16話「ラエリン城の戦い1」
魔王をクビになってわかったことが一つある。
私は謁見の間というのが苦手だ。いや、魔王城にも謁見の間はあったし、私はそこの玉座に座ってお茶とか飲んでいたものだが、人間の王国の謁見の間というのは雰囲気が良くない。
なんというか、緊張感のある空間なのが嫌なのだ。国王と国家の重鎮が並んで威圧感を放ちつつ、少しの失言も許されない空間を形成している。実際、この場で国家の重要案件が決定されることがあるだろうし、国王と会うのだから仕方ないとわかるのだが、それでも張り詰めた空気というのは嫌なものだ。
なんでこんなことを考えているかというと、ラエリンの王城の謁見の間が、とても緊張感溢れる空間だったからです。
ピルンの身分のおかげで、ラエリンの王城にはあっさり入れた。私とフィンディはグランク王国の使者の護衛という扱いになり、見た目には大した装備はしていないのもあり、武装解除もなかった。上手くいったと安堵すべきか、ちょろいなと得意になるべきか、何とも言えないところである。
そして、私達3人は謁見の間に通された。おそらくラエリン城で一番広い部屋だろう。玉座に国王、左右に大臣と騎士団長。私達の左右にはずらり兵士と文官が並んでいるが、まだ部屋には余裕がある。玉座は二つあり、一つが国王で、もう一つが王妃のものだろうか。今日は王妃はご不在のようだった。
私達は現在、跪いて国王に挨拶をしている。カラルドに比べると、この国は格式を重んじるらしいので、ピルンにそうするのが良いと教わったのだ。並び方も真ん中にピルン、やや後ろに私とフィンディという配置である。
「お久しぶりです、ラエリン王。ご壮健なようで何よりです」
「ピルン殿、よくぞ来てくださった。顔をあげてくだされ」
ラエリンの王は細長い印象の痩せた男性だった。生真面目そうな顔つきと、顎から伸びた髭が特徴の、神経質そうな外見をしている。ピルンに対して笑みを浮かべながら親しげな言葉を発しているが、どこか緊張感があるのが気になった。戦争寸前というラエリンの現状を考えれば仕方ないのかもしれない。
王の言葉に答えてピルンが顔をあげた。私とフィンディは跪いたままだ。そういえば、跪くのは初めての経験だ。いい勉強になる。
「以前来訪された時よりも人数が増えておりますな」
「この二人は私の護衛です。ラエリンで危ないところを助けて頂きました」
嘘は言っていない。
「おお、そうでしたか。護衛のお二人も顔をあげてくだされ」
言われて顔をあげる私とフィンディ。すると、笑顔を浮かべていたラエリン王の顔が固まった。
「…………」
「陛下、どうされましたか?」
突然沈黙した王に対して、大臣が聞いた。この大臣、太って豪華な服を着ている、いかにも大臣といった見た目をしている。ある意味、貴重な人材かもしれない。いや、人材ではないな。
私の魔力探知はこいつが魔族であると告げている。謁見の間に入った瞬間にわかった。
犯人に目星がついたので、とっとと話を進めてしまいたいが、いきなりこちらから手を出すわけにはいくまい。ここは我慢だ。
大臣の言葉を無視して、王は震える声でフィンディに問いかける。
「そちらのエルフの方、名前は、何と?」
どうやら、ラエリン王はフィンディの顔を覚えていたらしい。考えてみれば、ノーラ姫の護衛の男もわかったのだ。国王が隣国の重要人物を知らないはずはない。
フィンディは顔を上げて答えた。
「フィンディじゃ」
フィンディの名乗りを聞いて、謁見の間がにわかにざわついた。文官は単純に驚きを、騎士たちは恐れを含んだ声音だった。彼女の悪名は、しっかりこの国にも響き渡っているようだ。
「もしや、カラルド王国の大賢者殿では? いや、間違いない。以前、お会いしたことが……」
「……本人じゃ。理由あって、冒険者としてこの者の護衛をしておる」
驚愕する王に対して、フィンディは頷いて答えた。
「ひ、跪くのはやめてください。本来ならば国賓としてお迎えしなければならないのですから。そちらの灰色のローブを着た魔術師の方もです」
