「09」日常の螺旋 エピローグ
乱闘開始の合図に、コロシアムの観客が湧く。
しかし、俺はまだ動かない。
周囲の人間は、明らかに俺より背が高い。
攻撃してくる相手は必然的に降り下ろす形か、もしくは蹴り、単調な動きになるだろう。
俺の後ろにいた敵に、俺の前にいた敵が殴りかかる。
おそらく、俺のことは視界にすら入っていないのだろう。
(自分で思っておいてなんだが、少し傷つくな)
俺はそれにそっと手を添えて、対象に向かって素早くスライドさせる。
殴る方の腕が急に加速し、威力を増して、相手にぶつかり、巻き込みながら地面に倒れる。
目の前の二人の姿が、光と共に消える。
このコロシアムでは、最後まで立っていた人が残る方式になっている。
そのため、倒れてしまった二人は、失格となってコロシアムから追い出されたのだ。
その直後、俺の方へと一人の選手が飛ばされてきた。なので、俺はそれに軽く手を添えて、今一番近いところで固まっているところへと投げた。
選手たちが、まるでボーリングのように弾け、光と共に消え去っていく。
体振動と関節駆動の合わせ技で、陰刀流の基本技の一つである『滑月』である。
触れたものの動きを、触れた瞬間に把握して、その重心と運動のベクトルを、手首の関節駆動と背中、肩、腕の体振動を滑らかに行うことにより、そのベクトルを数倍にまで引き上げ、投げつける。
俺はこれを習得するのには、それほど時間は必要としなかったわけだが。
(....片腕だけでも、この程度の人なら楽勝かな)
次に目をつけたのは、後ろから剣撃を放ってきた背の低いじいさんだった。
「久しぶりですね、アーサー・ペンドラゴン。まさか貴方がこの喧嘩祭りに出場していたとは思ってもいませんでしたよ」
「ふん、そりゃ、踊る骨折の死神へのちょっとした復讐じゃての」
彼の剣を、接点投げを使って流し、できた隙に攻撃を仕掛けようとするが、流石剣王といったところか。彼はものの見事にそれを防ぎきった。
「片腕だけになった小娘が、いきがるなよ?」
「よく喋る老いぼれですねっ!」
更に滑月を使ってその体を投げ飛ばすが、アーサーは関節駆動を用いることでそのエネルギーをそらし、威力を0に還元する。
「それが噂の四天流『回り道』ですか」
「ほう、この技を知っておったか」
死角から迫る剣を、ない右肩を硬化させて防ぎ、その動きに彼の体の回転を巻き込ませる。
「それが、言うに『捨て身弾き』という奴だな?」
「知ってましたか....」
肩口に支えた相手の剣を踏み台にして、空を回りながら頭部へと蹴りを放つ。
が、途中でその剣を彼は落とすことで、俺の体を宙に浮かせる。
「地に足のついていない奴は、私にとっては驚異とはなり得んのだよ」
瞬間、俺の体が吹き飛んだ。
「なな、なんということでしょう!片腕の英雄、剣王アーサー・ペンドラゴンに圧されている!」
レイリーの実況が響き渡る頃には、既に二人は四桁に及ぶ手を合わせて、斬り合い、殴り合っていた。
「なかなかしぶといじいさんですねっ!」
「ふん、そこらの若造と一緒にするな」
彼の死角から迫る剣撃を、全て未来視で先読みして回避する。しかし、それにしても速い。
片腕だけでは防ぎきるのが少し難しい。
「しかし、お前も大したものよ。これだけの手を打っても、片手で払い除けていくのだからの。もしや、それが噂に聞く陰刀流の『第三の手』かな?」
「なかなかどうして、こう鋭いのかねっ!」
彼の薙ぎを、接点投げで回避し、反撃しながらも、半ば余裕のある笑みでやり合う。
互いが互いに、まだ本気は出してはおらず、ただ遊んでいるだけである。しかしそれも、観客からすれば熱戦の様に見えるだろう。
「もう、残るところあと二十人!さて、誰が残ることやら!」
歓声が響き渡る中、二人はあの手この手で攻め合う。
「....もうそろそろ、体力の限界じゃないのかな、片腕よ?」
「まあ、確かに片腕だけでよくここまで持ったものだよ。明日は筋肉痛の押収だな」
そう言って、俺は一度距離をとるために崩壊剣の危なくないバージョンを発動した。
「!?」
咄嗟にアーサーが三十メートル以上も飛び退いた。いや、これは縮地のバックダッシュバージョンとでも言った方が近いか。
「やるね、あれを避けきるなんて」
「ド阿呆。肝を冷やしたぞ。なんなんだ、あれは?」
「教えるとでも?」
崩壊剣の影響か、周囲にいたほとんどの人が場外送りとなっていた。
「のう、踊る骨折の死神よ。一度あれを本気で使ってはくれんか?」
「やめようぜ、そういうの。コロシアムが半壊してもいいの?」
「....ふむ。それならよしておこうか」
彼の位置まで一直線にえぐりとられたステージを一瞥すると、そう諦めの声を出した。
「いや、しばらくぶりに遊んだしの。私はリタイアさせてもらうこととしよう」
アーサーはそう言うと、ステージを降りて、その場から去っていった。
「あれ、誰もいない....」
気がつく頃には、コロシアムのステージの上には、俺一人だけしか残ってはいなかった。
おそらく先程の崩壊剣downversionの影響で、皆押し出されたのだろう。
このルールは、最後まで立っていた人の勝利となっている。
