93話「そして神界へ」
神々の館、女神の現れた部屋に三つの人影が現れた。
「よお、何とか俺だけは来れたぜ」
「全く驚いたわよ、結婚とか言い出して」
「バーツ様、フィンディ様、ご結婚おめでとうございます。このクルッポ、心より祝福いたしますぞ!!」
三者三様の挨拶で転移魔術陣から出てきたのは、グランク国王ダイテツ、魔王サイカ、大戦鬼クルッポである。
私達の神界行きの目処がたったと連絡したら、わざわざ神々の館まで来てくれたのだ。連絡ついでに、私とフィンディの結婚について伝えたら、ダイテツなど意地でも来ようとしていた。
「ダイテツは一人か。サイカ、ロビンは来なかったのか?」
「ロビンに仕事を押しつけてきたのよ。クルッポは護衛。本当はヨセフィーナを連れてきたかったんだけどね……」
ヨセフィーナは魔王城の化身という種族の特性上、城から出ることができない。残念だが、こればかりは仕方ない。
「俺の方は片っ端から仕事を放り投げて来たぜ。……後で殺されるかもしれねぇ」
そう言うダイテツの顔色は悪かった。これは相当不味い状況でここに来たな。
「大丈夫なのか? 無理をして来なくても……」
「フィンディと結婚したなんて聞かされれば来るに決まってるだろ! しかし、こんなタイミングでくっつくとはなぁ」
「ま、まあ、ワシらもワシらで色々あるのじゃ。あんまり言うでない」
「あら。フィンディが照れてるわ。レアな表情ね」
「結婚式を準備できないのが本当に残念ですぞ!!」
現れるなり話題は私とフィンディのことになった。まあ、気持ちはわかる。
「……あの、貴方が魔王サイカさん、ですか?」
フィンディを質問攻めしているサイカに対して、ルーンがおずおずと進み出て話しかけた。
勇者と魔王を会わせるのは危険だと判断していたが、女神ミルスから「大丈夫です」とお墨付きを貰ったので、二人を会わせることにしたのだった。
サイカはフィンディの顔を赤くする作業をやめて、ルーンに向かって笑顔で挨拶した。
「初めまして。勇者ルーンさん。会えて嬉しいわ。……かわいい顔してるわね」
その一言にラナリーが反応してサイカを睨みつけた。何故だかわからないが、凄い眼力だ。
勇者と魔王はそんなことは気にせずに、話を続ける。
「色々とバーツ様にお任せすることになってしまいましたが、貴方が平和的な魔王で嬉しいです」
「ワタシもよ。平和的な勇者と魔王であったと記録されるようにしましょう。……ところで、凄く可愛い服があるんだけど着てみない?」
「え? あの、ボク、男ですよ?」
「ルーン君! わかりあえてもその人は魔王なのですぅ! 危険なのですぅ!」
「あらあら」
いきなり二人の間に割って入るラナリー。余裕で受け答えをするサイカ。
なんだか賑やかだ。
面白いので眺めていると、クルッポが私達の前にやって来た。
「フィンディ様にヨセフィーナから伝言を預かっております。『バーツ様のことは頼みます』とのことです」
「……どういうことだ?」
「実は、初めて魔王城に行った時にヨセフィーナと色々と話してのう。その際に『自分達はバーツ様に守られる立場だが、フィンディ様ならバーツ様を守ることができます』と、お主のことを頼まれておったのじゃ」
そんなことがあったのか。ヨセフィーナの目からは私が魔王軍を護らねばと気負っているように映っていたのだろうか。
「ヨセフィーナは心配性だな」
「そのくらいお前様が好かれておったのじゃよ。そうじゃ、これをヨセフィーナに渡してくれんかのう」
そう言いながら、フィンディはクルッポに小さな箱を渡した。何だかわからないが、かなり強い魔力を感じる。強力な魔術具に違いない。
「確かに、承りました」
私達がそんなやり取りをしていると、女神ミルスが問いかけてきた。
「見送りの人員はこれだけで良いのですか? もっと沢山呼んでも良いのですよ?」
私達に気をつかって、神々の館までの転移魔術を設置してくれたのは彼女だ。美しく優しい性格は神世エルフ時代から変わらないそうだ。
「問題ないのじゃ。神になってこの世界に戻って来てから、盛大に結婚式を挙げてやるのじゃ」