どうやら私は無視されずに済んだらしい。せっかくなので、立ち上がって王に挨拶をする。
「バーツと申します。フィンディと共に普通の冒険者をやっているもので……」
「ワシの古い友人じゃ」
「でしょうね。フィンディ殿を呼び捨てする方など見たことがありません」
結局、3人とも立ち上がって王と話すことになった。ちょうどいいので大臣の様子を見てみる。他の者と同じく驚いているが、それ以上の変化はない。フィンディの正体を知って、自分が狩られる可能性を察しているのかどうかは読み取れない。
「フィンディ殿はカラルド王国から動かないと思っていたのですが、どのような理由があって、ピルン殿と旅をしているのですか?」
王が敬語だ。フィンディは凄い。一国の王からこれだけの恐怖交じりの敬意を抱かれるとは、私より魔王に向いているんじゃないだろうか。
「人間達の世界が大分変わりつつあるようじゃからな。森の世話も終わったことだし、古い友人と旅に出たのじゃ。その途中、ピルンと出会ったというわけじゃな」
「主に見聞を広めるための旅ということでしたので、私の方から同行をお願いしたのです」
「なるほど。ピルン殿と旅ならば、この大陸の変化を知るのに最適でしょうからな。フィンディ殿が森から出たのはいつぶりですかな?」
「およそ500年ぶりじゃな。色々と変わっておるが、この国も少し変わったようじゃのう」
「500年……。それだけあれば、人間の国に変わらぬことはありませぬでしょう」
一瞬、フィンディがこちらを見た。間違いない、彼女は何かを始める気だ。私は魔術を使う心の準備をしておく。ピルンの方も自然な動作で手足の位置を変えている。どうやら、察してくれたようだ。
「そうじゃな。人間の国も変わったものじゃ。なにせ、魔族に王宮を意のままにされているのじゃからのう」
フィンディの発言で、一瞬だけ空気がより張り詰めたものになった。フィンディはどの王宮とは言っていない、だが、重大な内容だ。森の大賢者の言うことは重みが違うし、内容が普通ではない。
大臣の方はというと、驚愕に目を見開いていた。それは人間としてか、魔族としての反応なのかは、わからない。しかし、フィンディの目的は察したはずだ。
「ど、どういうことですかな、フィンディ様? もしや、エリンの王宮でそのようなことが……」
うん、察したらしい。嫌な感じの汗をだらだら流しながら、会話に割り込んできた。相手は神世エルフだ、普通に戦って勝ち目はない。どうやってこの場を切り抜けるか必死に考えているのだろう。
気の毒だが、一気に決めさせてもらおう。
「安心せい。エリンの王宮のことではない。この王宮の話じゃ。というか、お主は誰じゃ」
「この王宮の大臣です! 無礼ですぞ! この王宮が魔族に乗っ取られているなどと!」
「ピルン。王を守れ」
「はっ」
急にでしゃばって喋りだした大臣、黙り込む王。周囲の者はどうすべきか判断に迷っているようだ。この大臣、魔族で間違いないが、王宮のどれくらいの人数を洗脳したのだろうか。この場にいる全員でもおかしくないが。
「そ、そういうことなら、こちらにも言いたいことがありますぞ! エリンの冒険者ギルドに現れたノーラ姫を助けた冒険者は、貴方がたではありませんか!? 銀髪の若いエルフ。灰色のローブを着た魔術師。ピット族の男性。すべて一致します!」
すでに私達のことは王宮まで知れ渡っていたらしい。フィンディの存在には気付いていなかったようだから、ノーラ姫を助けた冒険者がのこのこやってきてくれて助かったくらいに思っていたのかもしれないが。
残念ながら、我々は君を倒すためにのこのこ正面からやってきたのだよ。
「情報が早いのう。その通りじゃよ」
「聞きましたぞ! この者達を捕らえよ! ノーラ姫を匿った重罪人だぞ!」
周囲の騎士たちが武器を抜く音が聞こえた。目の前の騎士団長も剣を抜き、こちらにやってくる。王と大臣の間に割り込んだピルンは無視だ。どうやら、私とフィンディを目標とした命令らしい。
