12話「ノーラ・ラエリン」
「誰か! 私の依頼を受けてくれる方はおりませんか! 詳しい事情を御説明致します!」
「おやめください!」
隣の男――恐らく護衛だろう――の制止を気にも留めないで、ノーラ・ラエリン姫は冒険者ギルド内によく通る声で、自身の主張を叫んだ。
そして、応えるように、何人かの冒険者が立ち上がった。
それを見て、ロビンが眉をひそめた。
「不味いな」
「どういうことだ?」
「ノーラ・ラエリン姫は手配されている。それも、エリンとラエリンの両方でだ」
「なんじゃと。あんなに堂々としておるのにか」
「そういう人なんだ。以前から、自ら足を運んで冒険者ギルドに依頼に来ていたんだが」
「それは気さくな方だったのですねぇ。しかし、この場合は……」
非常に不味いことになるだろう。なにせ、賞金首が自分はここにいますとアピールしているのだ。
冒険者が、ノーラ姫の周囲を囲んだ。数は10人にも満たない。室内の冒険者全員が一斉に捕らえにかからないあたり、ノーラ姫は人気があるということかもしれない。
雰囲気が尋常でないことを察したのか、ノーラ姫は黙り込んだ。
護衛の男が彼女を守るように立ちはだかる。しかし、多勢に無勢だ。
囲んだ冒険者の一人が口を開いた。
「悪いな、姫様。あんたは嫌いじゃないが、これも仕事なんだ。大人しくしてくれよ」
「私を捕らえる気ですか! 私は無実です! 捕らえられる理由はありません!」
「そうかもしれねぇ。そこに座ってる大半の冒険者はそう思ってるかもしれねぇ。だがよ、俺達だって生活があるし、頼まれたら断れない相手なんだよ……」
どうやら、囲んでいる冒険者も訳ありらしい。まあ、国家から直接依頼があったなら断りにくいだろう。実質脅迫みたいなものだ
わかってくれ、と冒険者が捕らえにかかる。
次の瞬間、冒険者の一人が、吹き飛ばされた。
護衛の男の攻撃だ。男はそのままノーラ姫の手を引き、出口に向かおうとする。だが、攻撃を受けた冒険者達の反応は早い。追いかける前衛陣と援護魔術を展開する後衛陣に分かれ、速やかに行動を開始した。
ギルドの室内は一瞬で戦場と化した。
「あのお供の男、なかなかやるな」
「ノーラ姫の護衛は凄腕だ。だが、ここに来るまで無茶したらしいな」
「劣勢じゃのう」
とりあえず、私たちはテーブルの下に避難していた。ほかの客もそれぞれ適当な場所に逃げて乱闘を見物している。
ノーラ姫を守りながら戦う護衛はなかなかの実力だった。10人近い冒険者を相手に、それなりに立ち回っている。室内が狭く冒険者が連携しにくいことと、生け捕り目的で相手が手段を選んでくれているからだろう。
とはいえ、劣勢は明らかで、ノーラ姫が捕まるのは時間の問題に見えた。
「ノーラ姫を捕まえにかかる冒険者が少ないな。状況的に、ここに入るなり全員が襲いかかっても不思議ではなさそうだが」
「ノーラ姫は良い方だ。それに、今回の件をおかしいと思わないやつはいない。今殴りあってる冒険者だって、好きでやってるわけじゃないのかもしれねぇ」
「たしかに、そんな感じでしたね」」
「事情があるのはわかったが、これではのんびり食事もできんのう……」
食事はともかく、この国の異変の原因を知るであろう人物が目の前にいるというのは考える余地がある。また、先ほどのロビンの話の中で、私は一つ気になる点があった。
ラエリン王の急な心変わりだ。状況的に、双子の国の政治的不和は長年仕込まれた陰謀という感じがしない。戦争も政争もそれなりの準備と根回しが必要なはずだ。今回のこの二国間にはそれが無いように思えた。
何らかの原因があるはずだ。例えば、精神に干渉する魔族の仕業とか。
この世界に新しく生まれているはずの魔王が、配下を使って人間の王を傀儡にするというのは十分にあり得ると思う。杞憂かもしれないが、調べる価値はあるだろう。
