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2015年/短編まとめ

無限の生を得た者は

作者: 文崎 美生

「ソロモン?ソロモン!」


ソロモン――古代イスラエル王国第三王子でその名前はヘブライ語で『平和な人』や『平和に満ちた』などの意味を持つ名前。

一体誰のことを指しているのだろうか。

そう思い、白衣を翻しながら振り返れば、真っ赤なドレスに見を包んだ女の子が、長い髪を揺らしながら廊下を駆けていた。


「あら、ねぇアナタ!」


「……私、ですか?」


ふわり、と深い紫色の巻き毛を揺らす女の子。

私の足元までやって来て大きな目に私を映した。

この病院に配属になったばかりで、まだ患者の顔も医者や他の看護師の顔も覚えてない。

と言うよりは、会っていないから覚えられない、が正解だったりする。


だが目の前の女の子は、私の困惑など知らずに頷いて「ソロモン、知らない?」と問う。

ペットの名前だろうか。

それにしては仰々しい気もする。

人の名前だろうか。

それはそれで良いものなのか首を傾げてしまう。


「……アナタ、もしかして新しいセンセイ?」


こてん、と女の子も私と同じ方向に首を傾けた。

私がやるのとでは違う、女の子らしい可愛さのあるものだ。

子供って可愛いなぁ、と頭の片隅で考えながらも「先生って言うか、看護師かな」と答える。


だがしかし「ふぅん?」とあまり理解していないような反応。

そして直ぐに「じゃあ、ソロモン、分からない?」と小首を傾げて再度問掛けられる。

当然誰か分からない私は頷く。


「ソロモンって言うのは……」


「ヴァイオレット!!」


スパァンッ、と勢い良く扉が開く音。

驚いて肩を跳ねさせれば、目の前の女の子は可愛らしい顔を大きく歪めて、私の背後に視線を向けた。

何だ?と思いながら私も振り返る。

そこにいたのは白衣を身にまとった病院長だった。


正直医者と言っていいのか分からない風貌だ。

黒髪に自前で多色のメッシュを入れているところは、医者と言うよりもどこかのバンドマン。

目も赤と青のオッドアイだ。


「お前は!余計なことを言うな!」


グイッ、と女の子を引き寄せる病院長。

すると女の子の方は思い切り舌を出して「ソロモンのばぁか!」と叫ぶ。

まるで子供の喧嘩だ。

何があったのかは知らないが、私の目の前でやるのを止めて欲しい。


だが、ふと疑問が湧いて「ソロモン?」と、女の子の探していた名前を口にする。

そうしたら二人の動きが完全に止まって、二人分の視線が私に刺さった。

私は女の子を見て、病院長を見る。

女の子はにっこりと可愛らしく笑って、病院長は苦々しい顔をしていた。


「ねぇ、アナタの名前は?」


パシッ、と乾いた音を立てて、病院長の手を払い落とした女の子は、再度私の目の前にやって来る。

くりくりとした金色の目は猫のようだ。

美命ミコト。美しい命って書くの」と説明するも、私と女の子では出身国が違うために理解は出来ないだろう。


それでも女の子はやはり可愛らしく笑い「いい名前」と言った。

その言葉が何となく大人びて聞こえて、私は変な違和感のようなものを一瞬だけ感じる。

後ろでは何故か病院長がソワソワしていた。


「アタシは、ヴァイオレット」


よろしくね、と差し出された白くて小さな手。

私も手を出して握手をすれば、ひんやりとしていて滑らかな子供肌の感触。

若いなぁ、なんて思っていると「504号室に入院してるから、遊びに来てね!」と無邪気に言われる。


驚いて、するり、と女の子――ヴァイオレットちゃんの手を離してしまった。

こんな子も奇病?

一瞬表情を繕うことを忘れて、眉間にシワを寄せてしまう。


ここは奇病患者病棟。

奇病を患う患者のみがいる、隔離された病院。

患者だけじゃなく、医者や看護師にも奇病を患っている人達がいると、後ろに立つ病院長が言っていた。

見た目で分かる奇病もあるが、見た目で分からない見た目に変化のない奇病も存在する。

それを発見している病院長もある意味凄いが、この子は一体どんな奇病なんだろうか。


「ソイツ、実は二百歳超えてるからな」


ツンッ、と刺すように飛んで来た声に振り返れば、そこには病院長。

気だるそうに白衣のポケットに手を突っ込んで、私達を見ていた。

だが医者としてあるまじき態度よりも、私は病院長が吐き出した言葉の方が今は重要だ。


どういう、なんて言葉を出すよりも早くに、頬を風が撫でた。

そうして次に来たのは衝撃音。

次は呻き声。

目の前で巻き起こるバイオレンスな状態に、私は数回目を瞬いてから、動き出す。


「ちょ、ヴァイオレットさん!」


大きく揺れる高そうな生地のドレス。

赤が少し目に痛くなってきたけれど、振り返った先の彼女の笑顔の方が目に痛い。

更に言うと、この状況が目にも頭にも痛い。


点滅するような赤に、看護師のくせに眩暈がした。

言い訳をするならば、看護師だけれど、私は現場検証をする警察でもなければ、解体趣味などを持っている危ない医療関係者じゃないのだ。

だから、このスプラッタな状況に免疫があるわけじゃないということ。


「女の子に対して、年齢の話はマナー違反よね?」


「え、あ、はい」


見た目からは考えられない威圧感があったせいで、口元が引き攣って返事も途切れ途切れになる。

可愛らしいその顔に、同じく可愛らしい笑顔を乗せるヴァイオレットさんは「後、ヴァイオレットちゃんって呼んでね?」と、見た目年齢相応にはしゃいだ声を出す。


勿論私は、それに関して拒否を示すことが出来るわけでもなく、緩く小さく頷いた。

年の功、なんて言葉を思い出したけれど、口に出せるわけもなくて、取り敢えず小さく病院長に向かって、手を合わせておく。


私のすぐ横で笑うヴァイオレットちゃんは、猫のような金色の瞳を細めて笑っていた。

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