3 ショーゴ
幸い、ショーゴの怪我はさほど大したことにならずに済んだ。心配していた骨折などもあるにはあったのだけれど、マサ叔父さんの知り合いだというお医者さんが来てくれたそうで、どうにか病院行きは避けられたのだ。
それから僕は、バイトと大学の講義の合間を見てはちょくちょく彼の様子を見に叔父さんの店に通うようになった。
ショーゴはひどく寡黙だった。
次第に怪我も治ってきて、叔父さんの世話のおかげで顔色もずいぶん良くなったのだけれど、叔父さんにも僕にもほとんど自分から口をきくことはなかった。相変わらず自分の苗字も言わないばかりか、なぜあそこでああいうことになっていたのかという事情すら少しも話そうとはしない。
ただ、動けるようになってからは、彼は誰に言われたわけでもないのに自然に、叔父さんの店の手伝いをするようになっていた。
「なんだか大きな猫でも拾ってきたみたいだよねえ」と、叔父さんは優しい顔で笑っていた。
「でも、とてもよく気がつく子だよ。食事の作法なんかもきちんとしてるし、箸の持ち方もきれいでね。掃除なんかも、ふだん僕の目の届いてないような細かいところまで進んできれいにしてくれている。作業に必要な材料が切れそうになっていたら、黙って奥の棚から補充してくれていたりしてね。さぞ、親御さんがしっかりした方なんだろうね」
ショーゴの聞いていないところで、叔父さんは僕にだけそっとそんなことを教えてくれた。
そうでなくても狭い叔父さんの店は、大柄なショーゴがぬうっと立っていると余計に狭く感じられた。叔父さんが近くの店で適当に買ってきたパーカーやらジャージやらを着て、彼が狭い店の隅に立っていると、たいていのお客さんは入ってくるなりお化けでも見たようにぎょっとした。
ショーゴ自身もそういうことには気がついているようで、営業中に叔父さんの店にいる間はずっと、肩を縮めるようにして背中をまるくしているのだった。
叔父さんに用事があって店を空けなくてはならないときなど、彼もちゃんと店番はしてくれるらしいけど、お客さんがやってくるとあわてて店の奥にひっこんでしまう。お客さんが「おや留守かな」と戸惑っていると、彼は奥からパーカーのフードをかぶったままそろそろと現れて、まるで口のきけない人みたいにメモとボールペンを差し出して叔父さんへのメッセージを書いてもらうだけ。
そういう自分が店にとって決していい影響を与えないことも、彼は重々承知していたらしい。だからショーゴが「そろそろ出て行く」みたいなことを言い出したのは、そこからまもなくのことだった。
◆◆◆
「出て行くって……。家は? あるの?」
叔父さんに呼ばれて出向いた僕が真っ先に彼に訊いたのは、そのことだった。
叔父さんは、ちょうどお客さんが店に来たところで、その相手をするために一階にいた。必然的に、僕とショーゴだけが二階の部屋で向き合う形になっている。
「…………」
ずいぶん長いことだんまりを続けてから、ショーゴはやっとかぶりを振った。
「住むところもないのに、どうするの? っていうか、これまでどうしてたの」
「…………」
今度は正真正銘のだんまりだった。
一重の鋭く見える目が、そこらを彷徨ったあげくに膝頭あたりに目線を落とす。
僕はちょっとため息をついた。
いわゆる若者のホームレスか。
最近、都心でこういう若い人が増えているという話は聞いていたけれど。
このショーゴもこれまでは日雇いだとかなんだとか、その場限りの賃金をもらっては、ネカフェやカプセルホテルなんかで日々をごまかしながら生きていたということらしい。
叔父さんの話を聞く限り、もとはちゃんとした家庭で育った人のようだったけれど、今は何らかの事情があってそこには戻れないということか。傷の癒えたショーゴは予想どおり、一見してせいぜい二十歳かそこいらにしか見えなかった。下手をすると、まだ未成年かもしれないぐらいだ。もしもそうだったらなおさら、家族は彼のことを心配しているのではないのだろうか。
もちろん、人にはいろんな事情がある。
それをこんな、僕みたいなちょっと行きずりに知り合っただけの他人が根掘り葉掘り聞き出すなんて、すべきかどうかわからない。いや、多分、すべきじゃない。
でもやっぱり、彼のことは心配だった。
このまま彼をまたこの都会の片隅に放り出したら、彼はまた同じようなことに巻き込まれないとも限らない。今回はたまたまこうして助かったのだけれど、次回もそうだなんて保証はどこにもないんだ。だって都会には、いろんな闇がひそんで息づいているものだから。
「じゃあさ……あの」
そのときの僕が、どうしてそんなことを言い出したのか。
それは今もって、僕自身にもわからない。
でも、僕は言ったのだ。
「ものすごーく狭いし、トイレやなんかも共同だけど。……僕のアパートに、しばらく住む?」と。