外伝「魔王サイカの華麗なる日常」
お久しぶりです。
時間が空いてしまって申し訳ありません。新作を書いておりました。
「山育ちの冒険者~都会が快適なので旅には出ません~」というタイトルで連載をしております。
下の方にリンクを張ってありますので、良ければ御一読ください。
魔王の起床時刻は朝七時と決まっている。これは先代からの習慣である。
「……朝ね」
ベッドの上で目を開いたワタシは欠伸一つ漏らす事無く、パジャマ姿で寝床から出る。
ワタシはサイカ。職業は魔王。元人間。
わけあって地球から転生してきた日本人だ。
魔王という特殊な種族のおかげで、眠気を感じる事無く目覚めたワタシは一日の準備を始める。
鏡の前で人間時代から大きく変わった赤い髪に手入れをしていると、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼します……。おはようございます、サイカ様」
入ってきたのは漆黒の髪にラベンダー色のドレスを着た人形のような少女。
彼女の名前はヨセフィーナ。私の大切な友人だ。
それと同時に彼女は魔王城の化身という特殊な魔族であり、ワタシの秘書である。
「朝食が出来ています。お着替えは手伝いますか……?」
「大丈夫。先に行っていて」
そう言うと素直に退出してくれる。最初の頃は何かとワタシの世話を焼こうとした彼女だが、今では十分な信頼関係が構築されているのだ。
魔王の制服である黒い衣装を着て、朝食に向かう。
その気になれば食事も必要ないのだが、こういった習慣は人間性を保つために必要だとワタシは思っている。
来客が無いときの朝食はヨセフィーナと二人だ。
何時の頃からか、小さな部屋で簡単な食事をしながら、その日の打ち合わせをするのが日課になった。
今日は海の見える部屋でグランク王国産の焼き魚と納豆とご飯という和食を頂くことにした。
ワタシより先に異世界転移していた現国王のおかげで食生活に困らないのは本当にありがたい。
食事を済ませ、お茶を飲み始めたところでヨセフィーナが口を開いた。
「サイカ様。昨夜、グランク王国から連絡がありました……」
夜間の連絡はそこそこ重要な案件を意味する。
火急の用件ならば、夜中でもたたき起こされているだろうから非常事態では無いだろうけど、看過できない何かが起きたと言う事である。
「第三王妃ロスティア様からの連絡で、助けて欲しいそうです……」
「そう……わかったわ」
その名を聞いて、どんな事態かワタシにはある程度察しがついた。
どうやら、少しばかり忙しくなりそうだ。
○○○
食事を終えて魔王城の面々へ今日の仕事を託したワタシは、転移魔術陣を利用した。
行き先は人類最大の国、グランク王国。その王城だ。
そこで第三王妃ロスティアに会わなければならない。
王城へは転移魔術で一瞬で到着。
ワタシは城内を我が物顔で歩く。この城に来て数年。すっかり顔なじみなのである。
行く先は王城内に設けられた王妃のための建物の一つ、地味だが堅牢な作りの建物だ。
到着して門番に挨拶すると、少しのやりとりのあと、中に通してくれた。
落ちついた調度品で整えられた応接で五分ほど待つと、目的の人物がやってきた。
「お待たせして申し訳ありませんでした。サイカ様」
入るなり頭を下げてきたのは、褐色の肌に銀髪巨乳の魔族の美女。
彼女こそがダイテツの第三王妃ロスティアだ。
グランク王国においては軍事に関わり、ワタシの前に現れた今も簡単な鎧を身に着け、剣を腰に佩いている。
「気にしないでいいわよ。あと、貴方はワタシの配下じゃないんだから、様は不要だといつも言っているはずだけれど?」
「そうはいっても、魔王様ですから……」
彼女は非常に生真面目な魔族だ。
なんでもダイテツと出会った時は敵対していたが、自分の護る魔族の集落のために協力し合って仲間となったらしい。
ダイテツに聞いたところ、何度もラッキースケベ的なイベントが発生し、現在に至るそうだ。
多分、ちょろインとかいう人種だと思う。
そんなロスティアの尊敬する人は魔王軍の大戦鬼クルッポ。
なんでも大昔に両親が助けられたらしく、初めて会った時など感動で泣いていた。
その敬意は本物で、今も剣の鞘にクルッポストラップが揺れていたりする。
戦闘の実力はそこそこで魔王軍でいうと中の上くらい。世界全体では上の方なので悪くは無い。
どちらかというと組織運営の得意な王妃様である。
あと、非常に真面目なのでワタシみたいなにわか魔王に敬意を示してくれる。
「それで、相談って何かしら?」
彼女は非常に優秀だ。ワタシよりもよっぽど。
それがワタシに助けを求めると言う事は魔族絡みで何かがあったということだ。
魔王でしか解決できないような事態が起きているのだろう。
