13話「ノーラの事情」
ロビンに案内されたのは郊外の林の中にある小さな小屋だった。カラルド王国でもハゲが林の中に隠れ潜んでいたが、そういう習性でもあるのだろうか。いや、相手の身体的特徴を面白おかしく扱うのは良くない。ロビンは良い人物な上に、抜け目がないハゲということだろう。
ノーラ姫は初めて来たわけではないらしく、小屋の中を手早く片付け、お茶の準備などをしてくれた。姫君とは思えない手際だが、そういう経験を積むような生活をしていたということだろうか。
室内は広くない。元々ロビン一人で滞在するのを想定しているらしく、一部屋しかない小屋だ。それぞれが椅子やベッドの上に座るなどすることになった。
全員にノーラ姫が手ずから淹れてくれたお茶の入ったカップが行き渡ってから、話し合いが始まった。
「ロビンさんのアジトに来るのは久しぶりですわね。いつもここに来るのは逆境の時です」
「ロビン殿、そして皆様方、ご助力感謝致します」
護衛の男が礼をしたのを見て、姫が慌てて同じように頭を下げる。護衛の男は渋い中年だった。聞けば、ノーラ姫が幼い頃から面倒を見ていて、例の王子と引き合わせた人物でもあるらしい。かなりの腕前で、以前ノーラ姫が家出した時の騒動とやらでロビンと出会って以来の縁とのことだ。
「いや、気にしないでくれ姫さん。俺はもともと何かしら協力するつもりだったんだ。それよりも、この3人なんだけどよ」
「それですわ! わたくし、そちらのピット族の方に見覚えがあります! グランク王国からの使者の方ではありませんか!?」
「おや、ばれていましたか」
ノーラ姫の指摘に対して、別に驚いた様子もない反応のピルン。王族は相手の顔を覚えるのも仕事だから、その程度は想定していたのだろう。
「なんと。グランク王国の方ですと! それでは共にいるお二人も?」
護衛の男の方はかなり驚きつつも、少しだけ表情が明るくなった。大国の援助を受けられるかもしれないと想像したのだろう。
それはそれとして、私とフィンディはまだ名乗っていない。今更だが、こちらの名前くらい伝えておくべきだろう。話の内容次第ではノーラ姫が依頼主になるのだから。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな。私はバーツ。グランク王国とは関係ない、ただの冒険者だ」
立ち上がって姫と護衛に向かって礼をする。隣にいたフィンディも立ち上がる。
「フィンディじゃ。同じく普通の冒険者じゃ」
「フィンディ……たしか、カラルド王国の大賢者と同じ名ですな。そういえば、昔、彼の国に行った際に見かけたお姿に似ているような……」
護衛の男の指摘に対して、フィンディは少し迷ってから答えた。
「……本人じゃ」
フィンディは自身の素性を肯定するか少し悩んだようだったが、別に身分を隠しての旅というわけでもないので、問題ないだろう。この場合は、相手への信頼に繋がるだろうし。
「おいおい、なんだよ。すげぇ大物じゃねぇか。すると、バーツの方も何かしらスゲェのかい? 確かに強かったがよ」
森の大賢者のことはロビンも知っていたらしい。驚愕の表情で私とフィンディに聞いてくる。
「いや、私はフィンディの友人という以外は別に有名ではない」
元魔王です、とはとても言えない。信じて貰えないだろうし、信じられた場合のデメリットが大きすぎる。
「ご謙遜を。フィンディ様の友人ということは、かなりの人物なのでしょう。姫様、これは冒険者ギルドに行って正解でしたぞ」
「だから言ったでしょう。困った時は冒険者を頼るべきだと」
ノーラ姫は前向きな人物だ。頼ろうとした冒険者に捕まりかかったことはもう忘れていらっしゃる。
いやまあ、ロビンは最初から助けるつもりだったようなので、あながち間違った判断でもなかったのだろう。実際、あの場の冒険者の大半は私達の行動を止めもしなかった。案外、ロビンに姫を助けさせるつもりだったのかもしれない。
「グランク王国の関係者に、カラルドの大賢者とその友人か。正直、姫さんを国外に連れだすくらいしかないと思っていたんだが、この状況自体をどうにか出来そうな気がしてきたぜ」
最初から協力するつもりとはいえ、ロビンは今回の件をどうこうできるとは思っていなかったようだ。仕方ないだろう、一介の冒険者には手に余る事態だ。正直、私達も力技がどこまで通用するかで、対応が変わってくる案件である。
「こうして手助けはしたが、正直なところ、私達に何かできるという確証があるわけではない。出来れば詳しい話を聞かせて欲しいのだが」
「お三方とも、力を貸してくださるのですか?」
ノーラ姫の乞うような問いかけに対して、フィンディが答えた。
「それはお主の話の内容次第じゃな」
