スコップ一つで作る反逆の地下帝国 【予告版】
俺の名はアウサル、先祖代々続く発掘屋の一族だ。
町では穴掘りアウサルやら恐怖のスコップ男などと呼ばれている。
彼らからすると俺は呪われた地に住む変人で、黒猫やカラスがかわいくなるほどやたらと不吉な存在らしい。
別段こちらが害を及ぼしているわけでもないというのに、迷惑な思い込みもあったものだ。
いや、そんな話はどうでもいい。
本題から言えばつい先日おかしなことに巻き込まれた。
俺はいつものように黙々と穴を掘って、先祖代々から続くこの土地で発掘作業を続けていた。
なぜそんな場所を掘るのだと聞かれれば、それが俺の仕事だったからとしか言いようがない。
この土地、町の連中が呪われた地とする俺の領地では不思議なものが採れる。
それを好事家や研究者、魔術師に売って生計を立てている。
ちなみに俺が53代目のアウサルにあたるので、概算で創業1000年にも達する老舗とも言える。
いやもっと端的に表現してしまえば、別世界から流れ着いた異物を発掘するのが俺の仕事だった。
・
「今より良い生活をしたくはないかね?」
それで昨日、奇妙な地層にぶち当たった。
硬かった土が急にゆるく真っ白な層に変わり、それがどうにも気になったのでその部分にそって掘り進めていったたら――俺はソレに出会ってしまっていた。
「圧倒的な力で全ての者の優位に立ちたくはないかね?」
両手が必要なほど大きな宝石だった。
淡く自ら発光する空色のサファイアともなれば、もはや魔石と訂正した方が正しかった。
「東西の女をはべらし、子宝に恵まれ、円満充実した家庭が欲しくはないかね?」
うかつにも俺はそれに触れてしまっていたのだ。
すると逆らいようもない眠気が意識の奥底にまで広がって、全くなすすべもなくぶっ倒れるはめになった。
・
「……。唐突にそんなことを言われても困る。いやそれより、こんなお宝を掘り当てるなんてやはり俺は天才か」
「そう、今からそれを貴殿に与えてやろうではないか」
楽園に竜がいた。
そこは湖と草木と暖かい南国の陽射しに満ちた楽園で、その湖水に赤き巨竜が塔より高くそびえていた。
こんな情景、俺の好きな異界の本にも載っていない。
「悪い。聞いていなかった。もう一度最初から全部言ってくれ」
いつの前に寝返りをうったのだろうか。
やわらかな草地に仰向けで寝そべったまま、初めて俺は竜と目を合わせた。
おかしい、愛用のスコップがどこにもない。アレがないと落ち着かないのだ。
「……我が輩が貴殿に力をやろう」
「へぇ、それはなぜだどうしてだ?」
「……我が輩を掘り当てた報酬だ」
そんなうさんくさい話があるか。
巨竜から視線を外して横寝に変えた。
「何がなんだか全く要点が見えない、つまりどういうことだ。ああ、俺はアウサル。アンタの名前は?」
「我が名はユラン」
「ユラン……? まさかとは思うが、自分が創造主を裏切った、あの邪神ユランだなんて言うなよ?」
つい興味を隠しきれず身を起こした。
そうするとコイツがいかに桁違いのでかさで、首によろしくない迷惑なヤツだってことがわかる。
赤き鱗は禍々しくも美しく輝き、まるで神話の1ページを見ている気分にさせてくれた。
「そうだ。唯一にして絶対なる神に敗れ、地底深く封じられたとする、その邪神ユランが我が輩だ。我が輩はここよりずっと、君たちの行く先を案じていたのだよ」
「……そうか。で、それがさっきの話にどう繋がるんだ?」
こんな仕事をしているので神話や歴史にはソコソコ詳しかったりもする。
邪神ユラン。絶対神に逆らった連中の中でも札付きの悪だ。……異界の書物にそんな表現があったので使ってみた。
「我が輩は貴殿との取引を要求する」
「邪神と、俺が? ……まあいい、話を聞こう」
ユランのでかい態度が少しおとなしくなった。
邪神という素性を知られたことが交渉の上で痛かったのだろう。
「アウサルよ、お前の才能を100倍にしてやろう。代わりに我が使徒となれ」
「本気か……、それはまた凄いな。いやだが待て、100倍という数字はさすがに盛り過ぎだな、せめて10倍までなら信じたんだが、桁があまりにうさんくさいぞ」
代価が桁外れでつい詭弁を疑ってしまうのも仕方ない。
そもそも使徒の仕事とはどんなことをすればいいのだろうか。
「使徒とはどんな仕事だ?」
「我が輩の手足となるのだ」
「具体的には?」
邪神の使徒、すなわち完全なるダークサイドのお職業。
少なくとも自分みたいな発掘屋が残虐でヒャッハーな職業に向いてるとは思えない。
ただ才能100倍には惹かれる。
それに惹かれない人間などいない、それだけ今すぐ欲しい。
