ホライズン自警団団員
ライトノベルのような設定ですが、タイトルから察していただけるように、おそらく、ライトノベルにはならないと思います。
もし、この世界が夢だったら。そう思ったことは何度もある。目を覚ませば、全て嘘だったと笑うことができる。明日になれば、きっと目が覚める。明日じゃなくても、いつか必ず目が覚める。
しかし、いつまでたってもその予兆がない。何も変わらない。だから、少しでも気を紛らわせるために、何かを変えるために
俺たちは、冒険に出ることにした。
ここは、ホライズンと呼ばれる国の中心都市、オレア・グレイシア。俺は、この都市にある有名な噴水広場の前で、待ち人を待っていた。
この場所は、待ち合わせによく使われるせいか、さっきから多種多様の人種が行き交っている。いや、人種と表現していいのだろうか。人間だけでなく、羽の生えた天使や悪魔が行き交っている。
そう。天使と悪魔が、地上を歩いている。
この世界には、三つの国が存在する。今、俺がいるホライズン、天使が統治するヘブン、悪魔が統治するヘルだ。このホライズンは治安がよく、人間、天使、悪魔が共存することができている。
まあ、他の国がどうなのか、この国を出たことのない俺には、分からないのだが。
多分、あいつはまだ来ないだろうな。きっと、あれこれと準備をしているのだろう。あいつは、いい加減そうに見えて、しっかりすべきところでしっかりしている。時間に余裕を持ってもらえば、満点だ。
すると、隣で座っている人が声を上げる。そのせいか、注意がそちらを向き、女性二人の会話が耳に入ってきた。
「ねえ、あれって冒険者さんじゃない?」
「え、そうなの?」
「知らないの!ほら、最近、ラコグ村を襲った巨大怪鳥を一人で撃退したっていう――」
女性たちは、派手なマントを身に纏った剣士の男を指さしながら、盛り上がっている。
冒険者というのは、要するに、この国の用心棒みたいなものだ。この国には軍隊がいて、国の防衛や魔物退治を行っているのだが、それ以外にも魔物退治や町の人の手伝いなどを行う人々がいる。
それが、『冒険者』というわけだ。簡単に言えば、軍隊が出動するまでもない小さな事件を解決する何でも屋といったところだ。最近では、軍隊よりも自由かつ刺激的だと、あえて冒険者になるものも多い。
まあ、そこには他の理由があると思うのだが――
すると、目の前に男が立つ。
「よお。待たせたな!」
顔を上げると、俺の待ち人が片手を上げて挨拶をする。Tシャツにジーンズという少年のようにさっぱりとした外見は、好感が持てる。
「それじゃ、行くか。」
「おっと、ちょっと待った!」
男は、立ち上がろうとする俺を静止する。何事かと、俺は顔を上げる。
「その前に、トイレ行ってくるわ。もうちょっと、待っててくれ。」
男――ジェンツーはそう言うと、俺に背を向け、人混みの中に消えていった。
トイレ、済ませてから来いよ。
それだと、おまえ、少しでも早く来るように努力しろって言うだろ。俺は少しでも早く来る努力をしたんだ。あいつがそう言うのが頭に浮かんだ。
トイレを済ませたジェンツーと再び合流すると、俺たちは、二人でオレア・グレイシアをぐるっと回る。そこには、最新鋭の武器を売っているところや、生活に欠かせない肉や野菜を売っているところ、ギターなどの楽器、娯楽品を売っている店などあり、この都市に居れば、きっと何不自由なく生きていけるなと思えた。
「お!このモデル、超貴重なやつじゃね?やっぱ、都会は違うなあ。ちょっと見てっていい?」
ジェンツーがギターに引き寄せられていたので、無理矢理引っ張っていった。やるべきことは、さっさとやるに越したことはない。
俺たちは街を一周した後、目的の場所にたどり着く。その場所は、そんなにしょっちょう人が来るイメージがなかったのだが、そこそこの人の出入りがあり、少し驚いた。
俺は、その店に掲げられた看板を見上げる。
『ホライズン自警団隊員登録所』
俺たちは、警備兵と思しき人に横目で見られながら、自動ドアを通る。
中は、シートが数列並んでおり、そのシートには、ところどころ人が座っている。正面には、窓口が数箇所あるだけで、その前に人が座っており、手続きをしているようだ。
「さて、もうすぐ俺たちも『冒険者』とやらになるのですが――」
ジェンツーが、『ホライズン自警団隊員登録所』に入るやいなや、そう切り出す。冒険者の正式名称は、『自警団隊員』だ。ただ、その名称で呼ぶものは、ほとんどいない。
「そうだな。」
「そんなものになるなんて、物好きだよな。流行りに流された少年少女みたいだ。」
すると、通り過ぎたシートに座っていた男が、こちらを睨んだような気がした。いや、男というより、少年と言ったほうが近い。こういう正式な手続きの場に慣れていないのか、先ほどからソワソワし、落ち着きがない。
「そんなものになったって、人生何も変わんねえよ。それより、他の仕事を真面目にやって、この街で人生謳歌する方がよっぽど有意義だと思うけどな。地味に見えるけど、一番充実してんじゃねえの。」
ジェンツーが、大きな声で、少なくとも、さっき通り過ぎた男に聞こえるくらいの大きさでそう言った。俺と会話しているふりをして、いや、最早ふりではないと思うのだが、男の反応を見ようとしている。
「そのへんにしとけ。」
「だって、そう思いませんか?冒険者なんて、安定した収入ないんですよ。自給自足を強いられる。下手したら、そこらへんのよく分からん魔物の肉を食うハメになるかもしれない。それどころか、魔物も倒せないかもしれない。魔物を倒せない冒険者なんざ、タチが悪い。それなら、ボランティア活動しろよって話になる。」
そこまで言うと、後ろから立ち上がる音が聞こえる。間違いなく、先ほどの男だろう。
「どうするんだよ。」
「何がだよ?」
すると、男は俺たちの横を通り過ぎ、窓口に向かう。どうやら、呼ばれただけらしい。俺は、チラリと男の顔色を伺った。
「まあ、そりゃそうだよな。」
ジェンツーも男の顔を見たのか、溜息をつきながら肩をすくめる。
男の顔は、生き生きとしていた。まるで、神様に絶対の安全を保証された信者のように。占い師に、将来絶対に幸せになると言われた者のように。
男は、『冒険者』という希望に囚われているようだった。
「どんなやつだって、最初はあんな感じだ。成功するやつも、失敗するやつも――」
そこで、俺は言葉を切る。どうやら、呼び出されたらしい。人のいない窓口の男性と目が合う。
「――始まる前に投げ出すやつも。」
俺は、ジェンツーにそう言い残し、窓口に向かう。