魔王にしてもらえよ
「この度は、『ホライズン自警団団員』を希望していただき、ありがとうございます。要綱には目を通していただけたでしょうか?」
「ああ。」
あらかじめ、取り寄せた資料の中にあった。書いてあることは、通り一遍のものだったので、ざっと目を通しただけだった。俺は、資料と一緒に同封されていた誓約書を取り出し、机の上に出す。
「ありがとうございます。それでは、今から『適性検査』を行いますので、真っ直ぐ見ていてください。」
目の前の男性は、眼科でよく見るような機械を上からスライドさせる。目の前に、二つの覗き穴があるので、そこに両目を合わせる。男性は、向こう側にもおそらくあるだろう覗き穴からこちらを覗く。
どうして、目を見ただけで適性が分かるんだ。誰もがそう思うだろう。俺も気になったので、調べてみたことがある。
細かいことや詳しい原理は分からないが、簡単に言うと、適性を見るには、あらゆる細胞の中で神経細胞が一番適していて、目にある視細胞を見るのが、一番侵襲が少なく、簡便だ、ということらしい。
「――はい。大丈夫です。すぐに結果が出ると思いますので、その間に『ホライズン自警団』について、これからのことを説明させていただきます。」
男性は、パソコンに何かを打ち込むと、資料を取り出し、説明を始めた。
これも、あとで文句を言われないための事務作業のようなもので、大した話はなかった。要約すると、『国のために、尽力してください』だ。
他にも、軍隊との権限の違いとか、魔物に遭遇したときの対処法などを説明していたが、それは実際に経験したほうが理解しやすそうだった。
「なにか、ご質問はありますか?」
「『冒険者』というのは、この国に何人くらいいるんですか?」
「そうですねえ。大体、国民の八割はそうですよ。」
予想していた数字と同じくらいで、納得すればいいのか、呆れたらよいのか、反応に困ってしまった。
「実際に活動しているのは?」
「それに関しては、データがないので。」
「どのくらいいると思いますか?」
「そうですねえ―あっ、すいません。結果が出ました。」
男は液晶端末の画面を覗く。画面をペンのようなものでタッチすると、印刷されたのか、机の下から印字された紙を取り出す。名前やら年齢やらを確認してくるので、その度に返事をする。
「アデリー様の場合は、好きな役職を選んでもらって大丈夫です。とても優秀な――」
男はそこまで言うと、言葉につまる。説明のために指し棒がわりに使っていたペン先が、なぜかわずかに震えていた。
「大丈夫ですか?」
「あの、本当はこんなことを言ってはいけないのですが――」
男は、声のトーンを下げる。そんなことされると、嫌な予感しかしないから、やめてほしいのだが。
「あなたは、今のままでは冒険者の一人に過ぎない能力ですが、とんでもない力を隠し持ってますよ。」
「そうですか。」
実感がない。というより、どうでもいい。冒険者としてやっていけそうなら、それでいい。『とんでもない力』があろうとなかろうと、関係ない。
すると、男性がふっと笑った。
「いや、すいません。つい、嬉しくて。この窓口に立って、頑張って欲しいと思える冒険者にあったのは、随分久しぶりですよ。」
「そりゃ、どうも。」
男性の真意がなんなのか、よく分からない。ただ、みんなに同じこと言っているのだろうな、とは思った。きっと、同じことを言われ、同じことを思った人が何人もいるだろう。
この登録所に人が溢れかえっている理由の一つだ。
「先ほどの質問ですが、私個人の感じでは、一割もいないと思います。」
去り際に、男は言った。はぐらかされたと思っていたので、その返答には驚いた。
「国民の?」
「冒険者の、です。」
「そうか。ありがとう。」
「ホライズンに光あれ。」
「光あれ。」
右手で握りこぶしを作り、右肩に当てる。冒険者の儀礼的な挨拶だ。
「アデリー、終わったか?」
シートに戻ると、ジェンツーが右手を上げる。その顔は、どこか不貞腐れている。
「まだ呼ばれないのか。」
「呼ばれたよ。戻ってきたんだよ。」
「機嫌悪いな。役職、気に入らなかったのか?」
「勇者だとよ。」
「いいじゃないか。」
本音だった。勇者と言えば、ありきたりな役職だが人気は冒険者にとっても、周囲の人々にとっても常に上位三位以内だった。落とし穴職人という冗談みたいな役職もあるなか、上出来だといえる。
「『あっ、勇者ですね。』だとよ。『あっ』ってなんだよ!『こいつが?ありえないわー』ってことかよ。」
それは、ただの口癖じゃないか?しかし、その場にいなかった俺は、それ以上余計なことは言えなかった。
「アデリーは?」
「なんでもいいらしい。」
「魔王にしてもらえよ。」
「おまえを敵に回したくない。」
「冗談に決まってんだろ。」
ジェンツーが、シートから立ち上がる。そのとき、窓口に呼ばれた人が横を通り過ぎる。相変わず、みんな同じ顔をしている。
その後、俺たちは正式に役職をもらい、武器をもらった。特別なことはなく、またしても、窓口みたいなところで確認だけし、武器をもらった。
「なんで、剣士なんだよ。」
「昔から、冒険するなら剣士だなと思っていた。」
「魔王はどうしたんだよ。」
「冗談じゃなかったのか。」
「冗談に決まってんだろ。」
登録所でのことが余程気に入らなかったのか、ジェンツーの機嫌は悪いままだ。
まあ、次の一言で機嫌はよくなると思うが。
「さて。役職も決まったことだし、次は仲間を探そう。」
そう。冒険者になったものは、まず仲間を探す。一人は論外だが、二人でもまだ心細い。不可能なことはないと思うが、心細い。最低でも三人、多ければ多いほどいい・・・・・・らしい。
「よっしゃああ!絶対女の子だからな!俺とおまえ以外は、全員女だ!」
それは、極端だろ。しかし、俺はそれを口にしない。とりあえず、今は一人でも多くの仲間が欲しい。ジェンツーがやる気を出してくれないと、仲間集めは苦労しそうだからだ。人の才能を見出してスカウトするのは、ジェンツーの方が得意だ。
早速、スカウトが始まったのか、ジェンツーが声をかけている。ドレスを来た女性二人組に。
俺はジェンツーの頭を軽く叩くと、とりあえず酒場に行くことにした。