ちなみに注釈となるが異界の書物によると、あちらの世界の悪党は先ほどのヒャッハーという前口上を述べてから悪を働くそうだ。
「……虐げられし種族たちを救ってほしい」
「何だ、意外とかわいい願いだな」
「フ……、我が輩をかわいいなどという者は貴殿が初めてだ」
「そう、だが断る」
虐げられし種族という言葉に心当たりがあった。
この世界では俺たちヒューマンが幅を利かせている。
エルフや獣人、有角族に味方するなんてあまりに旗色が悪過ぎた。
「断るか……。このユランの願いを、邪神と知りながら断ると言うかアウサルよ」
「それが取引というものだ。不当廉売は身を滅ぼす」
「ふむ……。ならば貴殿側の条件をうかがおう」
条件と言われても困るのだが。
ああ、ならば普通なら無理なことを要求してみればいい。
「そうだな、じゃあ本がほしい。ある異世界から流れ着く本なんだが、これが飛び切りに面白い。美しい挿し絵があるものもあってね、とにかく素晴らしいのでコレクションしている。それをくれ。ああ無理なのは知っている」
「なるほど。魔法のように出してはやれぬが、我が輩に心当たりがある」
「そ、それは本当かっ?!!」
すまない、あれは本当に素晴らしいものなのだ。
俺としたことが交渉ごとだというのに、つい我を忘れ飛び付いてしまっていた。
歴代のアウサルたちもこんな調子で、目当ての異物を生きがいに穴掘りを続けてきたそうだ。
「行ったことがあるわけではないが、それなりの知識ならある。その本を生み出した世界について、我が輩がアウサルに語ろう。……これでどうだろうか」
「わかった、お前の使徒になる。男に二言は無い、これもその異界の言葉だ」
ユランの願いに乗ることにした。
体はでかいが話の分かるやつだ。
特に俺が1番気に入ったのは、このユランならばあの世界と書物たちについて語り合えるということ。
俺のユランに対する好感度もうなぎ登りだ。
……しかしウナギとはなんだろう、ユランなら知っているのだろうか。ああ、もしかしてウサギの亜種か?
「アウサル、貴殿はおかしな男だ。だが気に入った、貴殿を我が使徒にしたい。さあ誓ってくれ、この裏切りの邪神ユランの使徒になると!」
「かまわない。我が名は53代目アウサル、裏切り者ユランの使徒となろう。虐げられし種族を救ってやる。……ッッ、ゥァァッッ?!!」
すると赤い光が胸に突き刺さった。
ザクリと切れるような痛みと共に、服の胸元が破れて邪竜の紋章が刻まれる。
焼けるように、痛いっ、アンタっ、こんなの聞いてないぞ……っ!
「契約は成立した。これでお前の才能は100倍に……む?」
「おい血で服が汚れてしまったではないか、痛ぅ……。ああもう、こりゃ教会の連中に見られたらめんどうなやつを勝手に刻んでくれたな……」
竜の表情など計りようもなかったが、痛みが引いてくると何となくユランが当惑してることだけはわかった。
「どうした?」
「いや……我が輩は、地底より全てを見渡していたわけではない……。うとうととまどろむ程度のものだったとも言えよう……」
「だから?」
竜も首をかしげるんだな。
才能を100倍にしたところ何か問題が起きたのか。
「その……貴殿は……差し支えなければだが……。これまでどういった生活を続けてきたのだろうか……?」
「ああ。それは穴を掘って、異物を発掘して、それを売る。売れそうにないが気に入ったガラクタや、読める世界の書物が見つかったら保管してそれを楽しむ。そうしてまた穴を掘って、異物を発掘して、それを売る。その繰り返しだ」
当然ながら学校になんて行っていない。
さらに付け足すなら、ただ一人の師匠でもある親父もだいぶ前に死んだ。ここはそういう土地だ。
「バカな……そんなおかしな生活があるか。アウサル、貴殿はおかしいぞ。本当に今まで……たったソレだけしかしてこなかったのかっ?!」
「そうだ」
俺の肯定と共にヤツは納得しまた落胆した。
「うちは先祖代々そういう家系だ。物心付く頃にはスコップを渡され、ただただひたすらこの地を掘り続けてきた。ああ、残念だが他にこれといった能は無いと言って等しい。……剣どころかクワすら握ったこともないよ」
だがそのおかげでアウサルに掘り当ててもらえたのだ、もっと喜ぶべきだろう。
「100倍だぞ、100倍……100あれば10倍強化された使徒が10人作れるのであるぞ……? それをなぜ……なぜ我が輩は、こんな偏った能力を100倍などに……。ぁぅ……」
「それはそういう契約だったからだ。つまり何が言いたいユラン」
竜もため息を吐けるらしい。
さすがにここまできたらわかる。俺が期待はずれだったってことに。
それと何かかわいい声が聞こえた気がする、だが気のせいだろう。
