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絶滅種族の転生譚《Reincarnation tale》  作者: 記角麒麟
王姫と執事 Und der Butler
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「07」聖なる姫の後継者

 翌日。


「今日のスケジュールを確認いたし──」


「ちょっと待って」


 いつものように、というよりは昨日と同じように朝食を摂ったあと、メアリーがスケジュールの発表をしようとしたところで、俺は彼女の口を止めた。


「はい、なんでしょう?」


「...あのさ、何で昨日も思ったけど、朝食がこんなに寂しいの?机はこんなにも大きいのに、誰一人いなかったら、寂しすぎるじゃないか」


 俺は、昨日より思っていた不満を、彼女に伝えた。


「申し訳ありません。でしたら、明日からは、陛下のご親戚を招待いたしますか?」


(親戚?)


「親戚と言ったか?」


「ええ。僭越ながら、陛下の観点で述べさせていただきますと、コナタ様とケント様のご子孫にあたる人物にございます。現在は、ネロ王国の政権代理人を勤めておられます」


 政権代理人って、なんだ?


「んー...じゃあ、その人にも会ってみたいし、お願いできるかな?」


「かしこまりました。三時間後から手配を開始いたします」


「わかった。続けてくれ」


 政権代理人とやらが気になるけど、まぁ、会って話せばわかるだろ。


 俺は、彼女にスケジュールの話を続けさせる。


「かしこまりました。えっと、この後、10時になりましたら、教室へ向かっていただきます。そこで、12時まで、現在の基本知識を学んでいただき、その後、3時まで昼食休憩、それから4時まで午前の続きをしていただき、その後2時間は自由時間となります。6時からは書類仕事をしていただき、それが終わり次第、今日のスケジュールは終了とさせていただきます」


 長い。


 途中から少し忘れかけていたじゃないか。


 えっと、10時から勉強?何でだよ、俺何かすること...あ、そうだ、この時間帯に全部終わらせてしまおうか。


「覚えていただきましたでしょうか?」


「メアリー、君はひょっとしてサディストなのかな?覚えられるわけないだろ」


「お褒めにあずかり、光栄の極み」


「いや褒めてないから」


 なんなんだろう、メアリーってなんか、こう、冷たいイメージがあるよな...。


 俺は席を立つと、洗面所へ向かった。


「それでは、お口を開けてください」


 メアリーが正座して、歯ブラシと子供用と書いてある歯みがき粉を手にもってそう言った。


「何してるの?」


 思わず俺はそう聞いた。


 いや、聞かない方がおかしい。


 これは絶対、異論を唱えなければ、俺がダメになってしまう。


 いや、どうダメになるかはあえて伏せるが。


「安心してください。こう見えても、私は去年、歯科衛生士の免許を取りましたから。新米ですが、失敗しても怒らないでいただければ光栄です」


「いや失敗する前提かよ?!」


「ダメ......ですか?」


 彼女は、目を潤ませて下から目線でこちらに問いかけてくる。


(ヤバイ、超かわいい...)


 不覚にも、俺はそう思ってしまった。


(だがいかん。ダメだ。ここで折れたら、もう戻れなくなる気がする)


「もっと実力のある人はいないのか?」


 俺は、やれやれと首を振る。


「いますけど...本当によろしいのですか?」


「ど、どういう意味だ?」


 メアリーが言うと、なんかここで肯定してしまったらさらに悪くなる気がしてくるのは、何でだろ...。


 俺は、生唾を飲み込んだ。


「...やっぱりメアリーに頼むよ...」


 結局、俺は折れたのだった。


「かしこまりました。では、僭越ながら、私が陛下のお口磨きをさせていただきます。それでは陛下。私の膝に、頭をのせていただけますか?」


 しかし。


 だからといっても、地獄はこれからだった。


 肯定すれば終わりではなかった。


 肯定すれば、始まるのだった。


 俺は、しぶしぶといった様子で、彼女の膝の上に頭をのせた。


「はい、あーん」


「あー」


 よく見るとこの歯ブラシ、子供用じゃねぇか。


(あぁ、屈辱だ...)


