私が仲間になってあげる
「あなたたち、冒険者仲間を探しているらしいわね!」
酒場でジェンツーと初任務の打ち合わせをしているとき、女性が話に割り込んできた。俺たちは、この酒場をとりあえずの拠点にすることにした。直接確認はしていないが、おそらくジェンツーもそう思っているだろう。
「なんですか、お嬢さん。おままごとはおうちの人としなさい。」
ジェンツーは、ちらりと女性を見ると、すぐに作戦書に視線を戻す。こいつも、女なら誰でもいいというわけでもないようだ。少し、安心する。
「私が仲間になってあげる!」
「そうですか。今、募集してないんでね。他をあたってくださいよ。」
「ここのマスターに聞いたら、あなたたちが募集しているって聞いたわ!」
「今、締め切りました。再開はいつになるか分かりませんので、諦めてください。」
すると、目の前の作戦書が奪われ、有無を言わさず握りつぶされた。まあ、ほとんどがジェンツーの落書きだったのだが。
「人と話をするときは、人の目を見るものよ。お母さんにそう教わらなかったかしら?」
「バカやろう。本当に人の目を見るとプレッシャーかかるから、鼻の頭か眉間を見るといいんだよ。覚えとけ、コノヤロー。」
ジェンツーはそう言うと、新しく紙を取り出し、落書きをはじめる。さっきから、何書いてんだ。すると、案の定、その紙も奪われ、握りつぶされた。
「なんですか。相手して欲しいんですか。じゃあ、お金くださいよ。」
「いくらで仲間にしてくれる?」
「いつ仲間にしてやるって言ったんだよ。」
女性は溜息をつくと、俺に視線を向ける。
「あなたがリーダーかしら?そうよね、こういうのは、リーダーの方とお話するのがマナーよね。」
「リーダーは、そいつだ。」
ヒカリはまだ仲間になっていないと考えて、二人しかいないのにリーダーというのも変だが、いずれはリーダーはジェンツーに任せようと思っていた。「おまえは、裏でサポートするのが合っている。本当の実力は、知名度に反比例する」とジェンツーが言っていたが、そんなことはないと思っている。
まあ、俺は集団を取りまとめるのが苦手なので、そちらのほうが好都合だった。
「残念でした~。」
ジェンツーが女性に向かって舌を出す。・・・・・・やっぱり、いずれは別のやつに任せるかもしれない。しかし、女性も負けない。
「あなたたち、聞いて驚かないで頂戴。私の名前は、ユリア・スターライト。アリシア・スターライトの実の妹でしてよ!」
「へえ~、そうなんだ。」
「ちょっと!なんですの、その平凡な反応は!」
「あんたが驚くなって言ったんだろーが!」
ジェンツーが立ち上がり、女性と睨み合う。互いに譲り合わない。似た者同士、だな。
「魔道士なのか。」
女性の顔色がパッと明るくなる。すると、先ほどまでジェンツーの座っていた席に腰掛ける。それと同時に、ジェンツーの舌打ちが聞こえる。
「あなたは私の素晴らしさをご存知のようね。そう。私はこのホライズン国お抱えの魔道士の名家、スターライト家の次女ですわ。お手数ですが、あなた様から、あのボンクラに説明していただけるかしら?」
「だーれがボンクラだ!」
ジェンツーが今にも掴みかかりそうなので、俺はそれを制止する。少し話し合うからと言って、席から離れる。
「まさか、あいつ仲間にすんの?」
「魔法使いは貴重だ。メンバーに一人は欲しい。」
「おまえも使えんだろ?補助魔法なら、俺も習得できるらしいし。」
「魔道士の魔法は桁違いだ。上級魔道士だと、不可能なことが時間操作くらいと聞く。それに、スターライト家というと、国のお抱え魔道士だ。仲間にして損はない。」
「嘘ついてんだろ、どうせ。」
「ピンク色の髪は、スターライト家の人間だけだ。」
「染めたんだろ。なあ、魔道士の代わりなんて、いくらでもいるだろ。あいつはやめようぜ。」
「なにがそんなに嫌なんだ。」
「めんどくさそうなんだよ。」
要するに、そりが合わないということか。
