幕間1‐2 100人の勇者たち、走る!
(´・ω・`)交通手段が発達していない世界では、一にも二にも体力が重要ですね。
通学に二時間ほど掛かっていた身としては、自転車やバスと電車が無かったらと思うとゾッとします。
スキルを披露した翌日の勇樹が水を求めて初めての死の戻りを体験している頃……
再び訓練場に集められた勇者たちは困惑していた。
昨日の時点でどの人間がどの分野のスキルを持っているのかは大方把握した筈である。
しかし、今日もまた勇者全員が今度は動きやすい格好に着替えさせられて集められている。
「おいおい、クラフト系スキル持ちとか知識系スキル持ちが、何で一緒に呼ばれるんだよ……」
「私、運動とか苦手なんだけど」
「自分、体育の成績は1しか刻んだ事が無いんだが」
戦闘のせの字も関わりが無いスキル持ちの勇者たちが、困惑してざわついていた。
しかしそれは戦闘に使えるスキル持ちも同じ事で、今日には鎧と武器を持ってモンスター退治へ出かけるものだと考えていた。
まるで体育の授業でも始まりそうな状況に勇者たちが戸惑っていると、昨日と同じように鎧を纏ったノレドが現れ、手に持った棒を地面に突き立てながら高らかに声を上げた。
「今日は君たちのスキルを見せて貰ったワケなんだが、その時に一つ問題点を発見した。それは君たち全員が我々の思っていたよりも大幅に体力が劣っていたという事だ。流石にそんな状態の勇者たちを戦いには出せないと判断し、強化訓練を行う事にした!」
ノレドがそう宣言すると、勇者たちの間のざわめきが大きくなる。
すると、一人の勇者から手が上がった。
「あのー、戦闘系スキル持ちはともかく、俺たちみたいな非戦闘系は関係ないんじゃあ……」
「そんな事はない。非戦闘員であっても体力を付ける事は無駄ではないし、襲われた時に逃げ回る体力というのも必要だ。そもそも剣一本振るうだけで息を切らせるなど、スキル云々の前に君たちと同世代と若者と比べても弱すぎる。そんな状態では日常生活すら不自由するぞ?」
「ハッ、そんな筈……」
そんなワケがないと一笑しようとして、ある事が頭を過ぎる。
この世界は明らかに機械などの文明の利器が存在しえない異世界、電車・バス等々の交通機関などある筈はなく、自転車すら存在が望めない。
つまり、唯一存在していそうな騎馬を除けば、移動手段は徒歩しかないのである。
たった数kmの距離すら公共機関に頼っている現代人に、重さ20kg以上からなる鎧と剣を携えて長距離を徒歩で移動するなど出来る筈も無い。
創作の中の出来事と思って見ていた過去の映像がフラッシュバックして、声を上げた勇者は黙り込んだ。
他の者も既に察した者も居れば、この段になってようやく朧気に何かに気付いた者と様々ではあったが、その場にいた全員がこの世界の不自由さに気が付いた。
「いいか、今から君たちにはこの訓練場を走ってもらう。何時何処までというものはない、治療魔法使いも用意している。俺が止めろと言うまで走り続けろ!」
「「「はぁ!?」」」
「待ってくれ! それは一体どういう……」
「文句がある奴は俺に一撃を入れてからにしろ! そうしたら全員が走るのを免除してやる! ただし、教官に逆らうのだから相応にボコボコにされるのは覚悟しろよ?」
「くっ」
そこで誰からも「ではやってやろう!」という声は上がらなかった。
昨日の時点で模造とは言っても武器の重さは十分に思い知っている。かつ、ノレドは鎧の上からでも分かるほどの筋骨隆々な大男である。
剣で挑めば振り上げる事すら出来ないままに敗北し、魔法で挑めば一瞬で距離を詰められて敗北するのは目に見えていた。
「文句はないようだな。挑戦はいつでも受けてやるから、その気になったら俺に言え。だが、それによって受けた怪我は訓練が終わるまで治療魔法は掛けないからそのつもりでいろよ! さぁ、いつまでも突っ立ってないで走れ!」
ノレドが発破を掛けながら手を叩くと、納得のいかない雰囲気を漂わせながら訓練場の内周をノロノロと走り出した。
勇者全員が走り出した事を確認すると、数人の兵士が先端に丸い水晶のような物が付いた長い棒を持って横一列に走り出す。
「えー、ノルマはないが後ろの兵士に追いつかれたら“電撃お仕置き棒君”で容赦なく突くからな。チンタラ走っていると痛い目に遭うぞー」
その言葉を聞いて、後ろを盗み見た後方を走っていた勇者たちが兵士の姿を確認し、慌てて足を速めた。
しかし、悲しきかな。運動不足な現代の若者では広い訓練場内を一周するだけで息切れして、肺や脇腹に痛みが走って速度は既に落ちていた。
そんなノロノロと歩いている勇者を、後ろから来る兵士は見逃しはしない。
――ビリッ!
