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無意味な敵前逃亡はしねえ

 時間は、数時間前に遡る。俺たちは、『任務受領所』の前から馬車に乗り、ピジョン村に来ていた。ピジョン村に着いた頃には、太陽は水平線近くにあった。

 馬車には、他の冒険者も乗っており、人だけでなく、天使や悪魔と、様々だった。ユリアは、コウモリの羽を持つ悪魔を警戒しているのか、悪魔が通り過ぎるときには、俺やジェンツーをはさんでちょうど対角線上になるように位置を移動していた。

 まず、村の自警団屯所、通称ギルドに集まった。ギルドにいたのは、白髪頭の背中が曲がった爺さんと、若い騎士が数名だった。見た感じでは、みんな軍隊の兵士ではなく、冒険者のようだった。

 そこで、爺さんから、今回の任務の説明、つまりは、草原に散在する見張り台から、村を襲う魔物がいないか監視して欲しいとの説明を受けた。いつものことらしく、その顔には全く緊張感がなかった。若い騎士が、淡々と連絡用のトランシーバーを渡す。

「天使や悪魔も、冒険者になりたがるんだな。やっぱ、根本は同じなのかねえ。」

 ジェンツーが説明を受けている間、周りの冒険者を見渡しながら、そうつぶやいた。

「このうちの何人が、残るのかねえ。」

 そんなことは分からない。ただ、はっきりしていることがあるので、俺はそれをジェンツーに伝えることにする。

「一割らしいぞ。」


****


「13班。報告どうぞ。」

 トランシーバーから声が聞こえる。定期報告だ。あと1回すれば、この任務も終わりだ。

「こちら13班、異常なし。どうぞ。」

「こちら13班、ホッピングウルフの群れが楽しそうにダンスを踊っています。どうぞ。」

 俺の報告のあとに、ジェンツーの報告が割り込んでくる。思わず、下を覗くが、そこにあいつの姿はない。もちろん、見張り台の上にもいない。トランシーバーからは、退屈な報告が続いている。

「ねえ。まさか、冒険者ってこんなことばかりしているの?」

 寒いのか、ユリアがジェンツーの分の毛布を肩にかけている。

「そうだ。大抵、こんなことばかりだ。魔物と戦うなんて、1年に1回あればいいほうだ。あとは冒険者同士、仲間内で決闘ごっこしているだけだ。」

 そう。それが冒険者の実情だった。たとえ戦争が起きていたといっても、それは他の国同士の話だ。ましてや、その戦争も血で血を洗う戦いではなく、決闘バッチを使った試合のようなものをあちこちでやっているだけだ。

 そして、この国にも魔物がいるが、その魔物も一部の例外を除いて、大人しいものだ。冒険者の方が、よっぽど荒れている。決闘バッチなしの決闘をしたという冒険者がいるという話まで出てくる始末だ。

「やめるか?別に、止めはしない。」

 この国は平和すぎる。そして、それこそこの国に冒険者が八割もいるのに、実際に活動しているのが一割しかいない最大の理由だ。

 俺は、双眼鏡を覗く。すると、ホッピングウルフの群れはいなくなっていた。珍しいな。ホッピングウルフは一度その場に留まると、一日はそこに居続けると聞いていたが。

「あの、実は――」

「おい、アデリー。俺たちは運がいい。」

 いつのまにか梯子を登ってきたジェンツーが、そう切り出す。どうやら、ジェンツーも気がついたようだ。

「異常事態、か。」

 ホッピングウルフがいなくなったのは、危険を察知したからだ。そして、ホッピングウルフが逃げ出す程の危険は、村ひとつなくなるほどの驚異ということだ。

 俺は、位置と大体の距離を測ると、双眼鏡を置く。少し距離があるのが気がかりだ。念のため、トランシーバーを持っていくことにする。

「報告しなくていいのか?」

 ジェンツーが口角を上げる。俺が本部に報告しなくて、内心よろこんでいるに違いない。

「試験も兼ねていたからな。」

「ふーん。まあ、そういうことにしておいてやるよ。」

 俺とジェンツーは、そっと見張り台から降りる。ちらりと小屋の方を見やる。小屋は静かなものだった。

「声かけるか?」

 またしても、ジェンツーが意味深な笑みを浮かべる。おまえが、そうしないことは分かっている。顔がそう言っているのが分かり、こちらの心理が見透かされているのが少し不快ではあった。俺たちは、ホッピングウルフのいた場所を向く。