「まあ、詳しい話は俺も気になってたところだ。俺も手助けするから聞かせてくれよ、姫さん」
詳細を知りたいのはロビンも同じようだ。ピルンも頷いて姫に話を促す。
「…………」
場に沈黙が満ちた。護衛の男も含めて、全員の視線がノーラ姫に集中する。
ノーラ姫は、しばし瞑目した後、決意を込めた瞳と共に、口を開いた。
「……では、お話します。目まぐるしく状況が変わるばかりで、当事者の私すら詳しいとはとても言えないのですけど」
そう前置きして、ノーラ姫の事情説明が始まった。
○○○
ノーラ姫と相手の王子(アシュナーという名前らしい)の婚姻の話は、双子の国への入国前にピルンに聞いた通り、順調だった。
野心のない二人は、王位継承権を放棄して結婚、その後はエリンの国内に領地を貰って暮らしていく。そんな前提で話が進められていた。
ところが、ある日を境にラエリン王の様子がおかしくなった。急に姫に対して結婚をやめるように言い出したのだ。
それどころか、エリンの王子はノーラ姫を利用してラエリンを奪おうとしているとまで言う始末だった。
穏やかな人柄の王とは思えない物言いに困惑しつつも、ノーラ姫は状況を解決するために王子に相談した。
王子の出した結論は、「二人で王を説得する」であった。
王子を伴ってラエリンの王城に向かったノーラ姫。しかし、王に会うことは叶わず、門をくぐるなり捕らえられてしまう。
城の一室に閉じ込められて困り果てているところを、護衛の男に救い出され、何とかせねばと顔見知りのいるエリンの冒険者ギルドを目指した結果が、先ほどの状況である。
アシュナー王子はラエリンの王城に捕らえられ、ノーラ姫が逃げている間に双子の国は戦争一歩手前まで進んでしまったわけである。
ノーラ姫の事情は以上の通りだった。護衛の男から補足してくれたところによると、ラエリン王の家臣たちも当初は王の突然の心変わりに戸惑っていたそうだが、そちらも徐々におかしくなっていったそうだ。
「ふむ……。人間はエルフに比べると心変わりしやすい種族じゃが。ありえんくらいの急展開じゃな」
「そうなのです! あり得ません! 何か原因があるはずです!」
「姫様の言うとおり、陛下の変心ぶりは異常でした。何か、原因があるはず。それさえ突き止めることができれば」
「なんかの魔術かもしれねぇな。俺は詳しくないけれど、あんた達はなら詳しいんじゃねぇか?」
我々に目を向けるロビンと姫と男。フィンディの素性を知った後ならば、当然の質問だ。
「どう思う。フィンディ」
「何らかの魔術による可能性はある。王城の中に入ることが出来れば、原因を探ることも出来よう。だが、この国は歴史が古いのもあって、王城の魔術的な守りが硬い。あまり外から魔術で調べると勘付かれる危険があるのう」
「そこは私の出番ですね。身分を使う良い機会です。帰り道に寄ってみたら以前と街の様子が違うので気になって立ち寄った、というのはどうでしょう?」
「私とフィンディはピルンの護衛だな。今の話を聞く限り、余計な騒乱を防ぐためにもノーラ姫に協力すべきだと思う」
フィンディもピルンも私に反対しない。方針決定だ。新魔王が関わっているという確信はないが、異常な状況を引き起こした何かを調べる価値はあるだろう。魔王が人間社会に戦乱の種を植え付けるのは、珍しい話ではない。
「おいおい、王城ってのは敵地のど真ん中だぞ? いくらなんでも危険すぎやしねぇか」
敵地に乗り込んでの調査、シンプルでいい。そう思っていたら、ロビンが心配顔でそんなことを言ってきた。ノーラ姫と護衛も似たような表情だ。
「問題ない。いざとなれば力技で何とかする」
「最初からそうしてもいいくらいじゃ」
「それはやめておけ」
「……冗談じゃ」
どうにもフィンディは血の気が多くて困る。いきなり暴れるなど魔族でもしないというのに。
「バーツ様もフィンディ様もこうは言っていますが穏便なお方です。そして、とても強い。私が保証しますよ」
悪いようにしません、とピルンがフォローを入れてくれた。出来た配下である。
「カラルド王国の大賢者といえば、世界唯一の神世エルフです。これ以上の協力者は見つからないかと」
「はい。それに、バーツ様もピルン様もとても頼もしいのは先ほど良くわかりました。皆さんが出来るといえば、可能なのでしょうね」
やはり、素性を知っている者からすると、フィンディの存在は大きいらしい。若干の不安を覗かせているが、ノーラ姫と護衛は私達の王城突入作戦を支持してくれるようだ。
自分以外の反応を見て諦めたらしいロビンが、ため息をつきながら言う。
「わかった。詳しい打ち合わせに入ろう」
ノーラ姫はラエリンの冒険者ギルドに知り合いがいません。昔から、ギルドに入るなり王城に連れ戻されていたからです。
次回は「ノーラ姫からの依頼」になります。