っていたんですけど・・・その、学校で困っている人たちがもしいらっしゃったら私に紹介して欲しいんです・・っ!」
・・・・・前言撤回。これでも果たして彼女は頑張っているといえるのだろうか?
なんという他力本願・・・・。少しは自分の足で迷える人間とやらを捜し求めてほしい。
「おい、少しは自分で探す努力でもしろよ・・・。」
「ごめんなさい・・・・でも、私予定外の地域に落っこちてきてしまったわけで、ここの地理を全く憶えていない状況なんです・・・。」
「え?お前ってここに来るわけじゃなかったのか・・・?」
「はい、やっぱり私の外見は日本人離れしているということで・・・元々はヨーロッパに修行に下りる予定になっていたんです。それなら多分悪目立ちしないだろうし・・・。」
確かに金髪碧眼のエリアの姿なら、ヨーロッパ辺りで現地の人に混じっていればさほど目立ちはしないに違いない。・・・・というか違和感無く混じれるだろう。
そう、ここが黒髪に漆黒の瞳を持つ民族が暮らす日本だからこそ目立つというだけで・・・。
そもそもこんなところに落ちてきてしまったこと自体が間違いだったわけだ。
「で、どうしてこの町に来ることになったんだ?事故かなにかか?」
「いえ、その・・・天使が人間界へ下りる時に使う場所は二つあって、それがアポスタリク=ブロードとアポスタリク=スプリングなんですが・・・。私は本来、特定の呪文を唱えれば、特定の場所に行けるアポスタリク=スプリングを使ってヨーロッパに降り立つ予定でした。それが、その間違えてアポスタリク=ブロードの方に行ってしまって、それで・・・ここに落ちてきてしまったみたいです。」
なんだかいきなり見知らぬ単語ばかりが出てきて、完全に理解するのには少し時間がかかりそうだ。
「落ちた?」
「はい、アポスタリク=ブロードはかなり上空の地上の空に繋がっていて、準天使以上の方は翼があるのでその翼を使って目的地まで飛んでいくのですが・・・・私には翼がなかったので、そのまま真崎さんの近くに落っこちちゃったみたいです・・・。」
おいおい、落っこちちゃったなんて軽く言ってるが、落ちたのは上空からなんだろ?
それを無傷だなんて、やっぱりこいつも明らかにおかしい・・・・・。
いや、考えたくはないが普通の人間が普通に上空と言われる程度の高さから落ちた時の事を考えると・・・・・おちおちワイドショーなんかでは報道できないくらい死体の損傷は酷いはずだ。・・・というか酷いなんてものじゃないな、多分。
「お前もエルアみたいに落ちた時に何か変なことでもしたのか・・?」
「変なこと?いいえ、私はお姉ちゃんのようにいろいろな力を操れるほど、能力が足りていませんし・・・。ただ、地面に落ちる直前に優しい風に助けられました。あの風がなければ、私も無事ではすまなかったと思います・・・。」
「風?」
「はい、もしかしたら誰か天使の方が助けてくれたのかも・・。人間の方が出来るものでもないと思いますし・・。」
確かに、俺も含め人間には風を畏れることはあれ、その力を従わせることなどとてもじゃないが出来やしないだろう。
誰か、天使の方が・・・・とエリアがそう語った時、何故か俺の脳裏にはふとエルアの姿が浮かんだのだった。
妹を助けるために・・・?ああ、あの姉のことなら考えられない話でもないのかもしれない。
エリアに俺の仮説でも話してみようかと、顔を上げた瞬間。
エリアの頭を通り越して、リビングに置かれている掛け時計の針が八時ジャストを指しているのが俺の目に飛び込んできた。
「ってうわ・・・・っ!!?ちょっ、ちょっとエリアそこどけ!!このままじゃ遅刻する・・っ!!」
「え?わ、わ、わっ・・・!」
思いっきりエリアを押しのけて、鞄が置いてあるリビングへと全力疾走する。
リビングの扉を開けると、父さんはのん気に新聞なんか読んでいて、母さんは朝食の食器洗いに勤しんでいた。・・・・というか息子が遅刻しそうなんだから声の一つでもかけてくれよ・・っ!
「あらぁ、真崎。ずいぶんとエリアちゃんと長話してたのね。遅刻しちゃうわよ?」
・・・それを言うのが遅いんだよ母さん!!
「もっと早く言ってくれよ!このままじゃ俺遅刻するだろっ・・!じゃあ俺もう行くから・・・っ!」
「はいはい、いってらっしゃい真崎。」
「気をつけてな。」
母さんと父さんが口々に俺にかけてくる言葉を背後に、俺は猛ダッシュで玄関に向かう。
廊下で相変わらず邪魔な障害物として突っ立っているエリアを避けて、玄関のドアノブを掴んだ、その時。
「あの・・・っ、真崎さん!い・・っ、いってらっしゃい・・・っ!!」
必死に声を張り上げて、エリアが俺に精一杯のいってらっしゃいの挨拶を送る。
その瞬間、俺はどうしようもなく急いでいたはずなのに、驚きからか恥ずかしさからか、ドアノブを回すその動きを止めて、ぎゅっとドアノブを握り締めた体勢で固まってしまっていた。
「あの・・・?真崎さん・・・?」
そんな俺を不審に思ってか、心配そうに尋ねるエリアの声によって俺はふと我にかえる。
「・・・・っ、いってくる!」
照れ隠しのように乱暴な声でエリアにようやくそれだけを言って、俺はやっと学校へと至る第一歩を踏み出したのだった。




