外伝「遅すぎた女」その3
翌日の会議は王都から遠く離れた魔王城で行われました。転移魔術陣があるので一瞬で行けるのです。
この日の参加者は昨日のメンバーに加えてクラーニャ様とヨセフィーナ様です。
ヨセフィーナ様は美しい黒髪を持つ美しい少女の魔族です。魔王城の化身であり、四大魔族の一人として、サイカ様をよく支えています。
そして何より、バーツ様の魔王時代、非常に仲良くしていた方でもあるのです。
「よし。全員着席したな。とりあえず、昨日はごくろうさん。おかげで即日解決だ」
「解決が早かったのがせめてもの救いね」
サイカ様の言葉に、全員が同意します。
ただし、一名を除いて。
「まったく、どういうことですの! いきなり魔術で見つけ出したと思ったら、再会を喜ぶでもなく捕獲とか、非常識ですわよ!」
「夜分に少年を襲うのは非常識ではないのか?」
「うっ。そ、それはサキュバスの習性ですし……加減はしてますし……」
威勢良く始めた抗議は、クルッポ様の指摘でいきなり弱まりました。
そんなわけで、今日の議題はクラーニャ様の処遇をどうするかです。
「クラーニャ。手荒な真似をしたことは謝るわ。でも、わかってちょうだい、今、魔王軍はグランク王国と同盟中で、魔族が騒ぎを起こすのは困るのよ」
「……四大魔族が事件を起こすなんて、言語道断です」
「そ、そうだったんですの。それは……申し訳ないことをしましたわ」
サイカ様の説明とヨセフィーナ様の捕捉を聞いて、クラーニャ様が素直に謝罪の言葉を口にしました。……悪い方ではないのです。
「今頃グランク王国に現れるなど、これまで何をしていたのだ?」
クルッポ様の問いかけに、話題を変えるチャンスとばかりにクラーニャ様は食いつきました。
「一年前まで黎明の国にいたんですけど、ちょっと飽きたんで美少年を求めて旅立ったんですの。そしたら、空に大きな星が現れたのに驚きまして、これは何かあったと思って魔王城を目指したのですわ」
「それで、一年以上かけてグランク王国ですか……」
思い出しました。クラーニャ様は致命的な方向音痴です。ふらふらと大陸中を彷徨って、ようやくグランク王国に到達したのでしょう。
「まさか一年かかるとはわたくしも思いませんでしたわ。あ、でも色々と報告したいことはありますの。もう一年以上前ですけれど、バーツ様と会いましたのよ? そこのピルン様と、フィンディ様という神世エルフと一緒でした。あ、あと最近、色んな街にバーツ様とフィンディ様によく似た像が……」
「クラーニャ」
早口でまくしたてるクラーニャ様を、強い口調でサイカ様が押しとどめました。
「その話は、一年ちょっと前に、終わったわ」
「あ、はい…………」
寂しそうに静かになるクラーニャ様。ちょっと可哀想ですが、わたし以外の皆さんは「こいつホント何やってたんだ?」という目で見ています。
「サイカ様、クラーニャですが……」
室内に、ヨセフィーナ様の小さいけれど良く通る声が響きました。魔王城内に限り、ヨセフィーナ様の言葉はよく聞こえるそうです。
きっと、擁護してくれると思ったのでしょう、クラーニャ様の表情が喜びに輝きました。
「このサキュバスは四大魔族……いえ、魔王軍の面汚しです。できるだけ厳しい罰を与えましょう……」
「なっ。なんでですのヨセフィーナ!! 優しい貴方がなんでそこまでっ」
「ヨセフィーナは変わったのです……」
予想外に厳しいことを言われて慌てるクラーニャ様。でも、仕方ないことなのです。
今のヨセフィーナ様は「バーツ様が帰ってきた時、魔族と共存する良い世界を見せる」ことを目標に、日々頑張っています。
その目標を全力で邪魔したクラーニャ様に厳しい態度を取るの当然のことでしょう。
ヨセフィーナ様の追求は続きます。
「……そもそも、クラーニャだけ四大魔族なのに、何も貢献していない」
「なっ! どういうことですの!」
「クルッポはグッズのモデル。ヨセフィーナは魔王城のリゾート化で貢献してくれてるわね」
「マキシムは! ここにいないあの変態執事はどうなんですの!」
「あいつならグランク王国で料理を憶えて、魔王城で料理教えたり、レストランを経営してるぜ」