「ひっ!?」
「ほらほら、最後尾が追い付かれ始めてるぞ! 死ぬ気で走れ!」
「くそぉ!」
ノレドに檄を飛ばされて、“電撃お仕置き棒君”に突っつかれた勇者は悪態を吐きながら疲労がたまっている筈の足を必死に動かす。
過去に召喚された勇者が開発し、製法が広められ暴動鎮圧用に一般化されたマジックアイテム“電撃お仕置き棒君”。
長い棒の先に取り付けられた接触極より【電麻痺】と【回復】が流されていて、相手のダメージを回復しつつ電撃による痺れだけを残す人を傷つけない非殺傷武器として重宝されていた。
今回は【電麻痺】の威力を落として使用する事で、痛みだけを与える警策の役割を果たしている。
へばって倒れて治療魔法使いに【回復】を掛けて貰っている勇者を見ながらノレドは呆れたように深く溜息を吐いた。
「ホントに、こんな子供たちが伝説にある勇者なのかねぇ。体力は新兵以下、武器の技術はまるで手本通り、レベルなんか赤子並みのレベル1、戦場に出しても肉壁にすらなれない……神様ってのは何を考えてるんだろうなぁ」
ノレドはもう一度溜息を吐いて、遅れ始めている勇者たちに檄を飛ばした。
次の日からの訓練は、今まで安穏と過ごしていた勇者たちにとってファンタジーとは程遠い、泥臭い現実の日々だった。
まず朝は外が薄暗い時から叩き起こされて、訓練場をノレドが止めというまでランニング、本格的な肉体的トレーニングと無縁だった者にとっては苦行でしかなかった。
ランニングが終わると汗を軽く拭いて朝食……なのだが、当然食べられる気力が残っている者などほんの一握りしかいない。
そして、食後に四半刻ほどの休憩を挟むと、再び訓練場に集合する。
そして、日暮れまで基礎体力のトレーニングを繰り返すのである。
無論、サボろうと抜け出す者もいたが彼らの支給品の中に、位置を知らせる魔法の腕輪があるのですぐに取り押さえられた。
本来であれば、召喚された勇者にはこのような訓練は無用な筈だった。
勿論、本当ならばモンスターと戦わせた方がレベルも早く上がる為、勇者たちを狩場に連れて行ってレベリングを始めるつもりであったが、予想以上に勇者たちのレベルが低かった事で誤算が生じた。
この世界では子供でも普通に生活していていれば、5レベルくらいまでは問題なく上がる。
しかし、呼び出した勇者たちは軒並み1レベルだった為に、エルクレア側はすぐにモンスターと戦わせるのは勇者を無駄に失うだけだと考え、せめて一兵卒レベルになるよう鍛える事にしたのであった。
しかし、双方の間には大きな勘違いがあった。
エルクレア側にとって勇者とは『英雄願望のあるガキ』という認識であったが、勇者たちにとって『マンガ・アニメ・ライトノベルの主人公のように振舞える世界』という認識でしかなく、戦う者としての覚悟など……元から誰一人も持ち合わせてはいなかった。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。