願ったり叶ったりだよ
「どうして、この方はこんなに不貞腐れているのかしら?」
オレア・グレイシアに帰る馬車の中、ユリアが俺にそっと尋ねる。他の冒険者たちと互いに向き合うように座っていたのだが、そのほとんどが頭を垂れて眠っていた。
そんななか、俺の隣に座っているジェンツーは腕組をし、わざととしか思えないほど激しく貧乏ゆすりをしていた。不貞腐れているかどうかはさておき、明らかにイラついている。
ゴブリンの集団が消えたあと、ジェンツーと俺でその周辺を探っていたが、めぼしいものは何もなかった。見つけたものといえば、スライムの雫だけだった。ジェンツーは、「スライムなんていなかっただろうが!」と激昂していたが、あの無限に現れるゴブリンがスライムの仕業であったと考えると、頷ける。
ただ、スライムは増殖はするものの、他の魔物に化けるなどという性質があるというのは聞いたことがない。
その後、夜が明け、任務は終了した。ピジョン村のギルドに帰り報酬を受け取るとき、ジェンツーが見苦しく何度も夜の出来事を主張していたが、誰も耳を貸さなかった。やはり、村の役人も他の冒険者もスライムが他の魔物に化けていたという仮説は、受け入れられないようだった。
その後も、ジェンツーがあまりにしつこく力説するせいで、危うく見張り代ももらえなくなりそうだった。
「おまえら、昨日何してたんだ?」
目の前に座っていたヤギの角を持つ悪魔が、口を開いた。昨夜、一緒の見張り台で見張りをし、ジェンツーと言い争いになった悪魔だ。役職までは定かではなかったが、がたいはよく、大きな斧を背中に背負っていた。どうやら、彼は眠っていなかったらしい。
「もちろん、魔物退治よ!」
ユリアが得意げに胸を張る。それを見た悪魔は小さく息を漏らすように笑う。
「何かおかしくて?」
「どうせ、ホッピングオオカミの相手でもしてたんだろ。あれはおとなしいから、初心者冒険者の相手としては、おあつらえむきだ。無意味な討伐はするものじゃない。」
悪魔の威圧的な言葉に、ユリアは口をつぐむ。
「おい。俺らをおまえらみたいな気まぐれ冒険者どもと一緒にするんじゃねえぞ。」
ジェンツーが立ち上がり、悪魔に掴みかかる。すると、眠っていたはずの悪魔の仲間と思われる冒険者が一斉に目を開け、それぞれ武器に手をやる。悪魔は軽く手を上げ、それを制止する。
「悪いが、俺たちはもう10年近く冒険者をしている。だからこそ、忠告しているんだ。勝手な行動はするものじゃない。」
「そうかよ。だったら、あのゴブリン、ほっときゃよかったなあ。今頃、あの村はゴブリンの村になっていただろうに。おまえらの職務怠慢のせいで。」
「ゴブリンはいなかったんだろう?」
悪魔を掴むジェンツーの手に力が入る。このままだと、ちょっとした喧嘩になりそうだな。俺は立ち上がり、ジェンツーを悪魔から引き離す。
「少し、あんたに聞きたいことがある。」
「なんだ?」
「混合種にさらに別の種を混ぜ合わせることはできるのか?」
悪魔はしばらく思案すると、周囲の仲間に目配せする。仲間は、首を横に振る。
「混合種は、基本2種までだ。3種類以上の混合やさらに他の種のミックスは聞いたことがない。」
「魔法を使ってもか?」
悪魔は、俺の考えを探るように目を細め、首を傾げる。俺はユリアを見る。すると、何か思い当たることがあったのか、パッと顔色が明るくなった。
「そういえば、似たようなことができる魔法ならあるわ。一時的なものだけど、混合種と同じようなことを魔法でもできるの。」
それを聞いたジェンツーがニヤリと笑みを浮かべたので、俺はすぐにジェンツーの口を手で塞ぐ。
「そうか。ありがとう。」
俺は、悪魔とユリアに礼を言うと、ジェンツーの口を抑えたまま席に座る。それでも暴れるので、ユリアに頼み、魔法で眠ってもらった。それでも、寝言でなにやらブツブツ文句を言い続けていた。
「なんで、黙っているんだよ!あのヤギやろーの鼻をあかすチャンスだったじゃねえか!」
オレア・グレイシアに帰り着き、馬車を降りるや否や、ジェンツーの、言うなれば『口撃』が始まった。オレア・グレイシアの賑やかな雑踏の中でも目立つのではと思うほどの声量と言葉の数だった。