「分かった。じゃあ、こういうのはどうだ。」
俺は、今思いついたことをジェンツーに耳打ちする。ジェンツーは、それでも不満なのか、顔をしかめたが、しぶしぶ承諾してくれた。俺たちは、ユリアのところに戻る。
「待たせて悪かった。結論から言うと、仲間にすることを考慮しよう。」
「本当!?まあ、当然よね。私を仲間にしないなんて、考えられないわ。」
「なあ。そろそろ殴っていいか?」
ジェンツーが握りこぶしを作る。このままでは、本当に殴りかねないので、早く話を進めることにする。
「ただし、条件が二つある。一つ、その髪の色を変えること。そのままだと目立って――」
「変えたわよ。」
いつの間にか、ユリアの髪の色が金色になっていた。まさに、瞬きの瞬間、髪の色が変わっていた。
「やっぱり、てめえカツラか何か被ってたな!」
「このくらい、お茶の子さいさいよ。」
魔法で変えたということか。それにしても、速かった。魔法を使うのになんの動作も必要ないということか。
魔道士は、呪文が書いてある本を読み上げたり、魔力を補充している杖を持っていたり、様々な補助具を持ち歩いているのが普通だ。
しかし、ユリアは、見た限りでは何も持っていない。つまり、呪文は全て覚えていて、杖に溜めておかなくても、魔法を使うことに不自由がないくらい魔力を持っているということになる。
ただ、それほどの魔道士が、なぜ駆け出し冒険者の一人に過ぎない俺たちの仲間になりたがるのか。
「それで?これで、仲間にしてくれる?」
「そうだな。」
やった、とユリアは小さくガッツポーズをする。
「申し訳ないんだが、喜ぶのは、まだ早い。二つ目の条件。この後、俺たちの任務についてきてもらう。そのあと、本当に仲間にするかどうか決める。」
「試験ってわけね。いいわよ。」
ユリアは、文句の一つ言わず快諾した。
「こりゃ、ただの世間知らずのお嬢様だな。」
ジェンツーが、隣りでつぶやく。
「想像してたのと違うって、喚き出すだろうな。」
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「ちょっと、何これ!想像してたのと違うわよ!」
「うるせえよ!でけえ声出すな!」
ユリアとジェンツーが、何もない草原の真ん中にある見張り台の上で言い合いをしている。
俺たちが、この見張り台の上で周囲の監視を始めてから数時間。あと2時間後には、太陽が昇るだろうと思われる頃に、ユリアが騒ぎだした。
「さっきから、ずっと双眼鏡を覗いているだけ!魔物を見つけても、何もしない!何がしたいのよ!」
「おまえも説明聞いてただろうが!言われたことやりゃ、いいんだよ!」
「おい!さっきからうるせえぞ!新米だからって、浮かれてんじゃねえ!」
見張り台の下から、ヤギの角が生えた色黒の男が叫ぶ。他の冒険者のグループの一員の悪魔だ。その勢いに押されたのか、ユリアは静かになった。
「うるせえよ!てめぇら、さっきから小屋の中でポーカーしてるだけだろーが!」
「おまえらが、交代しなくていいって言ったんじゃねえか。」
ジェンツーとヤギの悪魔の言い争いが激化してくる。ついには、ジェンツーが見張り台から飛び降り、悪魔の目の前で言い争いを始める。数メートル上のこの場所でも、あいつの声がはっきり聞こえてくる。
「てめえ、村が襲われそうになったら、ちゃんと働けよ!ちょっと、ポーカーで負けた分を取り戻したいんでとか言うなよ!・・・・・・は?そんなことあるわけない?そう言っている日に限って、襲われんだよ!」
どうやら、ジェンツーがヤギの悪魔に掴みかかったらしい。喧嘩を止めに、小屋から他の冒険者が出てくる。
「あの方、いつもあんなに気性が荒いんですの?」
「欲求不満なんだろう。」
俺は、視線を戻し、双眼鏡を覗く。遠くでホッピングウルフの群れが尻尾を使って飛び跳ねているだけで、何の異常もない。おそらく、朝まで何も起きない。
冒険者の任務なんて、大半がこんな感じだ。