「グランク王国内では魔族との融和を図るため、積極的に雇用の場を設けているのはご存じかと思いますが……」
「ええ、本当に感謝してるわ。うちの者に飲食店まで開業させてくれて」
ワタシが世界に現れた後、グランク王国と関係を結ぶ中で行った事業が魔族との宥和政策だ。
そのために魔王軍からは優秀な人材を派遣、そこで得た技術とワタシとダイテツの現代日本の知識を総動員して魔族による飲食店の経営が始まった。
今のところ事業は順調。魔族の雇用と社会参加に大いに役立っている。
そのはずなのだけれど。
「その、一部の飲食店に問題がありまして……」
「はい? 問題? なんかいけないものでも混ぜる輩でもいたの?」
「いえ、それでしたらこちらで対処できます。もっとこう、手を出しにくいといいますか、なんというか」
彼女にしては歯切れの悪い返答だ。
口にしにくいようなことでも起きているのだろうか。
「ワタシは貴方とこの国の味方よ。だから安心して」
笑みを浮かべながら、自分でも意識して強く言ってあげた。
魔王軍にとってグランク王国と敵対するのは致命傷になる。ワタシはそれを避けるためには出来るだけのことをしなければならない。
「……一部の飲食店で、その、夜になるといかがわしい衣装を着てサービスをしているようでして」
「はい? えっと、それって……」
グランク国王ダイテツは遊び好きだ。それ故に、その手の店に関する法律は良く整っている。
たしか、決まった地域にしかそれ系統の店は出店できないはず。
ワタシの考えている事が伝わったのか、ロスティアが頷いていう。
「お察しの通り、グランク王国の法律を違反しています。しかし、上手い具合に店の場所を変えまくる上に、主犯が問題でして」
主犯が問題。困った顔でロスティアが言った瞬間、ワタシは全てを理解した。
彼女が手出しを悩むような奴が犯人なのだ。
そして、ワタシの知る限り、そういう奴は一人しか居ない。
「なるほど。犯人はマキシムの奴ってことね」
「はい……」
魔王軍四大魔族の一人、変態執事マキシム。
名前からすると完全に駄目な奴だが、実はそうでもないのが問題だ。
見た目は金髪碧眼の美青年。涼やかな声と所作が目につくイケメンだ。
しかし、あいつは見た目はどこぞの調和神とは違って真のイケメンなのだが、中身が残念なのである。
基本は有能。大抵の事は水準以上にこなすし、機転も効く。戦闘でもクルッポと互角くらいの実力はある類い希なる人材だ。
問題はマキシムがたまに本能のままに行動する事である。それも微妙に下ネタ方向に。
北の魔王城時代、その性格がたたって、あのバーツさんを激怒させ、今でもヨセフィーナに嫌われているといえばその罪深さが伝わるだろうか。
魔王軍は優秀な人材としてマキシムを派遣しており、良い成果をあげていたのだが、ここに来て馬脚を現した、ということだろう。
これは対処しなければならない。魔王として。
「ロスティア。詳しく話して頂戴。内偵を進めてすぐに対処するから」
「た、助かります。こんなことで魔王軍との関係を壊すわけにもいきませんから……」
マキシムを表だって対処すれば魔王軍の評判に影響する。
ロスティアはワタシ達に気をつかってくれたのだ。感謝しかない。
「身内の恥は、ワタシが責任を持って対処するわ」
さて、どうしてやろうか、あの野郎。
○○○
二日後、ワタシは準備を整えていた。
幸いだったのは、ワタシのダーリンこと大陸随一の冒険者ロビンが戻っていたことだ。
ダーリンに頼めたおかげで、件の店に関する情報が二日で集まったのだ。
今、ワタシは手の中に小さな水晶球を持ち、路地裏からロスティアと共に一軒の店を監視している。
ちなみにダーリンには魔王城の仕事に行って貰っている。少しも一緒の時間がとれなくて申し訳ない。
今度、海で遊んだりしたいなぁ。
そんなことを考えていると、ロスティアが口を開いた。
「サイカ様、別に監視している者がマキシム様の所在を確認しました」
「よし、踏み込むわよ」
ワタシ達が監視していたのは普通の二階建ての飲食店。
だが、この店は特定の日の夜だけ、二階でいかがわしいサービスを行っているという。
今日がその日だ。
すでに時刻は夜。調和と破壊の神の加護である月の光が今夜も眩しい。
店は閉店直後。これから夜の準備にとりかかるべく、マキシムが入ったところだ。
「魔王様の時間だオラァ!!」
叫びと共に、空を飛んで二階の窓をぶち破って侵入した。勿論、ロスティアも一緒だ。
「な、なにごとですか! はっ、あ、あなたは……っ。魔王様と王妃様が何故ここに!!」
中にいたのは金髪碧眼の美青年と女性魔族が数名。
いまのところ、普通の飲み屋的な雰囲気しか無い。これからいかがわしくする所だったのだろう。