「ふふ、その時は私も呼んでくださいね。フィラルディア」
楽しそうに微笑む女神の前に、ラナリーとの会話を終えたサイカがやってきた。。
「久しぶりね。女神様」
「お久しぶりです。どうやら上手くやっているようですね」
「ええ、貴方のおかげで、第二の人生を楽しんでいるわ」
女神と魔王、二人はそんな短いやりとりをした。
「そういやよ、邪神の方はどうするんだ?」
「それはご心配には及びません。バーツさんとフィラルディアが戻ってくるまで、私が責任を持ってこの世界を守ります。エヴォスには介入させません」
なんでも権限とやらの関係でミルスがいる限り、エヴォスはこの世界に手出しできないらしい。そんなわけで、ここは一つ、女神に全てを任せることにした。
一通り話をした後に、ピルンが私の前にやってきた。
「バーツ様。これをお持ちください」
そう言って彼が出したのは簡単な製本をされたメモの束だった。
「……これは、大切なものだろう?」
「お二人との旅の記録です。ここから先、わたしは一緒にいけませんが、代わりにこれをお持ちください」
「しかし、これはピルンの……」
旅の記録を本にして出版するのをピルンは楽しみにしていた。合間合間で、こんな本にしたいと私とフィンディに語ることもあった。
そんな大事な原稿を受け取っていいのだろうか。
「差し上げるわけではありません。バーツ様が神界での出来事を記述して、そのうちわたしに返してくださいね」
笑みを浮かべながら、ピルンはそう言った。
彼の目には、少しだけ涙が浮かんでいた。
神界に行き、神となればこの世界へ現れるのは難しい。ミルスに聞いたところ、神の顕界というのは条件が厳しいらしい。
これが今生の別れになる可能性は、非常に高いことをピルンは聞いている。
「……ピルン、本当に世話になった。君は私の大切な友人だ」
「バーツ様……。もったいないお言葉です……」
ピルンは優秀なピット族だ。
グランク王国で重要な地位にあり、勇者の仲間の暗殺者の不意をうてるほどの腕前があり、あらゆる方面で私の旅を助けてくれる優秀さを備えている。
そもそも戦いにも旅にも向かないピット族の身でこれほどまでの実力を身につけるまで、どれだけの研鑽を積んだのか見当もつかない。
そんな彼でも、ここから先の旅へ連れて行くことはできない。
彼には妻子がいる。
待っている家族がいるピルンを、帰れる見込みのない場所まで連れ回すわけにはいかない。
――そもそも彼は、何百年も前の祖先が私に救われたという理由だけでついてきてくれていたのだから。
「さらばじゃピルン。なに、そのうち会える方法を編み出してみせるのじゃ」
「短い別れになるように努力しよう」
「はい……。お二人ならきっと、すぐに会えると信じております……。わたし達も、できる限りのことしますので……」
ピルンの涙は止まらなかった。
その場の誰も、泣くなとは言わない。こういう場合に流す涙は悪いものではないのだから。
「……女神ミルス。宜しく頼む」
「良いのですか? 時間に余裕はあるのですが」
「名残は尽きなくて、長話してしまいそうでな」
神界へ行く決意がにぶりそうだ。この世界は離れがたいことが多すぎる。
「承知致しました。では、いきますよ」
女神ミルスが軽く手を掲げると、部屋の中央に小さな光が生まれた。
光はだんだん大きくなり、最終的に四角い扉のようになった。
淡く輝く光の扉の向こうには、どことも知れない草原が見える。
「あの向こうが神界か……」
「フィラルディアのよく知る場所に通じています。その方が色々と楽でしょうから」
「色々と世話をかけるのう。……では、行くとしようか、お前様」
フィンディが小さな手を差し出してきた。皆の前で手を繋いでいけということか。まあいい。
手を繋いで光の扉に向かって歩く。
扉の前で振り返り、並んでいる面々を見渡した。
ピルンはもう笑っていた。他の皆も同様だ。
「それでは、行ってくる」
「皆の者、元気でいるのじゃぞ」
一礼した後、私はフィンディと共に扉をくぐった。
次回から最終章になります。
宜しければ最後までお付き合いください。