全ての始まり
日が少し傾きかけて、辺りが暖かなオレンジ色に包まれる。
時刻は午後四時。
まだ日が少し沈みかけたところだというのに辺りには全く人の気配が無い。
道の脇脇にある民家には光が溢れ、夕食時特有のいい匂いが何処からともなく漂ってくる。
今は何処の家庭でも夕食の準備で忙しいのであろう。
その事を考えれば、この人気の無さも頷けるものがあった。
そんな人気のない夕闇の中を歩く少年が一人。
少年・・いや青年と呼ぶべきか。
正確にはどちらとも言えないのかもしれない。
彼は青年と呼ぶには幼すぎ、少年と呼ぶには大人びていた。
彼の名は、野元真崎。
県内有数の進学校に通っている高校二年生だ。
地元では超難関と囁かれる進学校に通っていながらも、彼の成績は優秀な方だ。
それは彼の優秀な頭脳によるところが多かった。
体育、芸術科目で他人に後れをとった事はあるが、勉強面、とりわけテストにおいては誰も彼の上をいくことは出来ずにいる。
それだけのみならず、彼はルックスも運動能力もそこそこにある部類だ。
これだけを述べれば羨ましいと思う方もいらっしゃると思うが、彼には一瞬でその羨ましさを掻き消す致命的な欠点があった。
それは非常に運が悪いということ。
彼の運の悪さは折り紙つきで、それは生まれつきといってもいい程だった。
彼は一度も懸賞や抽選に当たった事はない。
地元の商店街で毎年開かれる抽選会で毎年同じようにポケットティッシュを貰う。
ポケットティッシュは6等と名打たれているが、実質的にはハズレである。
もし、来年の抽選会で彼がポケットティッシュ以外の物を当てたのなら、彼はそれこそ大喜びをするだろう。
その商品が例えどんなにショボいものだったとしても。
商品の質など関係ないのだ。
彼にはポケットティッシュ以外のものが当たったというその事実が嬉しいのだから。
・・・抽選等の日常の些細なイベントに関る事だけであれば、まだいいやと思われる方もいるだろう。
しかし、彼の運の悪さは普通ではなかった。
彼は何度かその運の悪さで死にかけた事があるのである。
彼はその運の悪さ故か、幼少時から数多くの事故に遭ってきた。
車にだって二、三度轢かれかけた事がある様に思う。
今まで幾度か緊急治療室に手配され、大手術を受け、偉大な医者の力で彼はなんとか生命を保つ事が出来ている。
そんな医者の力を持ってしても跡は消せないらしく、彼の体には幼少時よりの手術跡が今も生々しく残っている。
時にそれは、見ているこちら側が痛々しく思えるほどだ。
どれも運の悪さのせいで、というにはあんまりかもしれないが、とにかく彼は人の数倍位は運が悪い、という情報をお伝えしておこう。(まぁ、運の悪さなどは計る事などは出来はしないのだが)
その情報は意外に重要だったりするかもしれない。
何しろこれから起こる「事」が起きたのも、彼の運の悪さが原因だと取れるかもしれないからだ。
そう。
それはあまりに偶然としかいいようが無い出来事だった。
彼と「彼女」が出会うのはもう少し先の話だ。
彼と彼女が出会う事で全てが。
全てが始まる。
今からがやっとー物語の始まりなのだ。
今日返ってきた模試の点数は、最悪だった。
思い出すだけでも、寒気がする。
あれを次に見た時にはついつい引き裂いてしまいそうだ。
それくらい今回の点数は最悪だった。
普通の高校生ならあの点数を見て、目を飛び上がらせて喜ぶのだろうが、俺にとっては最低レベル。
あんな点数で喜んでる奴の気が知れない。
「・・・・はぁ・・・。」
口から勝手に漏れ出る溜め息。
なんか・・・疲れたな。
毎日毎日勉強して、同じような毎日を過ごし、たまにある定期テストや模試の点数に一喜一憂して・・・。
勉強する事が学生の本分だ、って頭では解っているんだけど。
きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
少し遠くの方で女の・・・悲鳴が聞こえる。
何処から聞こえているんだろう?
じっ、とよく耳を澄ましてみる。
それは上の・・・空の方から聞こえているように思う。
・・・空から?
おかしいじゃないか。
空から悲鳴なんてそんな話・・・・
聞いたこともない!!
気付けば俺は、反射的に空を見上げていた。
遥か上空にきらりと光る黒い影。
始めは飛行機か何かだと思った。
しかし、次の瞬間にはそれは飛行機ではない事が直感的に解る。
何故ならそれは、明らかに俺の方に近づいていたからだ。
俺の方に近づいている、という言い方は正しくなかったかもしれない。
正確には落ちてきているのだ。
正体不明の、何かが。
その影の正体をあれこれと考える間もなく、それはぐんぐんと俺の方に向かって落ちてきていた。
このままここでぼーっと突っ立ていたなら、あの何かに直撃されて死んでしまう・・・・!!
マズイ。これはかなり不味い事態だ。
いくらさっき退屈な毎日が嫌だって言ったからって、いきなりこんな事ってアリかよ?!
・・・・・・・・・・・っ!
ズンっという低い重低音がした後、ガン!という何かが何かにぶつかった音がする。
初め、それは俺が上から降ってきた何かに激突した音だと思った。
しかし、体の何処も痛まない。
もしかして・・・・俺は無事なのか・・・?
どうやら反射的に俺は避けていたらしかった。
運動が特別得意という訳でもない俺にとってこれは奇跡といってもいい。
運の悪い俺の事だから何かに直撃されて、事故死という最悪の事態は脳裏にありありと浮かんだが、避けられるという奇跡が起こるとは夢にも思わなかった・・・。
もしかしたら俺が初めて感じた奇跡なのかもしれない。
自分の身の安全は確認出来た。
多少不安だが、空から降ってきた何かを確認しなければ・・・!!
不意に閉じていた目を恐る恐るゆっくり開いて、先程の音の正体で、空から降ってきた何かでもある「モノ」を確認する・・・。
・・・・それは、俺が全く想像もしていなかったモノだった。
モノ・・というか人というか。
それは、外見からすれば俺と同じ歳くらいのあどけない顔をした女の子だった・・・。