「ねえ、どうしたの?」

 ユリアが、ようやく梯子を降りてきた。相変わらず、毛布を肩からかけている。じっとその様子を見ていたジェンツーは、何か思いついたのか、パッと顔色が明るくなる。

「おまえの試験だよ。とりあえず、俺たちをあっちに10キロくらい飛ばせ。」

 すると、次の瞬間、見張り小屋と見張り台が消えた。代わりに、目の前にはゴブリンの大群がいた。

「ビンゴ!」

 ジェンツーが剣を抜く。ゴブリンもこちらに気がついたのか、各々、武器を構える。ざっと、数十体。これは、骨が折れそうだな。

「とりあえず、アデリーはその女どっかに隠せ。それまで、俺が時間を稼ぐ。」

 すると、ゴブリンが二人、ジェンツーに向かって飛びかかってくる。ジェンツーは、剣を横に振り、切りつける。

 隠せと言われても、ここは草原のど真ん中だぞ。とりあえず、背の高い草むらにしゃがんでもらい隠すことにする。

「ねえ。あれ何?」

 ユリアは、全く動じていないようだった。むしろ、自分が見たことないものに対して、興味津々といった感じか。目を輝かせ、こちらを見ている。

「ゴブリンだな。ヘルによくいる混合種キメラの一種で、ゴリラとチンパンジーだったか、詳しくは知らないが、ヒトに近い種を掛け合わせた魔物だ。」

「なんで、そんなことするの?」

「さあな。科学のことはよく分からん。いいか。ここから出るなよ。」

「試験はどうするのよ?」

「さっきの質問が試験だ。」

 俺は、草むらから飛び出すと、ゴブリン3体に切りかかる。多少知能のある厄介な種族だが、戦闘にはあまり慣れていないらしい。あっさり、その場に倒れる。ジェンツーも、順調に敵を切り倒しているようだ。

 これなら、なんとかなるか。俺は、次の敵に切りかかる。


****


 結構な数を切ったと思う。しかし、相手の数は一向に減らない。むしろ、増えているように見える。間合いを取ったとき、ジェンツーの背中とぶつかる。

「どうなってんだよ!こいつら、増殖してんじゃねえの!?」

 ジェンツーが目の前のゴブリンを切る。たしかに、このままではきりがない。

気になるのは、さっきからゴブリンが簡単に倒れすぎていることか。そんなものだろうと思っていたが、皮膚を切っただけでも倒れ込むことがあった。

 まさか。俺は、ある考えに至る。だとしたら、面倒だな。

 俺が、そのことをジェンツーになんとか伝えようとしたとき、その場の空気がわずかに変化した。なんとなく、風の向きが変わったような――

「おい!逃げるぞ!」

「ああ!?なんでだよ!?俺は無意味な敵前逃亡はしねえ!」

 俺は、ジェンツーの腕を無理矢理引っ張り、走り出す。ただならぬ様子に気づいてくれたか、ジェンツーは、そのまま一緒に走ってくれた。

「なんだよ、らしくないな――」

 すると、俺たちの後ろで暴風が発生する。振り返ると、竜巻が何もかもを巻き上げ、草原の草だけでなく、ゴブリンたちも宙を待っていた。少しでも気を抜くと、竜巻に飲み込まれてしまいそうな引力があった。

 次の瞬間、豪音と共に光が落ちてきた。思わず、顔を覆う。雷が竜巻の中心に落ちたのだ。

 雷が落ちるのと同時に、竜巻が徐々に収まってきた。竜巻がなくなったあと、そこには綺麗に刈られた草の山が残っていた。ところどころ、雷で燃えたと思われる草があった。

「――なに?異常気象?」

 ジェンツーは、いつもの勢いはどこへやら、あまりに衝撃的な出来事に目をパチクリさせている。

「ふう。まあ、こんなものよね。」

 草むらから、ひょっこりと顔を出す人影があった。ユリアだ。ジェンツーは、ユリアの顔を見ると、竜巻のあとを見、またユリアの顔を見た。

「ちょっと時間かかっちゃった。まだまだ、修行不足ね。」

「――今の、おまえ?」

 ユリアが大きく頷く。

「・・・・・・いやあ、すごい偶然だなあ。突然竜巻が発生して、ゴブリンを一掃したんだから。ホント、竜巻がさあ――」

「『サンダーストーム』。知らないの?結構有名な魔法だと思ってたんだけど。」

 ジェンツーの顔が変に引きつっている。たしかに、ユリアは有能な魔道士だとは思っていた。でも、まさかこんな上級魔法を扱えるまでだとは思わなかった。

「そう。さっきの質問の答えですけど、もちろん、ついて行くわ。あなた方も、私の力が必要じゃなくて?」

 たしかに、今のゴブリン退治は、ユリアの力がなければ達成できていなかっただろう。というより、ユリアがひとりでやったと言っても過言ではない。

「ユリアがよければ、大歓迎だ。」

 俺は、右手で握りこぶしを作り、右肩を軽く叩く。冒険者のサインだ。ユリアは首を傾げたが、同じように右肩を叩いた。

「それより、証拠品集めようぜ。俺たちだけでゴブリンの集団を倒しましたって言って、報酬多めにもらおうぜ。」

「いや、それは無理だろ。本部に連絡してないのに、ゴブリンの集団が出たんですっていくら証拠見せても、『そんな報告なかった』って言われておしまいだろ。」

 というより、こいつはそれが目的だったのか。俺も同じことを考えていたと思われるのは、どうも癪にさわった。ジェンツーは聞いていないのか、竜巻のあとを探り始める。

「どうして、俺たちだったんだ?他にも、冒険者はいっぱいいただろう?」

 俺は、ジェンツーの背中を見ながら、ユリアに尋ねた。ずっと気になっていたことだ。これほどまでの魔道士なら、もっと熟練の冒険者グループでも歓迎されるだろう。

 すると、ユリアは不思議そうな顔をしてすぐに答えた。

「そんなの、マスターに言われたからよ。」

「そうか。」

 まあ、そんなもんだよな。有能な魔道士が世間知らずで仲間になることだってあるのだろう。


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