 そして、それは数分で終わりを告げた。














 俺が教室、と呼ばれていた所に入ると、そこには、机と椅子のセットが数組、前には大きな電子黒板が一台、教壇があって、教卓があった。


「なぁメアリー。ここって俺以外にも来るのか?」


「はい。しかし、教師を除けば、その他に来る人物は私か、もしくはおにぃちゃ......ニーフ様だけになります。机が無駄に多いのは、いずれ、陛下のご子孫もここで学ぶことを配慮しているからにございます」


 子孫って、俺は誰かとそういうことをする気はさらさらねぇよ。俺は死なないから、残す必要がない。


 そもそも、多細胞動物に寿命があるのは、自然治癒力が細胞の劣化の修復に間に合わないからで、子孫を残すという現象の原因は、たしかこれに起因していたはずだ。


 つまり、死なないから有性生殖を行う必要がなく、結果的にその機能は退化してしまうのだ。


 それに伴い、不死者は性欲という性欲がなくなってしまい、結果的に恋愛感情すら失ってしまうのだ。


 とのことを俺は彼女に話した。


「まぁ、そうでしたか。それは失敬しました。では、それ以外の用法を考案するよう、事務に連絡しておきます」


「頼むよ」


 俺はそう言って席についた。


 メアリーはというと、なにやら手を耳に当てて何か部屋の角で喋っていた。


(あれが昨日、リレルが言っていた念話機ねんわきとかいうやつか。なんか、感動するものがあるな)


 俺はそんなことを思いながら、机に頬杖を立てた。


(しかし、昔の教室とはずいぶんと変わったものだ)


 昔は電子黒板何て、一部の学校にしか取り入れられてなかったからな。主に費用の問題で。


 そんな風に感慨に耽っていると、教室の扉をノックする音が聞こえた。


「陛下、失礼します」


 入ってきたのは、真っ黒なスーツに身を包んだ、中年の男性だった。


「この時間帯は、わたくし、ヒエロが教職を担当いたしますので、ご無礼承知で、お願い致します」


 彼はそう言うと、ペコリと頭を下げた。


 俺は机に座ったまま、お辞儀を返す。


「それでは早速、机の使い方から説明させていただきます───」












「それでは、技術のファイル1を開いてください」


 ヒエロのいう通りに、俺は机に付属しているタッチパネルを操作して、ファイルを開いた。


「それでは、お聞きくださいませ──」


 そうして、彼による講義が始まった。












「いや、面白かった。また頼むよ」


 そうして、彼による講義は終了した。


(しかし、面白いものを発見したな、アマイは)


 依然、俺が見つけてきたあの赤い液体を、魂魄関連で調べていた鑑定屋のじいさん。彼の頼みで、アマイ・サクを捕まえようとしたことがあったっけ。


 まさか、あの時のマギとバギの発見が、自分の魔力を使わずに魔法を使う道具の開発に役立つとは。


 まさか、それをしたのが、あのアマイだったのだから、これは驚きだった。


「もったいなきお言葉、ありがとうございます」


 ヒエロはそう言って、教室を後にした。


「それでは陛下、6時までの2時間、いかがなさいますか?」


 俺が講義の余韻に耽っていると、メアリーはそう聞いてきた。


「...そうだな...。あ、今朝言っていた、俺の親戚とやらのことを聞かせてくれ」


 気になる。


 あの二人の子孫がどんな奴なのか、気になってしかたがない。


「お写真がございますが、ご覧になりますか?」


「見せてくれ」


「承知いたしました。この方にございます」


 メアリーは、エプロンのポケットから、黒いカードを取りだし、タップする。


 すると、3Dで人物像が出現した。


(いやぁ、進化してるなぁ、科学技術とかいろいろ)


 その人物は、髪の短い、金髪碧眼の少年と少女だった。


「ん?」


(っていうか、髪の色とか目の色とか変わってない?)


 いや、まぁ、よく見れば顔の造形は似ているし、こっちの女の子なんか、コナタにそっくりだが...でも、しかし、なぁ...。


「四世紀も経てば、彼らの遺伝子も変わりましょう。私達オリガヤ・フレア家は、代々チゼ様とフレア様の身内だけでの結婚しかしてこなかったため、このようなことになっておりますが、彼らの変化は、至って普通と呼べるでしょう」


 普通、なのか。


(いや、まて。今こいつ、私達オリガヤ・フレア家って言わなかったか?)


