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「「……異界人?」」



「そうじゃ。大陸全ての言葉を知るワシの知らぬ言葉を話し、大陸全ての国の名を知るワシの知らぬ国の出。そして、大陸全ての物質を知るワシの知らぬ金属でできた物を所持しておる。それを意味するのは、お主が異界人だ、ということじゃ。」


「異界人……って、…まさかここが異世界だとでもいうおつもりですか、ご老人。バカバカしいっ。さっさと庁舎に戻らなければならないんです。ここは何処です?加納政務調査会長はご無事ですか?一体あなた方はどなたなんです?」



 荒唐無稽な話をする老人に、呆れを隠し切れない瀬野は、こんな茶番に付き合っていられないと話を進める。


「まあ落ち着きなされ、異界の方。ここはヴェルヴァルディという国の王宮じゃ。わしはスヴェトラーノ・イジャスラフ・ロラン・ル・ヴェルヴァルディと申す。エルズという魔術師の長じゃ。」

「マクシムと申します。エルズの団員です。あなたは、私の弟子の召還儀式の事故により誤ってこちらに呼ばれてしまったのです。……まさか異世界から、とは思いませんでしたが。」


 老人の後に続いて、黒髪の男も話し出すが、またもファンタジーすぎる内容に瀬野の堪忍袋がそろそろ限界に達しようとしていた。


(異世界だぁ・・・?何のつもりか知らねぇが、ふざけやがって。こいつら何が目的だ?)


 海外に連れてこられたとして、しがないSPの自分を誘拐するメリットは何もないと思われるが、撃たれた時の状況から、政治的な何かに巻き込まれた可能性も捨てきれない。

 異世界云々よりはよっぽど現実的である。


「ダイキ・セノです。……ここが異世界だというのなら、魔法の一つでも見せてもらいましょうか。空を飛ぶでも、指先から火を出すでも、何でもいいんでやってみてくださいよ。」


 誘拐犯を怒らせるのは得策ではないが、異世界云々の与太話を全うに聞ける訳もない。

 さっさと正体を現してもらおうか、と瀬野は少々好戦的に接することにした。



「ダィーキ・セノ様、空を飛んで、指先に火を出すと異世界だという証明になるのですか?」

「マクシムよ、想像するに、異界には魔術がないのではないかのぅ?お主やって見せよ」


 長、スヴェトラーノに命ぜられたマクシムは、半円形の窓を開けると、そこから徐に身を乗り出し、飛び降りた。


「おいっ!!」


 何をするのかと黙って見ていた瀬野だが、飛び降りることは想定していなかったので慌てて窓辺へ走り寄る。

 下を覗くも、男の姿は見当たらず、視線を徐々に上に向けると――…。




「これでよろしいですか?ダィーキ・セノ様」




 先ほど飛び降りた黒髪の男マクシムが、宙に浮かびながら、炎の出た手をひらひらと振りながら微笑んでいた。













 丁寧に手入れされているのか、アンティークにしては艶のあるテーブルセットで芳香を漂わせる紅茶を前に、瀬野は思案に沈んでいた。


 混乱極まる瀬野の様子を察した二人は、一息入れようとメイドを呼び、茶の給仕をさせると、また後で来ると告げ退室していった。

 白磁に青い花が染付けされた、上品なティーカップに注がれている暖かい紅茶を一口飲むと、混乱していた頭がクリアになり、それと共に深いため息が零れた。


(あの二人の話を整理すると、ここは異世界のヴェルヴァルディと言う国で、俺は召還の儀式とやらの事故でここに飛ばされた……と。)


 なんとも非現実的な話だが、事実瀬野は見たのだ。


 ――空を飛び、火を出す魔法使いを。



「異世界とか……26のおっさんにはちと厳しいわ」


 堅物ともいえる現実主義者の瀬野には、受け入れがたい事実だった。

 あ゛――っと叫びながらガリガリと頭皮を掻き毟る。


 SPという仕事柄、切り替えの早い瀬野には珍しく、ぐずぐずと思考を切り替えできないでいた。


(これでドッキリとかいったらぶっ殺してやるっ!!)


 次第に困惑が苛立ちに変わってきた瀬野が、こんな悪ふざけを仕掛けてきそうな同僚のニヤケ顔を思い浮かべると、再び深いため息。

 もうドッキリでも何でも良いから、早くこの珍妙な出来事を終わらせたい…としょんぼりと紅茶を啜るのであった。



 ――カチャリ



 ドアを開く音が聞こえ、紅茶を飲みながら視線をドアへむけると、僅かに開いたドアの隙間から、黒髪の小さな少女が顔を覗かせていた。

 瀬野と目が合うと、少女はビックリした様にその大きな黒い目を見開き、バタンとドアを閉めて消えてしまった。

「……?」

 なんだったんだ?と瀬野が思わず首をかしげていると、再びカチャリとドアが開いた。

 また同じ様に顔だけを覗かせていた少女だが、瀬野が呼び寄せるように手招きすると、ぱぁ――っと人懐っこい笑みを浮かべ、走りよってきた。


「おっ……と」


 座っていた瀬野の所へ、ぶつりそうな勢いで走ってきた少女に驚き、持っていた白磁のカップから紅茶が零れ、白いシャツに茶色い水滴がかかってしまった。

 慌てて椅子から立ち上がり、シャツについた水滴を払うが、時すでに遅し。

 大きな茶色の染みが、じんわりと広がってしまっていた。


 借り物の服を汚してしまい、更に着替えもない。

 まいったな、と瀬野がいささか情けない顔をしているのに気がついたのか、少女もしょんぼりとした顔で瀬野に手を伸ばした。


(抱っこしろってことか?)