周囲の人間の表情を軽く盗み見てみるが、全員動きに迷いがない。全て洗脳済みというわけだ。
「フィンディ、やれ! わかってると思うが、大臣が魔族だ!」
「任せるのじゃ!」
フィンディが杖を高々と掲げる。先端に付いた宝玉から青い光が瞬く。
「馬鹿な! 謁見の間は防御魔術で何重にも守られている! 自分から捕らえてくださいと言っているようなもの!!」
大臣の言葉通り、王城の防御魔術が発動した。
壁にあった獣の装飾から、魔術で編まれた鎖が吐き出された。赤く輝く鎖は、捕まったら怪我でもしそうな危険な雰囲気だ。
その鎖が、フィンディめがけて3本程向かってくる。
「魔術に反応するようだが、この程度ではな」
私はフィンディの前に立ち、右手を軽く振る。魔力障壁を周囲に展開、私とフィンディの周囲に魔力の壁が生まれる。
鎖の防衛魔術はよくできていて、3本とも障壁に巻き付いてきた。締め付けて障壁を削り、そのまま私達を捕らえるつもりなのだろう。
「捕まりましたな! いかな大賢者の仲間といえど、その鎖から逃れることは不可能!」
「いや、普通に壊せるぞ。ふんっ!」
私は障壁から手を出して鎖を掴み、そこに無理矢理魔力を流し込んだ。
軽い閃光と共に、限界以上の魔力を流し込まれた3本の鎖は崩壊した。ついでに、壁の装飾も吹き飛んだ。
「馬鹿な! 数百年かけて築き開けた防御魔術だぞ!」
大臣がめちゃくちゃ驚いている。
数百年程度で作り上げられた魔術など、私の前では無力なのだよ。力技で吹き飛ばしただけだが。
「フィンディ! やってくれ!」
「うむ! 任せるが良い!」
私の声に答えたフィンディが、宝玉を青く輝かせた杖を高く掲げる。一瞬だが、宝玉の中で展開される複雑な魔術陣が見えた。精神に干渉する魔術は複雑だ。
防御魔術を吹き飛ばした私達の周囲に、剣を抜いた騎士が近づいてくる。ピルンは大臣と王の近くに居過ぎるためか、騎士達は手を出さない。
今このタイミングで洗脳を解かなければ、戦闘になった際に、人間に巻き添えを出してしまう。フィンディの魔術の威力が頼みだ。
「邪悪な魔術を消し去る浄化の光じゃ! 見るがいい!」
フィンディが叫ぶのと同時、杖の宝玉から青い光が放たれた。
明るいが、眩しくない。そんな不思議な光が、杖を中心に謁見の間全体に広がっていく。
「ヒッ!」
光をみた大臣が怯えた表情で逃げ出そうとするが、もう遅い。あっという間に、室内は青い光に満たされた。
室内の人間全てが、動きを止めた。
そして、ゆっくりと光は色を失い、元の状態に戻っていく。
「こ、これはどうしたことだ? いや、私はどうしていたのだ?」
最初に声を発したのは王だった。なんとなく、先ほどまでと違って穏やかな雰囲気がある。これが本来の姿なのだろう。
どうやら、フィンディの魔術が効いたようだ。剣を抜いていた騎士たちも我に返って佇んでいる。だが、彼らに休んでいる暇はない。
「フィンディの魔術で正気に戻ったのなら、騎士たちは王を守れ! フィンディ! ピルン!」
「どうやら、うまくいったようじゃの」
「そのようですね。しかし、問題はここからです」
呼びかけに答え、私とフィンディの横にピルンがやってきた。彼の手には、先程までと違い短剣がある。
その理由は簡単だ。
私たちの視線の先には、大臣だったものがいた。
青黒い肌、角の生えた頭部、背中からは蝙蝠めいた一対の翼、人間の時より体は一回り大きくなり、その影響か服は着ていない。全身を時たま紅く光る紋様が彩られ、大臣の時と同じく太った腹には気持ち悪い見た目の紋章が描かれている。
それが、魔族としての正体を現した、大臣の本当の姿だった。
元魔王の私が言うのもなんだが、非常に邪悪な姿だ。魔王城にだって、ここまでわかりやすいのはいなかった。
「さしあたって、こいつをどうにかするぞ」
戦闘までいけませんでした。
次回「ラエリン城の戦い2」に続きます。