私はフィンディとピルンに小声で提案することにした。
「二人共、提案がある。ノーラ姫に加勢しようと思っているのだが」
「なんでじゃ? 間違いなく厄介事じゃぞ? それも国家レベルの」
「王の心変わりというのが気になる。当事者から詳しい事情を聞いてみたい」
「バーツ様の目的と関係があるということですか?」
「可能性はある。人間は心変わりしやすいとはいえ、事情を聞く限り異常に思える」
「ふむ。ワシは構わんぞ。この国でひと暴れするだけじゃ」
「別にそこまで大暴れするつもりはないのだが……」
「わたしも賛成です。バーツ様の意志はもちろんですし、祖国は無駄な騒乱を望んでいません」
「決まりだな」
そこで、私達の短い話し合いに気付いたらしいロビンが横から口をはさんできた。
「あんたら、ノーラ姫を助けるつもりだな? 俺にも手伝わせてくれよ。姫には世話になってんだ」
「了解した。数が多いのは助かる。行くぞ」
私の言葉と共に、4人は一斉にテーブルから飛び出した。
テーブルから飛び出した私たちはそれぞれ行動を開始する。
私とフィンディは魔術師だ。その場で即座に魔術の準備を始める。
「ここは睡眠の魔術で彼らを無力化、そしてあの護衛の回復だな。おい、フィンディ、攻撃魔術やめろ」
「チッ。わかっておる。軽い冗談じゃ」
なんか杖を取り出したフィンディが剣呑な攻撃魔術を準備していたので止めておいた。あんまり暴れる機会がないからフラストレーションが溜まっているのかもしれない。高貴な神世エルフなのだし、もう少し好戦的な面は控えてほしいものだ。
気持ちを切り替えて、私は睡眠魔術を準備する。フィンディは護衛の男に回復魔術を飛ばす。
「眠りを誘え」
私の手から、青白く光る蝶が放たれる。睡眠効果をたっぷり練りこんだ魔術の蝶だ。触れられた目標は熟睡する。本来なら大量に生み出して大軍を相手にするためのものだが、場所が悪い。5匹ほどをふわふわと相手に向かって飛ばしておく。
大分悠長な魔術だが、ノーラ姫と護衛がやられる前に当たるだろう。それに、こちらの仲間に出番を作っておかねばなるまい。
ハゲ冒険者のロビンはテーブルから飛び出すなり、護衛の男に襲い掛かる前衛冒険者にとびかかった。武器を持たない素手だが、動きは手練れだ。不意打ちもあって素早く一人を無力化した。
「貴方はロビン様!」
「加勢するぜ! 姫さん!」
驚くノーラ姫の声に威勢よく答えつつ、ロビンは護衛の男と共にノーラ姫の前に立つ。なん、。姫と知り合いだったのか。きっと彼は私達がいなくても一人で助けに入っていたな。短い付き合いだが、なんとなくわかる。
もう一人飛び出したピルンの方は、何か呟きながら、後衛冒険者に向かって駆け出した。
「与えよ・我が身に・風の加護・闇夜の影・静寂で覆え・滴落ちる時で」
魔術の短文詠唱だ。魔術陣を刻んだ装備品と短い呪文を組み合わせ、自身の魔力を触媒に発動させる魔術である。私やフィンディのように詠唱を省略できない者が魔術を行使するための一般的な手法だ。
ピルンはフィンディのように杖を持たないが、魔術のための装備品を沢山身に着けているようだった。
「わたしが後衛を抑えます」
一言言い残すと、ピルンは影に溶け込んで、音もなく消えた。
外見は少年のようなのに、行動は格好いい奴だ。それに判断も早いし、戦闘自体も手馴れているように見えた、実は凄く強いんじゃないだろうか。いや、考えてみれば、大国の使者なのに一人旅をしていたのだ。相応の実力があるから、そんな無茶な行動が許されていたのだろう。
程なくして、後衛冒険者がバタバタ倒れた。ピルンの仕業だろう。相手を昏倒させる装備の備えがあったのだと思われる。