 手を伸ばしてきた少女に、妙な庇護欲をかられ、抱き上げようと手を伸ばすが、それより早く少女は瀬野の着ているシャツに指先をあてると、無言で茶色い染みのついた部分を見つめている。


「……取れた!!」


 満面の笑みで瀬野を見上げる少女の指先を目で追うと、シャツの紅茶で汚れた部分が、真っ白くきれいになっていた。

 お前もかっ!!と怒鳴りたくなった瀬野だが、褒めて褒めてと尻尾をふらんばかりの笑顔で瀬野を見つめる少女に毒気を抜かれ、少女の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 とんでも体験もだんだん慣れてきたな…と既に諦めに似た感情を感じ、やれやれ…と肩をすぼめた。


「ありがとな」


 お礼を言うと少女は、えへへと嬉しそうに笑う。


(なんつーか子猫みたいだよな。黒猫の子猫。)




「エルルーカ様っっ!!」



 少女と瀬野のほのぼのとした空気を壊すように、バターンッと乱暴に部屋のドアが開く。

 少女はビクッと方を震わせると、瀬野の背後へ隠れた。


「こちらの来てはいけませんと言ったのに、アナタはっ!!」


 先程の魔術士、マクシムが腰に手をあてながらガミガミとお小言をいうと、エルルーカと呼ばれた少女は、ぎゅっと瀬野の腰にしがみついてきた。


「だって会いたかったんだもんっ」

「何事にも順序というものがあります。それにあなたには謹慎を申し付けたはずです。それがなぜこのような場所にいるんでしょうねぇ?罰として黒うさぎちゃんを…」

「ダメっ!!」

「ではお部屋へお戻りください。今、すぐ!!」


 ぷぅ、と頬を膨らませたエルルーカは、マクシムへあかんべーをすると、音もたてずパッっと消えた。




「弟子が失礼いたしました。」


 マクシムは丁寧なお辞儀をしながら謝罪を述べると、瀬野を席へ促し、自身も椅子へ座った。


「弟子と言うのは…」

「えぇ。彼女が、あなた様を巻き込んでしまった儀式を行った弟子です。あなたの事が気になって仕方がない様子でしたので、注意はしていたのですが。まだ気持ちの落ち着かないあなた様に、会わせるのは早いと思っておりましたが…。(まったくあの爆弾娘め)」


 マクシムは再びメイドを呼ぶと、二人分の紅茶を頼んだ。

 頼んだ茶を待つあいだ、マクシムが体調はどうか?不便はないか?と尋ねる様に、瀬野は粗雑な扱いは受けないだろうと安堵した。


 給仕していたメイドが去ると、マクシムは瀬野に丁寧に頭をさげると、謝罪を告げた。


「ダィーキ・セノ様、この度は私の管理不行き届きにより、御身に多大なるご迷惑をおかけしたこと、大変申し訳ございませんでした。元の世界へお戻しできる様、方法を探っているところでございます。それまでご不便のない様にさせていただきますので、ご安心いただければと思います。」


 ……どこかの会社のお偉いさんの、不祥事の会見のようなセリフである。


 まぁどこの組織でも、部下の責任は上司の責任。

 あのお転婆そうなおちびさんの師匠であるマクシムが、深々と謝罪を述べる姿に、少しばかりの同情を感じる。


「セノと呼んでいただいて結構ですよ。謝罪は受け取りました。それで、元の世界へ戻る方法は、今現在わからないのですか?」

「それではセノ様と。わたくしの事はマクシムとお呼びください。異世界への帰還の方法は、長も既に文献をあたっておりますが、未だわかっておりません。なにぶんこの様な事態は初めてでして……ですが、必ずやお戻し致しますので、ご心配せずにお待ちいただければと。」

「よろしくお願いします。仕事の事もありますので、なるべく早くにお願いしたいですが。」

「誠心誠意努力いたします」


 対等よりもやや優位に。

 下手に出ず、尊大にならず。

 交渉の基本テクニックである。


 マクシムから生活と帰還の保障を受けることに成功した瀬野は、当面の心配事は無くなったと安心する。



 ――…まぁ休暇で海外旅行にでも来たと思うことにするか。……戻ったときの事は、考えたくないがな。

苦労人、マクシム。

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