ここに立っている人が俺一人ということはつまり、それは、第一組からのトーナメントの出場は、俺一人だけということになったということであった。
これにはさすがに実況者をしているレイリーも唖然として口を広げたままだった。
さっきまで熱熱と叫んでいたのが嘘のようである。
「........な、なんとー!いったい、これはどういうことなのでしょうか!」
コロシアムがざわめく。
そりゃそうだろう。こんなことは一切予想されていなかったのだから。
そりゃ、まあ残り十七人となったところで、十五人の敵を失格にしたあげく、残っていたアーサー本人がリタイアしたんだし、そうなるのも当然だろう。
(....気まぐれだな、本当にアーサーという男は)
俺は二重の意味で驚いているレイリーに息を吐いた。
レイリーが放送を続ける。
「──と、とりあえず、第一グループからは、ヤナギ・チホ選手ただ一人が第二回戦への出場権を手に入れることになってしまった....訳ですが....今回のこの異例の事態、いったいどうしましょう?」
人というものは、全く予期せぬ事態に遭遇したとき、身動きがとれなくなるそうだ。
今回がいい例だな。
「じゃあ、俺は一旦退場して、残りのグループに進んでもらってはどうですか?」
混乱していたレイリーに、俺はそう提案した。
「で、ではお言葉に甘えて。それでは、勝者は舞台から退場して、少し休んでください!えー、ちょっとスケジュールに修正が入るかもしれませんので、第二回戦までの時間が多少前後するかもしれません、ご了承ください──」
その後控え室へと戻った俺は、1人体を休ませながら雑念に耽った。
(これ、二回戦俺は行かなくていいよな。不戦勝で三回戦に進むんだよな)
それにしても、アーサーとの戦いは楽しかった。
もう一度やりたいかな。今度は本気で。
俺はそんな興奮を抱きながら、天井を仰いだ。
しばらくぼーっと天井を眺めて、そろそろ首が痛くなり始めた頃、控え室の扉をノックする音が聞こえた。
「ヤナギさん、レイリーです。お時間よろしいですか?」
「はい、どうぞ」
そう言って入ってきたのは、長い銀色の髪を編み込みにした、おそらく南ノルスの人間と思われる少女が入ってきた。
(やっぱり来たか....)
もしかしたら、今後のことについて何か聞きに来るかもしれないと思ったら大当たりだった。
彼女は俺の右腕があるはずのところへ視線を向けると、少し硬直した。
「そんなに見ないでもらえます?これ、屈辱の傷なんで」
俺がそう申し立てると、彼女は焦ったように視線をもとに戻し、すみませんと頭を下げた。
そして、レイリーは話を始める。
「あ、あの、ですね。二回戦のことなんですけど、不戦勝で、第三回戦から入ってもらってもよろしいでしょうか?」
おそらく彼女の考え....いや、主催者側の意見としては、次みたいなことだろう。
その一、俺は片腕の英雄として、ほぼ全国に知れわたった強者である。
その二、このままでは第二回戦のトーナメントまでつまらなくなってしまい、観客たちの反感を買いかねない。
その三、そうなれば営業に支障が出るだろう。
以上、三つの状況より、俺を最終ボスみたいな役割で配置することで、この空気を回復しよう。
そういうことだろうな。
「はい。大丈夫です」
俺はそう快諾すると、にこりと微笑んだ。
別に、こういうシチュエーションもいいかもしれないしな。
それにしても、実況やってた時と全く雰囲気が違うな。
(あれは仕事用のキャラってことか)
そう思いながら、彼女の後ろ姿を見送る。
「ありがとうございます。では、私はこれで....って、あれ?」
そう言って、彼女は部屋から出ようとしたが。
しかし扉が消えていた。
いや、それだけじゃない。
部屋そのものが、全く別の場所になっていた。
日常の螺旋 ━終━
絶滅種族の転生譚 第一譚 ━終━
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ティータニアの進化表
分身
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分身転移
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変身
↓
変型
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従者召喚
↓
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↓
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↓
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↓
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↓
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↓
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