マキシム様の経営するレストランは好評で、グランク王国内に支店ができるほどです。おかげで、魔族の雇用とイメージアップに大きく貢献しています。
ヨセフィーナ様の言うとおり、魔王城からでている間に、クラーニャ様はかなり不利な立場になってしまったようですね。
「こ、これはピンチですわ。そ、そうだ、バーツ様! ピルンさん、バーツ様はどこですの! あの人ならきっと助けて……」
「バーツ様なら天の上です」
そっけなく回答すると、クラーニャ様は「えっ……」と言った後、呆然とした様子になりました。
「そ……そんな……。バーツ様が……、冗談……ですわよね?」
察しました。言い方が悪かったようです。普通、「天の上」と言われれば、死んだものと判断するものです。まず「神になった」という発想は出て来ません。
クラーニャ様が机に突っ伏しました。この場の誰も訂正しません。多分、面白そうだからでしょう。
「ますわ……」
「クラーニャ、何か言った?」
「……受けますわ。どんな罰でも。バーツ様がいなくなるほど大変な時に、魔王城にいなかったんですもの。命を取られても仕方ないことですわ。好きにしてくださいませ……」
顔を起こしたクラーニャ様は、涙を流しながらそう語りました。色々勘違いしていますが、この方が大変な時にいなかったのは確かなので、やはり周囲から訂正は入りません。
「……説明は後でいいか。さて、みんな、どうしましょ? クラーニャはこの通り、どんな罰でも受けるそうよ?」
「ふーむ。そうですな。サキュバスとしての活動さえ控えてくれれば良いのですが」
「そうね。難しいなら最悪、ダイテツに頼んで娼館でも紹介して貰うしか」
「おい。俺が娼館に詳しい前提で話してねぇか?」
これは事実です。20代の頃、夜遊びしすぎて奥様方に半殺しにされる姿をよく見かけました。
「クラーニャ様は大魔族なわけですから、娼館行きはちょっと……」
「……いっそ経営させればいい」
ヨセフィーナ様がとんでもないことを吐き捨てたのがきっかけで、議論の方向がそっち寄りになりました。
わたし達があーでもないこーでもないと話し合っていると、クラーニャ様が遠慮がちに手を上げました。
「……あの、これまで黙っていましたけれど、わたくし、手で触れただけでも精気を吸収できますの」
「………………」
その場の全員が、目で語りました「何でそれを早く言わない」と。
「アンタ、そんなことが出来るなら、なんで男の子襲ってたのよ」
「そ、それは趣味ですわ。高尚な」
その返答を聞き、サイカ様が半目でクラーニャ様を睨みながら言いました。
「……決めた。この島でアイドルデビューさせて握手会やる。ファンからちょっとずつ精気吸うならいいでしょ」
「名案だなそれ。まあ、クラーニャの見た目的に、集まるのはいい歳した男ばっかりだろうが、仕方ねぇな」
異世界人二人がそのままテキパキと、なにやら話し合いはじめました。
「なんのことだかわかりませぬが、話の方向性が決まったようですな」
「………サイカ様とダイテツさんがわけのわからない話を始めると、いいことが起きる」
そんなことを言い残し、クルッポ様とヨセフィーナ様は席を立ちました。
実際、異世界人のこの二人よくわからない話題を始めると、しばらくして驚くようなことが起きるのです。
後はお二人に任せて大丈夫でしょう。
「では、クラーニャ様。後はサイカ様とダイテツの言われるままにしてください」
「え、なんですの! ワタクシはなにをやらされるんですの!」
「わたしにはわかりかねます」
そう言い残して、わたしも席を立ちました。主君にして信仰の対象であるバーツ様のために、仕事が山積みなのです。
「よし、クラーニャ。まずは衣装のために、身体のサイズを測らせて貰うわ。ダイテツ、メモ」
「わかったぜ。動くんじゃねぇぞ。どんな罰も受けるんだろ?」
室内で立ち上がった二人がクラーニャ様ににじり寄っていきましたが、見なかったことにしました。
「い、いやああああ! なんだか嫌な予感がしますわあああ!」
魔王城の廊下に、サキュバスの叫び声が響き渡ります。
バーツ様、今日も世界は平和です。少なくとも、わたしの周囲は。
外伝について「このキャラのエピソードが見たい」といったものがあれば感想欄などに要望ください。話を思いついたら書こうと思います。