そいつで決まりだ
酒場に入ると、狭い店内にもかかわらず多くの客がいた。ランチタイムであることも関与しているからなのだろうが、この酒場は、あることで有名な場所だった。
「何?仲間集めは諦めたのかよ?もう旅立ちの祝杯?」
「ここで仲間を探す。」
俺は店内をぐるっと見渡す。すると、明らかに冒険者と思わしき出で立ちの者たちが何人も見られた。ここでなら、一人くらい見つけられるだろう。
「ここはダメだな。」
ジェンツーが、溜息混じりにつぶやく。俺は、改めて店内を見渡す。すると、なるほど、ジェンツーの言いたいことが分かった。
この店内には、駆け出しの冒険者しかいない。おそらく、登録されたばかりの冒険者ばかりだろう。新品の武器に装備。そして、『登録所』でうんざりするほど見てきた希望に溢れた表情。
「なるほどな。」
「ここには、女の子がいねえ。」
そっちのほうか。
「なるほどな。そこまで気が回らなかった。」
「まあいいや。腹減ったし、なんか軽く食おうぜ。」
ジェンツーは、そう言うとカウンターに座る。俺も遅れて、カウンターに座る。ジェンツーは、やってきたウェイトレスに適当に注文していた。
「なあ、あんたら、どっから来た?ヘブン?それとも、ヘル?」
「ん?うお、びっくりした。どっちでもねえよ。」
カウンター越しにマスターに突然話しかけられ、ジェンツーが答える。マスターは体格がよく、雑ではあるが手入れされたヒゲが印象的だった。
「そうなのかい?じゃあ、冒険者になって何年目だ?」
「今なったばっかだっての。」
ジェンツーは、運ばれてきたレモン味の炭酸水を口にする。俺は、目の前に置かれたそれの匂いを確かめる。アルコールではない。俺の分は。
「ふーん。それにしちゃ、あんたら風格あるな。様になってるよ。」
「他のやつらが様になってないだけだろ。」
ジェンツーは小さな声で毒づく。その意見には同感だ。燻製のソーセージが運ばれてくる。俺とジェンツーは、それを同時に口に運ぶ。
その後、マスターと主にジェンツーが会話を交わした。この世界で今起こっているヘブンとヘルの二国間の戦争。今は休戦状態だが、それぞれの国では、次の戦闘への準備が着々と行われているらしいこと。そのため、冒険者でも、今その二国に行く者は滅多にいないということ。
「まあ、この国にいれば、今は安全なんだがな。だが、ちょっと気を抜くと何が起こるか分からねえ。警戒するに越したこたあねえな。」
「おっしゃる通り!」
ジェンツーが上機嫌に相槌を打つ。やっぱり、こいつ、アルコール飲んだな。こいつは、酒を顔色を変えずに何杯も飲むから、今までにも潰れるまで酒を飲んでいたことに気がつかないことがよくあった。
「それはそうと、ここらへんで駆け出しの冒険者の噂を耳にしなかったか?」
酒に酔ったジェンツーの代わりに、本題をマスターに尋ねる。
「噂か?」
「最近登録したばっかりで、仕事ができる冒険者の話はないか?」
出来れば、この世界の事情に詳しい冒険者が一人は欲しかった。率直に言えば、初心者同士であーだこーだ無駄な試行錯誤することを避けたかった。
マスターは腕組をして唸る。
「冒険者ってのは、有能なやつほど気難しいやつが多いからなあ。この間の、ヒカリってやつもそうらしいしな。」
「ヒカリ?」
「女か!?」
瞼が半分落ちていたジェンツーが、カウンターに身を乗り出す。頼むから、大人しくしていてくれよ。今後のことを考えると、変に目立ちたくない。
「女といえば女だが、少し変わったやつらしい。無愛想な上に、変だって話だ。この間なんて、魔物退治の任務をしていた冒険者が妨害されたって文句言ってたしな。まるで、魔物を守っているみたいだったってよ。だが、一人で冒険者をしているってことは、腕はたつんだろうなあ。」
すると、ジェンツーが思い切り机を叩いた。じゃがいものバター焼きを乗せた皿が、小さく跳ねる。周りもある程度騒がしいのが幸いしたか、あまり目立つことはなかった。
「きたあああああ!そいつで決まりだ!早速探すぞ、アデリー!」
「待て!今、どこにいるかも分からな――」
すると、突然店内が静まり返った。何事だと、俺とジェンツーは振り返る。酒場の入り口には、冒険者の集団、おそらく、冒険者のチームのメンバーが集まっていた。
「なんだ?ショーでもやるのか?」
どうやら、その冒険者の集団は、誰かと対峙しているらしい。ただ、この位置からでは対峙している相手は見えなかった。
