28話「遺跡探索その2」
「ゴーレムの生産は止まり。後は魔術師を捕まえるだけ。強い方との旅は楽でいいですわ」
「きっと俺だけでは立ち向かえなかったでしょうね。一人でここに来ていたらと思うとぞっとします」
クラーニャとラルツのそんな感想を聞きながら、私達は破壊された施設の廊下を歩く。
私の手により勇者の遺産は完全に沈黙していた。道中に設置されていた罠も、防衛用に準備されていたゴーレムも、全て破壊されていた。我ながら良い仕事をしたと思う。
「見た感じ、施設内に安置されていたゴーレムは全滅ですね」
「魔術陣に接続して停止状態じゃったやつは全滅じゃろうな。ザルマという者が自分の制御下に置いたゴーレムを稼働させている分が存在すれば、それが最後の戦力じゃろう」
「数はどの程度かわかるでしょうか?」
「流石にそれはわからん。バーツはどうじゃ? ここの魔術陣を見た時に何かわからんかったか?」
「残念ながら。魔術陣の向こうまでは見えなかったな。ザルマがどの程度のゴーレムを保有しているかは、本人の性格次第だ」
なるほど。魔術師ザルマが制御下に置いたゴーレムを何らかの理由で施設から引き離していれば、それが残りの全戦力となるわけだ。魔術陣を調べた時に、もう少し詳しく調べるべきだったかもしれない。完全に破壊してしまったのでもう不可能だが。
「あら、バーツ様がもう少し慎重にことを運べば良かった、という顔をしていますわ。何かやらかしましたのね?」
私の表情の変化に気づいたらしいクラーニャが言ってきた。付き合いが長いと、こういう時に厄介で困る。
「ふむ。大方、魔術陣を破壊する前に色々しておくべきだったとか思っておるのじゃろう。だが、あれはあれで正解じゃったぞ。おかげでザルマ一人を捕まえることに集中すれば良いだけになったんじゃからな」
もう一人、付き合いが長いのがいた。おまけに慰められた。気心が知れているのも考えものだ。
「とにかく、後はザルマを捕まえるだけだ。フィンディ、制御室までどのくらいだ? それなりに歩いたと思うんだが」
「もう少しじゃ。その先の階段が制御室の直下にある大部屋に繋がっておる」
「ふむ。大部屋か。ゴーレムがいないか調べてみよう」
階段の先の大部屋は、待ち伏せに適しているだろう。ザルマの制御下にあるゴーレムが待ち構えていてもおかしくない。大した脅威ではないが、厄介だ。念のために、魔力探知でこの先の様子を探る。
「む、これは……。妙だな」
上の階から、魔力の反応があった。数は一つ。ゴーレムではない、ザルマでもない。ただ、魔力の性質が特殊だ。
驚いたことに、神々の魔力が感じられた。
「おかしい。上の階から神々の魔力を感じる……」
「なんじゃと。ワシとバーツがここにいるのに神々の魔力が感知されるということは、何らかの神具があるということじゃぞ」
「神具というと。神々の作り出した魔術具ですね。かなり危険なのでは?」
「神具の全てが危険というわけではない。この場合は正体がわからぬのが問題じゃ。全員、ワシの後ろに着いてまいれ」
言われた通り、フィンディを先頭にして、私達は上の階へと向かった。
○○○
フィンディの話通り、上の階は大広間だった。1000人くらいは余裕で入れそうな、かなり広い空間だ。大きな窓もあり、外には雄大な北方山脈の山並が広がっている。
以前なら人かゴーレムで溢れていたであろうこの部屋は空っぽだった。
あるのは二つ、中央の台座と、その向こうに見える階段だけ。
神々の魔力は、その台座から発せられていた。
「とりあえず、登った瞬間に攻撃を仕掛けてくるようなものではないようですわね」
「台座の上にあるのは、兜ですね。武器には見えません、俺が取ってきましょうか?」
「止めよ。ワシが確認する」
前に出ようとするラルツを制して、フィンディが台座に向かう。私達はその場に待機だ。念のため、いつでも全員を守れるように神樹の枝を握りしめる。
ラルツの言ったように、台座の上には丸っこい装飾の兜が置かれていた。色は白で、防具の割に物々しさを感じない。