「メアリーの家名って、もしかして...」


「お気づきになりましたか?」


 彼女はそう言いながら、こちらの顔を見下ろした。


 まぁ、彼女の方が身長が高いのだから、この動作は仕方ないだろう。


「私のフルネームは、オリガヤ・フレア・メアリーと申します。ニーフとは双子の妹にあたります」


 まさか、双子だったとは...。


 俺はその事に軽く驚きながら、目を見開いた。


「やっぱり似てると思ったんだよ。そういうことだったのか...。それで、彼らの名前は?」


 俺は、逸れた話をもとに戻して、彼女に質問する。


「男性の方はヤナギ・タケル様。今年で17歳になります。女性の方は、タケル様の妹で、ヤナギ・ヒツギ様今年で15歳になります。現在のヤナギ家は、陛下を除いて彼ら二人だけになります」


「二人だけ?」


 おい、ちょっと待て、二人だけってどういうことだ?親は?いとこは?はとこは?


「残念ながら」


(...ヤナギ家、絶滅の危機だな。まぁ、俺は死なないから絶滅には至らないんだが)


 しかし、どうしてそうなったんだ?


 聞いていいのか悪いのか...。


 いくら親戚とはいえ、彼らの事情を何も知らずに掘り出すのは...。


 んー... 。悩むなぁ。


「どうかなさいましたか?」


 心配そうに、下からこちらを見上げるメアリー。


(なんだろ、しゃがまれて下から見上げられるのって、無性に腹が立つな)


「いや、何でもない」


 こういうのは、聞かないのが吉だろう。いずれ彼らが答えてくれるのを待てばいいのだから。


(それに、俺は死なないからな)


