18話「ラエリン城の戦い3」
魔王なんてものをやっていて何だが、私は争いが嫌いである。
望んで戦いをすることなんて滅多にないし、命を奪うことも極力避けるようにしている。命というのは儚い。大切にすべきものだ。 これまでの人生で、時折命の大事さを理解しない、度し難い存在と遭遇して命のやり取りをすることもあったが、それでも私は極力戦いは避ける主義を通してきた。
さて、現在、ラエリン城の謁見の間で繰り広げられている戦いは、果たして命のやり取りというだろうか?
いや、そもそも戦いと言えるだろうか?
フィンディとゴードの戦いは、そのくらい一方的な内容だった。
イケメン魔族ゴードはとても頑張っていた。フィンディの不意打ちで吹き飛ばされたが、復帰した後、即座に攻撃を開始した。
「調子に乗るなよ! エルフ風情が! 業火よ・怒りよ・我が敵を焼き尽くせ!」
短文詠唱と同時に、ゴードの全身に身に着けた魔術具が一瞬輝いた。強力な魔術を行使するために、かなりの装備をしているようだ。
ゴードの右手から強力な火球が放たれる。立っている私のところまで熱気が伝わってくる。赤より白に近い色の火球だ。当たったらひとたまりもないだろう。
「そんなものがワシに届くと思うたか!」
フィンディが一喝しながら杖を振るうと、輝く青い光が放たれた。打ち出された光は火球を吹き飛ばし、そのままゴードに直撃。
「ぐおっ! お……お……おぅ……」
どうやら相手を吹き飛ばすタイプの魔術ではなかったらしい。だが、しっかりダメージはあるらしく、その場で立ち尽くして悶えるゴード。
フィンディ、外見を馬鹿にされたからな。じわじわと陰湿に攻めるつもりに違いない。
「どうした? もう動けぬか? ワシはまだ一歩も動いておらぬぞ」
「な、なめるなぁ! 輝ける闇・無数の矢となりて・刹那の速度・我が敵を打ち貫け!」
再びゴードの短文詠唱。黒く輝く矢が彼の周囲に発生し、恐ろしい速度でフィンディに殺到する。直撃すれば、全身を貫かれることだろう。
「ほう、なかなかじゃ」
殺到する矢を前にして、フィンディは一歩も動かない。それどころか、余裕の笑み(怖い)を浮かべながら、杖を掲げる。
「無駄じゃ!」
一瞬、フィンディの杖から閃光が放たれると、黒く輝く矢は速度を失い、全てが床に落ちた。魔力で作られた矢は、そのまま消えていく。
「なん……だと……。なんだ、その魔術は」
「大したことはやっておらぬ。ワシの魔力で無理矢理魔術を止めただけよ。ま、格が違うということじゃな」
「…………」
あ、ゴードが一瞬だけ、絶望の顔をした。
これは私の推測だが、ゴードは若い魔族なのだろう。500年前の勇者と魔王の戦いを知らないレベルの若さではないだろうか。神に関わる存在の強さを知っていれば、あんなに油断と自信を満載して私たちの前に出てこない。少なくとも、ここまで無策で無力ということもないはずだ。
私は彼の持つ情報に興味があるので、フィンディがやりすぎないか心配だ。だが、怒っている彼女に一言いうのはかなり勇気がいる。
いや、ここはお願いしておくべきだろう。
「フィンディ、殺しは駄目だぞ。情報を引き出せないレベルの精神崩壊もだ」
「わかっておる! むしろ手加減が難しいくらいじゃ!」
振り返らず答えたフィンディの声音は若干いらついていた。もしかしたら、思った以上にゴードが弱くて暴れ足りないのかもしれない。
「ゴードとやら、運がいいのう。我が友バーツの願いで、お主の命だけは勘弁してやる。ま、顔しか価値のないお主のような魔族など、殺すまでもないがの」
「お、おのれええ! 言わせておけばああ!」
ゴードが何もない空間から剣を出した。全体的に豪華な装飾の、赤い剣だ。元大臣を貫いて焼き殺したやつだ。恐らく、それなりに強力な魔剣だろう。
「燃やしてくれる! 顕現せよ! 地獄の業火! 我が剣に! 焼却!」
ゴードの剣から炎が溢れる。そのまま溢れた炎が剣にまとわりつき、炎が刃になった。触れたら熱いでは済まない、炎の刃の魔剣だ。
「消し飛ばしてやる! 疾風の翼よ!」
ゴードが翼を広げる。高速でフィンディに突撃する気だ。
「暑苦しい輩じゃのう」
フィンディが杖を掲げる。周囲に青い光がちらつく。小さな冷たく青い光、その一つ一つに、驚くべき魔力が込められている。
「ゆけぃ!」
合図と共に、ちらついていた青い光が一筋の線となって、ゴードに殺到した。
「なっ! ぐっうううぅ!」
まず、光の一つが魔剣に直撃。一瞬だけ魔力の拮抗が起きたが、あえなく剣が切断された。
更に、残りの青い光線がゴードの翼を切り裂いた。飛ぼうとした体勢だったゴードは、たまらずそのまま地面を滑る。
地面に這いながら、怯えを含んだ声でゴードは叫んだ。
「な、なんなのだ。我が魔剣イフリーティアが! 魔族が鍛え上げた剣だぞ……!」
「こっちは神から授けられた魔術じゃよ。ほれ」
いつの間にかゴードの前までやってきたフィンディが杖を向けた
直後、電撃がゴードを襲った。
「ぬおおおおお!」
しばらく苦しんだところで、フィンディは電撃を止めた。
「降参せい。命までは取らぬぞ」
「だ、誰が降伏など」
「そうか」
再び電撃。
「ぬほおおおおおお!」
「命までは取らぬ。だが、お主が降伏するまで死なない程度の魔術をかけ続けるぞい」
悪魔か、この女は。
「降伏はない! 私は誇りある魔族んほおおおおおおおおおおお!」
ゴードの誇りある言葉への回答は問答無用の電撃だった。イケメン魔族がすごい顔になってる。このまま変な趣味に目覚めなければ良いが。心配だ。
結局、フィンディの電撃ショーはその後、15分ほど続いた。
ゴードは完全に心をへし折られて、フィンディに降伏したのだった。
フィンディは好戦的ですが、冷静でもあります。
次回、「戦いの後」。バーツさんが一つの行動を起こします。