「これは懐かしい……。ワシの友人が作った兜じゃ」
「フィンディの友人? 神世エルフということか?」
神々の魔力を使えるのは基本的に神そのものか神世エルフだ。私のような例外は少ないだろう。
「その通りじゃ。これは宥和の兜という神具じゃ。被ると所有者として登録した者と友人になってしまう。悪い考えの者とも仲良くなってしまえばいいという、おめでたい発想のもとに作られたのじゃ」
懐かしそうに兜を撫でながら、さりげなく製作者を批判するフィンディ。本当に友人だったのだろうか。
「相手の精神に作用するとは、恐ろしい道具ですね」
「たしかにそうじゃ。しかし、ワシのように製作者よりも格上の神世エルフや神には通用せんのじゃよ。ほれ、このように……」
話しながらフィンディが気軽な動きで兜を手に取り、頭に被った。なんと軽率な……。
「おいフィンディ。本当に大丈夫か? 状況的に、その兜の所有者はザルマが登録されていて、身につけたら彼の味方をすることになると思うんだが」
「安心せい。今言ったようにこれを作った神世エルフはワシより格下なのじゃ。ワシがそんな無様を晒すことは万に一つも……あ」
「あ?」
フィンディの動きが止まった。嫌な予感がする。
「いかん。どういうわけか、ワシに兜の効果が現れておる。いかんぞ、ザルマの味方をしたくなってきた」
最悪だ。とんでもないことになった。どうにかせねば。どうやって?
そう思ったところで、奥の階段から降りてくる影が現れた。
「騒がしいから降りて来てみれば……。まさか、そんなあからさまな罠を身につける者がいるとは思わなかったぞ……」
「ザルマ! やはりお前の仕業か!」
降りてきたのはローブを着た長身の痩せた人間の青年。どうやら、魔術師ザルマその人のようだ。そして、どういうわけか、彼は全身ボロボロだった。まるで、遺跡の探索と研究をしている最中に、突然の爆発に見舞われたような姿だ。
「やっぱり制御室……派手に爆発していたか」
「お前か! お前がやったのか! 部屋が爆発した上に遺跡に注ぎ込んでいた魔力を吹き飛ばされて意識を失ったんだぞ!」
元気そうで何よりだ。うっかり死んでいなくて本当に良かった。
「ザルマ! 馬鹿なことは今すぐ止めるんだ! 師匠も被害の出ていない今ならお前を迎え入れると言っている!」
「その声、ラルツだな! しつこい奴だ! 面白い格好で面白い連中と一緒に来やがって!」
どうしよう、「面白い連中」という所に反論したいのだが、状況がそれを許してくれない。フィンディのせいだ。
「ザルマ! 今ならまだ間に合う!」
「断る! ここまで来て止めることが出来るものか! 施設とゴーレムの大半は破壊されたが、施設から離していたゴーレムがまだ数百はある! これで私の力を認めさせてやる!」
魔術師ザルマ、なかなか慎重な性格だったようだ。私達が来るまでにゴーレムの操作の練習とか、色々やっていたのだろう。
「おい、そこのエルフ。私はこれから忙しいから、その余計な客人達を追い払え!」
「うむ。承知した!」
そんな雑な命令を残して、ザルマは再び上に上がっていった。
残ったのは宥和の兜を被ったフィンディと、私達。なんというか、「承知した!」とか元気に返事をされても困る。
幸いなのは、ザルマはフィンディが神世エルフだと気づいていないらしいことだ。自分自身が取り込み中のところ、騒がしくなってきたらこの有様だった、というところだろう。フィンディの正体に気づいて「その余計な客人達を皆殺しにしろ」とか命令されたら危なかった。
「すまんバーツ。出来る限り抵抗しているんじゃが、兜の力に逆らえん」
苦渋に満ちた表情で、杖の宝玉を輝かせながら、フィンディが呻くように言った。
これは、非常に不味い事態になった。
きっちり無様を晒すフィンディ。慢心、駄目ゼッタイ。
そして、当作品初となるピンチっぽい展開。
次回は「宥和の兜、その対策」になります。