「仕事で来たのよ。マキシム、あんた、夜になると違法な店を開いてるでしょ」
「な、なんのことやらわかりませなんぁ……」
イケメン顔が台無しな、粘着質な笑顔でそう返すマキシム。
コイツ、しらを切れると思ってるな。
「証拠はあがってるのよ! ロスティアからの証言もある。魔王軍の一員として罰を受けてもらうからね」
「だ、だから何のことやら。小生はここで同僚をねぎらう会を開こうとしていただけですよ。それともこれまで真面目に働いていた小生を信用できないとでも? ああ、嘆かわしい。小生、バーツ様にお仕えしだした頃から心を入れ替えて精錬潔白に人生を送ろうと決意し、その信念に従い粉骨砕身魔王軍のために努力、奮闘、商売を……」
マキシムの奴が顔に汗を浮かべながら必死に早口で弁解を始めた。
こいつ、誤魔化す気だ。
「くっ、たしかにマキシム様が頑張っておられたのは事実……」
なんかロスティアが説得され掛かってるし。
「そう! その通り! そもそも証拠でもあるのですかな、魔王様! 小生が違法なことをしているという証拠が!!」
形勢有利とみたマキシムがワタシを指さして宣言した。
「あるわよ」
「……は?」
「だから、あるわよ、証拠。ほら」
そう言って、ワタシは掌の中にあった水晶球に魔力を通した。
水晶球が輝きだし、ワタシ達の前に映像を映し出す。
「こ、これは、なんの魔術具ですかな?」
「これは『記録の水晶球』といってね。フィンディが残してくれたありがた魔術具なの。その場の状況を記録し、投影する機能があるのよ」
そんなわけで、ワタシのダーリンが隠し撮りしてきてくれた映像が目の前に展開された。
『ガハハハハ! この国はエロ関係の店がいい感じに規制されてるから、隠れてやり放題ですぞお!』
『金儲けには多少は法を犯すのも必要! それにほら、本能には逆らえませんから!』
『ほらほら! お客様も、バイーン! バイーン!』
最後の場面で水晶球を握りつぶしかけたわ。
何度見てもイラつく映像だわ。ダーリンもなんか店に馴染んでるし。仕事とは言え納得しかねる。
ワタシは感情を抑えつつ、映像を止めて、優しくマキシムに語りかける。
「それで、証拠がなんだって?」
「こ、これは他人のそら似ですな。うぅむ。実に小生に良く似ている。敵対勢力の罠ですかな?」
お前の敵対勢力は目の前にいるぞ。
「ふぅん? じゃあ、偉大なる調和神に事の真偽を確かめてもいいんだけど?」
「そ、それだけはごかんべんを!!」
調和神の名を出すなり、マキシムが土下座した。
バーツさんはマキシムには非常に厳しい態度をとるのだ。それは神になっても変わらない。
きっとここでワタシが祈れば即座に神罰が執行されるだろう。
「マキシム様。なぜこのようなことをしたのですか?」
心底悲しそうに、ロスティアが問いかける。
すると、どこかいじけた子供のような態度でマキシムが言う。
「な、なんか面白そうだったので。つい……」
変態執事マキシム。
こいつの一番厄介なところは、行動理念そのものだ。
「じゃあ、反省してるのね?」
「も、勿論です。さーて、明日から真面目に働かないとなー」
さりげなく逃げようとしたので、マキシムの肩を掴む。
「少し、魔王城で頭冷やそうか」
「ヒッ!!」
ワタシの優しい微笑みを見て、マキシムはその場で失神した。
即座に懐から取り出したロープでグルグル巻きにする。
「じゃ、こいつも捕まえたし帰るわ。後の事は宜しく」
「あ、はい」
犯人を捕らえたので夜の飲食店についてはとりあえず一時閉店だ。
今後の対応はダイテツと共に考える事になっている。
決められた場所でさえ営業すれば、その手の店も法に触れないのだ。考える余地くらいはある。
その辺ワタシは専門外なので、グランク王国の皆さんにお願いするとしよう。
「ごめんなさいね。四大魔族なんて、手を出しにくいでしょう」
「いえ、普段は良い方ですし……」
残念な物を見る目でマキシムを見るロスティア。
今回のことがあるまでは、マキシムが魔王軍のために必死に働いてくれたのも事実なのだ。
「……こいつのガス抜きも見当してみる」
「宜しくお願いします」
ワタシの回答に満足そうにロスティアが頷いた。
「それじゃ、ワタシは転移魔術で帰らせてもらうわ」
「はい。お気を付けて」
「貴方もね」
短く言葉をつげて、ワタシは転移魔術を展開する。
ようやく安らぎの魔王城に帰れる。魔王の仕事なんていってもこんな雑用ばかりだ。
でも、悪くない。
地球での暮らしと違って、ちゃんと休めているし、充実している。
明日も魔王、頑張ろう。
そんなわけで本編で出番のなかったマキシムとダイテツの奥さん登場です。
ダイテツの奥さんはあと二人いるので、続けて登場させたいと思います。