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------------ 2/10 21:35 目黒 料亭にしかわ
黒い重厚感のあるメルセデスベンツが、夜の闇の中音も無くひっそりと料亭の裏口に停まる。
一人の男がするりと助手席から降り、後部座席のドアを開けた。
「2135 マルタイ到着」
『了解』
襟元に目立たない様につけた無線機のマイクに小さく呟くと、料亭の室内を確認していた同僚から間もなく返事が返って来た。
周囲を注意しながら玄関まで初老の男--加納政務調査会長を誘導する。
少し滑りの悪い門の引き戸を開けた、その時。
ジャリと砂を踏む音が背後で微かに聞こえた気がした瞬間、瀬野は初老の男を自身の背後へ押しやった。
門扉の灯りだけの視界の中、音が鳴った方へ視線を向けると、夜の闇に隠れるためなのか、黒ずくめの格好をした男が目前に迫っていた。
その振り上げた右手には、銀色に光るダガーナイフ。
瀬野はナイフの軌道を避け、相手の右手を片手で掴むと自身の膝へナイフを持った男の手を叩きつけた。
男の手から外れたナイフがカランと石畳に滑り落ちると、間髪をいれず掴んだ男の手を引き、相手の体勢を崩す。
倒れた男の背中を膝で押さえつけ、男の右手を捻りあげながら背中へまわすと、手錠で両手を拘束した。
異変を察知した同僚のSP江崎が、裏口から走り寄ってくる。
「瀬野っ」
「急いで中へ連れて行けっ」
江崎へ警護を委ね、拘束した男を立たせようとしたその時、
視界の端で何かが微かに動いた。
瞬間、裏玄関へ入ろうとしている二人の背後に体を滑り込ませると、
パーーーーーーーンッッ
響き渡る銃声と共に-----------------瀬野が崩れ落ちた。