 そうして、俺たちは仕事部屋へと向かった。












「そう言えば、仕事って何するの?」


「今回は、仕事の進め方の指導と、陛下の書類仕事を代理してくださっているワーグナー伯爵の仕事の見学、後は、彼から用語の解説を受けたりします」


 廊下を歩きながら、俺は彼女の話を聞く。


「ワーグナー伯爵?音楽家みたいな名前だな」


「そうですか?彼を見れば、そんな想像もできないでしょうね」


「ふーん...」


 レッドカーペットの敷かれた廊下を歩き、以前は会議室として使っていた部屋の隣に、俺たちは入った。


「これはこれは陛下、お目覚め、おめでとうございます」


「君がワーグナーか。ふふっ。確かに、音楽家とは程遠かったな、メアリー」


「でしょうとも」


 俺は、彼を見るなり、そう言って笑った。


 いや、音楽家というには程遠い体型をしていた。


 なんというか、ムッキムキなのだ。


 赤い髪や髭が、まるでライオンのたてがみのようだな。うん。これは、どちらかというと軍人さんと言われた方がしっくり来る。


「陛下、音楽家とはどのような意味で...?」


 彼は驚いた様子で、そう聞いてきた。


「何、大意はない。ただ、君の名前が音楽家みたいだという話を先ほどしていてな。いや、予想とは全く違って驚いたわ」


「は、はぁ...」


 彼は困ったように頷いた。


「さて、それでは仕事を教えてもらおうかな」












 30分後。


「ふむ、なるほどな。たぶんわかった」


「お分かりいただけて光栄です、陛下」


 この仕事の内容はいたって単純だ。


 どの場所にどんな施設を建てるかという書類に目を通し、許可するかしないかを、二種類の印鑑を使って判別する作業。


 二つ目は、どこどこでどんな発見や進展があったかの、学会からのレポート資料に目を通し、公表のするしないを、同じように印鑑で判別する。


 等々だ。


 故に、この作業は頭を使うと、ワーグナーは言っていたが、俺にはそれは必要ない。


 必要な知識は全部理解することができるように、異能を作る異能を利用してしまえば、問題はないのだ。


「これを一人でやっていたのか、君は?」


 しかし、これだけの量を一人で行うとすると、かなり時間もかかっだろう。


「はい、 僭越ながら、このワーグナーが全て一人でやっております」


「しかし、君は伯爵だろう?なぜ、公爵家がこの仕事をしない?」


 伯爵は、爵位の中でも、公・侯・伯・子・男と上から並べてみてもわかるように、上から三番目に位置している。


 普通は、こういうのは爵位の高い公爵、それも大公が行うのが通常だろう。


「それは、陛下の従者様がお決めになったことですので、私には何とも言えません。答えられないことを、お許しください」


 そうか、俺の従者が決めたのか。なら、仕方ないかな。


「知らないならばいい。それでは、これからは一緒に職務を働こうではないか」


「もったいなきお言葉、光栄の至りでございます!」
























 そして、仕事も終わり、俺は夕食を食べることにした。


「あ、チホ来た!」


 いつも食事をしている部屋に来ると、今日はリレルがいた。


「リレル!どうしたんだ?」


「ちょっと様子を見に来たんだよ。あ、この子はククルんの子孫にあたる子ね」


 リレルはそう言うと、彼女の後ろから、ククルんによく似た少女が出てきた。


「はじめまして、陛下」


 彼女は膝を少し曲げて礼をする。


「はじめまして。君の名前は?」


「エディスタ・エンテナートと申します」


「そうか、エディスタ、ねぇ。確か、ノホニ語では後継者って意味だったかな。それとも、古テンブ語の聖なる姫って意味の方かな?」


 俺は彼女の頭を撫でる。


「母からは、何も聞いていないのでわかりません」


 エディスタはそう言って、目を伏せた。


(ん?どうしたんだろう?)


「彼女、奴隷市場で売られてたんだよ」


「奴隷?」


 エディスタの肩が、びくりと震えた。


「だから、ボクが助けたよ。それで、ちょっとお願いなんだけど、彼女をここで預かっていてくれないかな?」


 リレルは俺にそうお願いする。


(ふむ...。ククルんの子孫だし、それはそれで俺は歓迎なんだが...)


「どうして、ククルんの子孫ってわかったんだ?」


 まずはそこだ。なぜわかったか。


 似ていたからといっても、この世には似ている人間が世界に三人はいると言われているんだ。もしかしたら、他人の空似かもしれない。


「ククルんの子孫って言っても、曾孫ってレベルだよ?ククルん本人が言っていたんだ。間違いないよ」


 ん?曾孫?


 ちょっと待て。あれからたしか四世紀が経ってるんだよな?それで、ククルんの、曾孫?


「ククルんから直接聞いたって、ククルんはまだ生きてるのか?」


 ククルんはたしか、猫の特性が強い種族だ。もし、寿命までそうなのだとしたら、とっくに死んでいてもおかしくはないはずだ。


「いや、もう死んでるよ。残念ながら。去年死んじゃったんだよ。そのときの遺言でさ。お願いできない?」


 ククルんの遺言か。なら、預からないわけにはいかないな。


「いや、ククルんの曾孫なんだ。預からないわけがないだろう?それにしても、曾孫かぁ...。あいつ、いつの間にそんなことを...」


「ありがとう、チホ。それじゃ、もうそろそろボクは帰るよ。明日の用事の準備をしないとだし」


 彼女はエディスタの頭を撫でながら、そう言った。


「ご飯食べていかないのか?俺が送ってやるのに」


「いや、ヒューマンの頂点を車代わりに使ったなんて知れたら、ボクの立場が危ないからね。遠慮しておくよ」


 これはつまり、もっと王としての自覚を持てってことなんだろうな...。


「そういうことなら、仕方ないか」


「ごめんね、エディスタのこと任せちゃって」


 彼女は名残惜しそうにエディスタを見やりながら、その場を離れた。


「大丈夫だよ。...それじゃ、また来いよ」


「うん、またいつか」


 そうして、リレルはその場を去っていった。


「陛下?」


「俺のことは、チホでいいよ」


 俺は、俺より身長の低い彼女の頭を撫でて、そう言った。


「わかりました、チホ様」

次回「08」

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