「おい、バーツ。眺めてないで眠りの蝶を当てろ」
ピルンの意外な行動に感心していた私だが、フィンディの声で現実に帰ってきた。
考えることも、聞くことも、この後いくらでもできる。
「そうだ、片づけてしまおう。少し早く動け、蝶よ」
私が命じると冒険者めがけてふわふわ飛んでいた蝶達が、動きを速めて突撃した。空飛ぶ軌道が蝶のそれな上に早いこと、ロビンと護衛の相手に精一杯だったことがあり、冒険者たちに回避する術はない。
蝶が触れた冒険者たちが次々と熟睡していく。多分、12時間後くらいにすっきり爽快な目覚めが来るだろう。
「終わったぞ。後衛の方はどうだ?」
「そちらも終わった。ピルンの奴が一人で片づけおったわ。あやつ、なかなかやるのう」
見れば、後衛の冒険者達は全員倒れていた。仕事を終えたピルンがこちらに向かいながら報告する。
「対処完了です。しばらく眠って貰いました」
「う、うむ。ご苦労」
「光栄です!」
このピット族、凄く頼もしい。旅に加えて良かった。
私がちょっと感動していると、それ以上の感動に包まれている者達の会話が聞こえてきた。
「助力に感謝する。ロビン殿……」
「気にしないでくれよ。いつぞやの礼だ」
「ああ、ロビン様! 信じておりました!」
ロビンとノーラ姫と護衛の3人だ。絶体絶命のピンチにロビンが乱入したわけだから、感動もするだろう。姫も護衛も、ここに来るまで味方もない状況だったろうから、尚更だ。
「ところで、そちらの方々は……?」
護衛の男が私達を見ながら聞いてきた。彼はフィンディの魔術でかなり元気になっていた。ギルドに入ってきた時の方が疲弊していたくらいだ。
「見かねて助けに入った冒険者だ。そして、貴方達の詳しい事情に興味を持った者でもある」
「なんと。言ってはなんですが、姫様の依頼を受けるのは、この国全てを敵に回すようなものですぞ」
やはりそういう話か。事情を聞けば後には引けない系だが、仕方ない。もしかしたら私の旅の目的に繋がるかもしれないのだから。 でも、言うことは言っておこう。
「この国を敵に回すかどうかは貴方の話す内容次第です。あんまりな内容だった場合、とっとと逃げ出します」
「なんだと。姫様を……っ」
「おやめなさい」
激高しかけた男を、ノーラ姫が制した。そして、私達3人に対して上品な一礼をして、可憐だが芯の強さを感じるはっきりした声で言う。
「この方々は私達を助けて下さいました。失礼はなりません。ああ、しかし、ロビン殿なら助けてくださるかもという望みでこの場所に来たのですが、まさか頼れる方が他にもいらっしゃるとは」
どうやらロビンは姫的に最後の希望だったらしい。雰囲気や先程の動きから察するに、かなりの冒険者なのは間違いないので、それもわからんでもない。
さて、このまま詳しい話をといきたいが、そうもいかない。幸い、倒した冒険者以外の者達は私達を遠巻きに眺めているだけだ、雰囲気的にこのまま逃げるのを見逃してくれそうだ。
騒ぎも起こしてしまったことだし、ここに長居は無用だろう。
「ワシが思うに、ここで立ち話はせんほうが良いように思うのじゃが……」
「そうだな。私もそう思う」
「今の騒ぎの中、何人か外に飛び出して行きました。どこかに場所を変えたほうが良いと思います」
ピルンはそこまで見ていたらしい。流石だ。
さて、どこに行こうか。私達はこの街に来たばかり、隠れ場所の当てなどない。
そう思ってロビンを見ると、彼は暑苦しい笑顔と共にこう言った。
「なかなか鋭い目を持つピット族だな。あんたの言うとおりだ。場所を変えよう。全員、俺についてきな」
私達はロビンに促され、ギルドの裏口から素早く外に出た。
なんか、裏口を使うことが多いな、私達は。
ピルンは有能。
次回、「ノーラの事情」に続きます。