「発掘LV3、スコップLV5、異物鑑定LV2、神の呪い耐性LV3。――つまり発掘家としての実力は一流、異物に対する鑑定眼も十分、この地のような神に汚染された環境でも強く生きられる……。スコップの扱い、つまり掘ることにかけては100年に一人の天才と言っていい……それが元々のお前だ……」
「……で?」
要するに俺が天才発掘屋だってことだ。
「我が輩はその才能を100倍化した……。発掘LV6、スコップLV9、異物鑑定LV5、神の呪い耐性LV7……それが今の貴殿だ……」
あまり上がってるように聞こえない。
しかしそのLV1分だけできっと極端な差があるんだろう。
「それってすごいのか?」
「ああ……。我が輩は、我が輩に残された力の半数以上を貴殿につぎ込み……こうして有史以来どころかこの宇宙史上初の、究極のスコップ使いを生み出したということだ……」
いや待て、それの何が悪いのかわからない。
スコップはすごいぞ、スコップをバカにするなよユラン。いかんこれは説得の必要があるな。
「すまないが算段が狂った。千年ぶりに人間と出会えて、浮かれていたのかもしれない……。うむ、うむ……我が輩は計画を軌道修正するゆえ少し休む……疲れた、また会おうアウサルよ……」
「待てよユラン、そうは言うけどスコップはな――」
しかしそこは現実じゃなかったんだろう。
あるいは封印の中だったのか。
途端に現実世界が俺の前に広がって、つまり元の採掘場で目覚めることになった。
・
「……んん、なんだ夢か。そういや昨日見つけた絵本に、似たような夢物語が書かれてたっけ……」
きっとそのせいだろう。
それより日が傾く前に仕事を進めないといけない。
売り物をなんとか掘り当てないと全く商売にならないのだから。
愛用のスコップを拾い直してそれを呪われた大地へと差し込む。
「……む、なんだ、なんだこれは?」
それが不思議だ、何の抵抗もなくサクサクと刃先が埋まった。
ひょいっとすくって後ろにほおり飛ばして、ただそれを繰り返すだけでとんとん拍子に仕事が進んでいくじゃないか。
「いやだが、ならばあの宝石はどこに……」
あれは夢ではなかった。
だがそうなるとあの石の行方がわからない。売れば大金になるだろうにまさか紛失するとは。
「む」
そうしたところ新しい異物を掘り当てていた。
月に2、3個見つかれば良い方なのに今日はついている。
「……おお」
さらにもう1つ。用途の判らない宝石剣が現れた。
握りの部分を掴むと宝石の刀身だけ残して崩れ落ちてしまったのだが。だがそれでも好事家が好む上等な財宝だ。
「なっ?! 嘘だろ、おおおおおお……っ?!」
あまりに調子が良いので黙々と続けるとさらに2つ掘り当てた。
しかもそれは俺のコレクションしている異界の書物たちとくる。
もっと欲しい、もっと読みたい。
……やがてふと我に返った頃には露天掘りの採掘場に大穴と、うず高い盛り土の丘が出来上がっていた。
ああ、これがユランのくれた100倍の力というやつか。なんと驚くべき光景だ、常識ではとてもはかり切れない。
「なるほどな……確かに100倍だ。しかしあのユランの望む力ではなさそうだな……。俺はすこぶる満足だが」
ただ1つ問題が浮上した。
お宝というものは放出し過ぎると相場が落ちる。物は希少だからこそ価値が出るのだから。
つまりこのペースで掘っていくと俺は合計で見れば損をして、そこに暇だけが残る。
……他の仕事はやり方すら知らない。
これでは結局、暇で死んでしまうではないか。
「……ユランは落ち込んでいたな……。ならまあ、こうなってはどうせすることもないからな……」
お宝を倉庫と本棚に保管して、宝剣だけ持って俺は町へと出かけた。
本当は異世の本をゆっくり読みたかったがそれではユランに申し訳ない。
「虐げられし種族を救いたいか。……ふ、善良な邪神もいたものだな、まるで本の中のやさし過ぎる神様みたいじゃないか」
異界本の研究はいつでも出来る。
ならばこのスコップで彼の願いを少しだけ叶えてやろう。
ユランは落胆していたが大丈夫だ、この桁外れの穴掘り能力が本当に俺たちを救う日が来る。
ユラン、あまり発掘家とスコップをバカにしないことだ。
お前が思うよりずっとずっとこの力は有用だ。
なぜなら穴こそが世界と世界を繋ぐ鍵なのだから。
俺は穴掘りアウサル、ついでに邪神ユランの使徒。
スコップの力を証明するためにまずは町のダークエルフたちを救ってみようと思う。
もし気に入って下さったったら本編の方もよろしくお願い致します。
2017/11/27夕方頃に投稿が済みましたら、こちらからあちらへのリンクを用意する予定です。
露骨な宣伝失礼!