「なんだよ。いつまでつっ立ってんだよ。早くショーしろよ。」
ジェンツーは席から飛び降りる。
「冒険者のくせして魔物を守るなんて、どういうことだ。」
冒険者の集団の一人が口にしたのだろう。それほど大きな声ではなかったが、静まり返った酒場では、十分聞き取れた。ジェンツーと目が合う。
「冒険者は魔物を退治し、このホライズンの平和を守る。そんなことも知らないのか。それとも、人と違うことをして目立とうって算段か?」
そのあと、間が空く。今だ姿が見えない相手が何か言っているらしいのだが、その相手の声は聞こえなかった。
「これは、チャンスじゃないか?」
ジェンツーが、入口の集団に聞こえないような小さな声で言った。
「このピンチを救ってやれば、恩を売れる。」
「その代わり、他の冒険者を仲間にできなくなるかもしれない。」
おそらく、今酒場の入口にいるのは、先ほどマスターが話していた冒険者、ヒカリだろう。ただ、今聞いた噂は、おそらく初心者の冒険者の間に広まっている。酒場が静まり返ったのが、何よりの証拠だ。
そんな冒険者を仲間にすれば、敬遠されるのは間違いない。
「そんな程度の低いやつは仲間にする必要はない。そう思わないか?」
ジェンツーが笑みを浮かべる。
「おっしゃる通りだ。」
すると、冒険者の集団が酒場を出て行った。酒場にいた他の冒険者も、何人かそのあとをついて行く。ジェンツーもそのあとをついて行こうとするので、肩を捕まえ、やつの分の飲食代を支払わせた。
酒場の外に出ると、そこには数人の冒険者が倒れているだけだった。野次馬が集まる時間もなかったのか、街の人の流れはほとんど乱れていなかった。
「だーかーらー、早く出るべきだったんだよ!金なんて、あとで払えばよかっただろ!」
「すまん。流石にあの量を見たら、立て替える気にならなかった。」
「人の話聞いてたか?あとで払ったって言ってんだろうか!」
そう言って、払ってくれたことはない。大体、俺が全額負担することになる。いつも2倍の出費になってしまうのだが、今回は4倍くらいの出費になりそうだったので、流石に恐怖を感じてしまった。
「で、どーすんだよ!どこ行ったか、分かんねえよ!あーあー!せっかくのチャンスだったのになあ!」
ジェンツーが大げさに泣き叫び、天を仰ぐ。確かに、周囲を見渡しても、それらしい人物はいなさそうだった。そんな短時間で姿を消せるのか、という疑問が浮かんだが、それなりの実力者なら、短時間で姿を消せるほどの何かを持っていたとしても不思議ではない。
「そういうときは、考えるんだ。」
「またそれか。考えて、そいつが出てくるのか?」
「なんで、そいつは酒場に来た。」
「約束してたんじゃねえの。あいつらと。デートの。」
そう言って、ジェンツーは顎で倒れている冒険者を指す。
「だったら、酒場を待ち合わせ場所にしなくていいだろう。」
「目立ちたかったんだろ。実際、目立ってたじゃねえか。」
なあ、そうだろ。ジェンツーはしゃがみ込み、倒れている冒険者の一人に同意を求める。残念ながら、返事はない。
「結果的に、目立っていただけだ。目立ちたかったなら、もっと派手にすればいい。なのに、酒場ではただ話してただけだ。」
「目立ちたくなかったんだよ。」
「ヒカリには、酒場に用事があった。多分、それなりに大事な用事だ。」
「へえ、そうなんだ。」
ジェンツーが適当に相槌を打つ。こいつ、面倒くさくなってきたな。
ヒカリには、それなりに大事な用事が酒場にあった。そうでないと、わざわざ例の噂が広まっているだろう冒険者が集まる酒場に来るはずがない。冒険者に囲まれるだろうことも予想できたはずだ。
「じゃあ、またその用事のためにここに来るってのかよ。」
「可能性はある。」
「ないな。一度面倒事に巻き込まれたんだ。来るとしても、慎重になるだろ。」
面倒事。俺は、倒れている冒険者たちを一瞥する。6人くらいか。装備を見ると、それなりに経験を積んでいることが分かる。
たしかに、面倒かもしれない。普通だったら。
「料金を払っている間に終わることが、面倒事に入るのか?」
「そうだな。たしかに、肩を掴まれて料金払うほうが面倒だな。俺が間違ってた。謝るよ。」
「一度、酒場に戻るか。」
ヒカリがここに戻ってくる可能性は高い。とりあえず、ここに網を張れば、かかる可能性はある。ジェンツーは反論することなく、俺についてくる。