外伝「ヨセフィーナの物語 その2」
グランク王国の王城に転移したヨセフィーナが最初に行ったのは、知り合いの魔族に会うことでした。
4大魔族が一人。変態執事マキシム。
あまり好きな相手ではありませんが、情報に強く。これからの旅について相談するのに最適なのです。
ヨセフィーナとマキシムは王城内の一室を借りて相談を始めます。
「ふむ。ヨセフィーナの目指す場所はわかりました。最新の地図を用意しましょう」
「助かります。マキシム」
紅茶のカップを手に持った美形の魔族はこうしていれば非常に好感の持てる存在です。
「お礼などいいですよ。あ、なんならこの前サイカ様に頼まれて発注したこの水着を着て頂ければ……」
いいながらマキシムが水着というか完全に紐にしかみえない何かを取り出しました。
「それ、服なの……?」
「マイクロなんとかいう由緒正しい水着です」
「本音は……?」
「エロスッ!」
「変態。ここが魔王城なら挽肉にしています……」
「ひっ……」
マキシムが相変わらずで安心しました。彼はかつて、ヨセフィーナに酷いセクハラをしてバーツ様を本気で怒らせたことがあります。
あれは凄かったです。怒ったバーツ様はマキシムをボロボロにした挙げ句、魔王山脈の山頂に捨ててきたのです。
あの出来事のあと、バーツ様に逆らう魔族はいなくなりました。良い思い出です。
「まあ、せっかく外に出られたのだから、一直線に目的地に向かうなんてせずに、少しは寄り道しても良いと思いますがね」
「それは、目的を達成したあとにさせてもらう……」
ヨセフィーナは宿題は先に片づけるタイプなのです。生まれつきの魔族なので宿題を与えられたことはありませんが。
「それに、移動は徒歩や既存の交通機関を使います。少しは観光も楽しめるはず……」
「それはいい。少し待ってください。地図とは別にお勧めのお店なども紙に書いておきます」
そう言うと、マキシムは部屋から退室したのでした。
なんだかんだで、身内に親切で面倒見の良い魔族ではあるのです。
○○○
「ではヨセフィーナ。私はここで。何かあったら魔王城に連絡を。お気をつけて」
「ありがとう。マキシム」
「そうそう。貴方の行き先ですが、一部に治安が怪しいところがあります。手を回しておきますから、冒険者ギルドなどで情報を当たるとよいかと」
グランク王国王城での別れ際、マキシムが世話をやいてくれました。
この魔族。基本的には有能なのです。短い時間で色々と準備を整えてくれたようです。
「では、良い旅を。ヨセフィーナ。……帰ってきたらあの水着、着て貰えませんかね?」
「あなたの目を潰してからなら……」
「ひっ……」
和やかな別れの挨拶を交わして、ヨセフィーナは王城から旅立つのでした。
ちなみに正門から出ると目立つので、こっそりと裏の方からです。バーツ様と同じですね。
そこからはグランク王国の王都を観光しているようなものでした。
まず、最近完成した路面電車というのに乗りました。
サイカ様が「電気じゃなくて魔力で動いてるのに電車ってなによ」と文句を言っていたものですが、とても便利です。
グランク王国の王都は高い建物が多く、地面も石畳です。レールというものの上を走る路面電車は快適で、風景を楽しみながらのんびり移動できました。
さて、観光名所は沢山ありますが。ヨセフィーナはまず向かわなければならない場所があります。
王城から少し離れた場所にある大きな建物。
それは白い石造りで、新しいです。人が沢山出入りしていて、胸には皆、同じ物がぶらさがっています。
グランク王国内に作られた最大の調和神の神殿がここにあるのです。
神殿の中は小綺麗に片付いたすっきりした印象です。
これはバーツ様が華美なものを好きじゃなかったという逸話にならっての装飾で、調和神の神殿は大体シンプルな感じになっています。
神殿の奥にはバーツ様の巨大な神像がおかれています。
多くの方が、祈っています。調和神は多くの祝福をくれますし、破壊神よりも穏当なので信者が多いのです。
ヨセフィーナも椅子に座り。バーツ様に向かって祈ります。
『バーツ様。ヨセフィーナはこれから旅立ちます。無事な旅でありますよう、力をお貸しください……』
『わかった』
返事が来ました。
周囲が「おおっ、神像が! あ、そこにいる女の子も光ってるぞ!」とか騒いでいるのが聞こえます。
貴重な機会です。ヨセフィーナは祈りに精神を集中します。
『フィンディ様に言われた通り、中央山地を目指します。徒歩で』
『なんなら加護で移動させてもいいんだが?』
『いえ、初めてのお出かけですから。外を楽しみたくて……』
そう言うと、祈りの向こうで、バーツ様が笑ったような気がしました。
『そういうことならヨセフィーナに任せよう。私は急いでいないから、ゆっくり外の世界を楽しむといい』
『ありがとうございます……』
バーツ様は相変わらずの優しさです。こうして縁のある者が祈れば、たまに会話してくださるくらいに。
『おお、ヨセフィーナ。無事に外に出れたようじゃな。良かったの』
ヨセフィーナとバーツ様の時間に紛れ込んできたのはフィンディ様です。
この破壊神、たまに割り込んでくるのが厄介です。
『フィンディ様、ありがとうございます……』
『なに、気にするでない。ワシもお主のことは気になっておったからのう』
『おかげで外にでることができました。感謝してます。加護はいらないですけど……』
『なんじゃ、再生神の方が便利じゃぞ。調和神はこう、直接的なものがなくて不便だと思うんじゃが』
『フィンディ。ヨセフィーナは私の信者だ。露骨な勧誘はやめてくれないか?』
『む。お前様ばかり優秀な信者が多くてずるいのじゃ。少しはワシに譲歩せんか』
『それは無理だ。義父上にも「信者は自力で獲得せよ」と言われているはずだ』
『むう。そこで父上を出すのはずるいぞ、お前様……』
なんか頭の中でしょうもない口喧嘩がはじまりました。ちっ。
『二人とも、そういうのはヨセフィーナのいないところでお願いします』
『すまない。何かあったら力は貸すので安心して欲しい』
『異常な事態があったらワシでもバーツでもいいから、祈るんじゃぞ。必ず助けるのじゃ』
『ありがとうございます……』
なんだかんだで、二人とも優しいのです。
フィンディ様に対する思いはちょっと複雑なのですが、そこは認めなくてはいけません。
「……行きますか」
祈りを終えて、顔を上げて呟くと、周囲の人達がヨセフィーナに注目していました。
「あの……でかけるので道をあけてください」
そう言うと、いきなり目の前の人達がどいてくれました。
「あの、聖女様とお呼びしても?」
偉そうな服を着た偉そうな人が言ってきました。
「違います。ただの知り合いです……」
一言そう言い残し、ヨセフィーナは神殿から凄い速さで逃げ出すのでした。
そのままの勢いで路面電車に乗り、次の目的地に向かいます。
自分の思うがまま、好きな場所にいける。
初めての経験にほんの少し、感情が高ぶっていることに気づくのでした。
とりあえず、目指すは中央山地です。
バーツさんとフィンディは祈ると声をかけてくることがあります。
そんなわけで、ヨセフィーナの旅は続きます。