「言えばよかっただろ。あれは、ゴブリンとスライムの混合種だったってよ!」
「あくまで、仮説だ。そもそも、ゴブリン自体がキメラなのに、それ以上のミックスは無理だ。」
「だから、それは魔法で何とでもなるって申し上げましたわ。」
ユリアもあの悪魔のことが気に入らなかったのか、俺が何も言わなかったことに不満があるらしい。
「もしそうだとしたら、少し面倒なことになるんだ。」
「あーそうかよ!おまえ、面倒事嫌いだもんなあ!面倒なことになるくらいなら、仲間も見捨てるんだろ。」
「・・・・・・それは、本気で言っているのか。」
俺と目が合ったジェンツーの顔がひるんだ。流石に、今の言葉は聞き捨てならなかった。
「わ、悪かった。言いすぎた。おまえのこと、信頼しているよ。」
すると、ジェンツーの口数が減り、急におとなしくなった。いつも適当なことを口走るジェンツーだが、ジェンツーが俺を怒らせるようなことを言うのは、珍しかった。
つまり、それだけ今朝の出来事に腹わたが煮えくり返っていたということか。
それより、今の言い合いを見ていたユリアに愛想をつかされていないだろうか。心配になり、チラリと様子を見たが、ユリアは全く気にしていないようだった。女性冒険者向けのオシャレな携帯用食料ボックスを物珍しそうに見ていた。
「さて、今夜、ヒカリに会う予定だが――」
俺たち3人は、街の中心部にある時計塔、正確にはオレア・グレイシア議会堂の前まで来ていた。ここは街の中心部であり、そこを中心に四方八方に道が広がっている。ここを中心にして行動すると、効率がいい。
「その前に、基本的な準備をしておくか。」
昨夜の任務で、十分な報酬はもらった。これさえあれば、冒険者として基本的な道具は揃えられるはずだ。
「俺は、道具を用意するから、ジェンツーは食料を用意してくれ。」
「了解しました、隊長。」
ジェンツーはビシッと足を揃え、敬礼する。
「私はどうすればいいのかしら?」
ユリアはそれに対して何の反応も示さず、顎の下に指を当てる。
「俺かジェンツー、好きな方について行っていいぞ。」
「お!となれば、やっぱりここは――」
ジェンツーが全てを言い終わる前に、ユリアは俺の側に立つ。
「・・・・・・なに『さも当然』みたいな顔してんだよ。願ったり叶ったりだよ。俺がおまえと一緒に行動したいとでも思ってたのか?んなわけねえだろ。そもそも、俺は――」
「終わったら、酒場に集合だ。」
俺は、ジェンツーの話が長くなりそうだったので、それだけ言い残し、ユリアと一緒に買い出しに向かった。
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「――ということで、今晩、ヒカリとここから南東にある『ジュリア樹海』で待ち合わせしている。」
買い出しを終えた俺とユリアは、酒場で地図を広げ、今晩の集合場所を確認していた。ユリアはアサリのバター焼きが気に入ったのか、ひたすらそれを口に運んでいた。
「でも、ジュリア樹海は冒険者どころか魔物もいない場所として有名でしてよ。そんなところで、何をするのかしら。」
ユリアはそう言うとアサリを口に含み、頬を緩める。さっきから、その繰り返しだ。確かに、貴族にとっては、珍しい食べ物かもしれない。
「誰にも聞かれたくない話があるのかしら。」
「さあな。」
ユリアの言う通り、わざわざそんな場所に集合するということは、何か目的があるのだろう。その場所でなくてはいけない理由。
「そもそも、ジュリア樹海には、なぜ何もいないんだ。」
「そんなこともご存知ないの?常識ですわよ。いいかしら。ジュリア樹海は――」
すると、乱暴な音が鳴り響き、酒場の喧騒が一気に静まる。静まった後、ゆっくりとざわつき始めた。
俺は、音の発生源であると思われる酒場の入口を見る。すると、そこにはジェンツーが立っていた。問題は、そのジェンツーに背負われているものだった。
「・・・・・・天使。」
「アデリー!ヘルプ!ヘルプだ!」
ジェンツーはそう言うと、こちらに向かって駆け寄ってくる。どうしてこいつといると、変に目立ってしまうんだ。