「08」謎の青い虎
その日の夜、リーシャかれ電話がかかってきた。
『チホ、あしたさ、みずぎをかいにいこうよ!』
楽しそうな声が、端末から聞こえてくる。
「ミズギって何?」
ビニールプールで遊んだときは、確か裸で遊んでたよな?
プールなんて行ったこともないから、それが普通なんだと思っていたのだが....。
『えー、みすぎはみずぎだよ!?』
「裸で泳いじゃダメなの?」
『そんなの、あたりまえじゃん!』
当たり前なのか。
「わかった。じゃあ明日、一緒に行こう」
『うん!』
そう言うと、リーシャはまたあしたー!と言って、通話を終了した。
俺は早速、ヤチカのところへ行って、水着を買いにいくことを話した。
「え?明後日?」
「コナタが連れてっ行ってくれるって」
言うと、ヤチカは少し考えるそぶりを見せると、
「わかった。そういうことなら明日、一緒に買いに行こっか」
どうやらヤチカも同行することになったのだった。
(コナタは来ないのかな。来るなら来るで、この人要らないんだけど)
翌日。
俺たちはスバル県最大のショッピングモールにやって来ていた。
「大きな建物だな。ここは地震とか起こらないのか?」
バルス国はノホニ列島最南端に位置する。
ノホニは火山列島でもあるため、よく噴火や地震が起きた。
そのためか、バルスには火山灰を素粒子に分解して無害化したり、地震の波を結界によって沈静化させる魔法が開発されていた。
このトマヤ国では、すぐ東に数百キロの地点に、世界最低の地、オルグ海溝が存在している。
そのため、沿岸部にあるデオドラント県などは、よく津波の被害に会うそうだ。
因みに、この世界最低の地というのは、水面を0としてはいない。
0となっているのはオルグ海溝そのものだ。
「衝撃を吸収する構造で造られてるから、例え来たとしても大丈夫よ」
ヤチカがそう説明する。
(そんな構造があるのか....)
俺がそんな風に感慨に耽っていると、リーシャに先を急かされた。
巨大なビルの中には、いくつもの店が並んでいた。
「わざわざ建物の中に商店街を作らなくてもいいんじゃないか?」
疑問に思ったので、そう呟いてみた。
すると、ヤチカがそれはね?と返してくる。
「それはね?そういう商売なの」
「全く説明になってないじゃないか!」
「ドードー。そんなに怒らないで──」
閑話休題。
俺は、件の水着売り場を探す事にした。
そもそも、水着ってのがどんなのかがわからない。
水の中で着る服。
着衣水泳とはまた違うものから察するに、水を弾く素材が使われているのだろうか。
「あった!」
そんなことを考えていると、リーシャが売り場を見つけてくれた。
「ん?それ下着じゃないのか?」
「水を弾くから違うの!」
「水を弾く?」
水を弾くというのは想像していたが、こんな下着のような形だとは、少々予想外だ。
そういえばたしか、バルスでは、合成の魔法の授業とかで、『水と油』っていう法則があったな。
合成できないものを合成しようとすると、水と油のように混ざらずにまだらになって崩れてしまう、という。
他には、薬草学の授業で、ある特定した魔力を流すと、それに対応した物質を跳ね返す繊維素材がある、というのも。
名前はペルオーニだったかペルオーンだったか。
ややこしくて名前を忘れてしまったな。
「ごーせーせんい、とかゆーのでできてるんだって」
リーシャがそう説明する。
合成繊維か。
たしか、ノルス国では、繊維工業に関して世界一の技術を持っていたな。
その中にたしか合成繊維とか呼ばれているものがあったはずだ。
繊維を科学的、魔術的に組み合わせて、より強力な繊維素材を造り出す。
「ちょっときてみてよ!」
リーシャがそう言って俺に渡してきたのは、シンプルな紺色の上下が別れている水着だった。
「着方がわからない。リーシャ手伝って」
「いいよ!」
結局、それを買うことになった。
しかし驚いた。水着というのは、裸の上から着るものだったのだ。
それでは、下着を見せるのと水着を見せるのとどう違うのだろうか。
いや、来ている服を濡れて重くならないように、というのは理解できるが....。
今の俺には、下着と水着の違いが、さっぱりわからなかった。
バルスでは、漁師でもない限りは泳ぐことはないが、風呂に浸かる習慣はあった。
しかし、トマヤのように、男女別れてはいなかった。
森にはいると、危険な場面が多いので、必ずと言っていいほど、男女は二人一組で風呂に入っていた。
最も、町の中などのように、危険の少ないところではその限りではなかったけれど。
俺にとって、性別はあっても無いようなものだ(意味深)。
余談だが、リーシャは、白色のビキニと呼ばれる種類のものを選んでいた。
※リーシャは入学したばかりの小学生です。
翌日、俺たちはコナタと共に、市営のプール遊びに来ていた。
「ワー!」
入った瞬間から、リーシャがそんな叫び声をあげながら、プールサイドを走っていた。
彼女は今、長い金髪をツインテールにして、白い水着の上から、ケントから借りてきたワイシャツを着ている。
「プールサイドでは走らないでくださーい!」
上の方から、監視役の人がリーシャに注意する。
「はーい!」
彼女はそう言うなりプールに飛び込んだ。
「飛び込まないでねー!」
「遅いよ!」
あまりの指摘の遅さにつっこんでしまった。
「チホ!一緒に泳ご!」
「うん!」
因みに、濡れたワイシャツが、金髪幼女の幼い体を魅力的に引き立たせていたのは内緒である。
その時だった。プールの中に、巨大な虎が現れたのだ。
「──!」
おおよそ虎があげるような鳴き声ではない雄叫びが、プールの中に響き渡った。
「師匠!下がっていてください!この程度の魔物、私一人で狩れます!」
そんな中、俺の前にコナタが立ちはだかった。
「子供を守るのが、大人の仕事ですから」
彼女は我流武術針一の構え、無武の構えをとった。
無武の構えとは、あらゆる状態からあらゆることに対処する構えだ。
おそらく、相手がトラというだけあって、警戒したのだろう。
だけど、せっかくの楽しみをぶち壊されて、俺が怒っていない訳がなかった。
「どけ、コナタ。ここは俺が一人でやる」
「しかし師匠!」
「弟子を守るのが師の役目だろう。それに、せっかくの楽しみをぶち壊してくれた報いだ!」
俺はそう言って、長い髪をポニテにして邪魔な髪を退かす。
「ハイグラビティ!」
すると、虎の魔物の周りに強力な重力場が形成された。
振動魔法、ハイグラビティ。
その魔法は、本来なら大量の魔力を使い、重力場を形成して踏み潰す魔法なのだが、バルスでは、ドラゴンを調教するのに使われていた魔法だ。
しかし、少ない魔力量で大きな効果を実現させるバルスの技術、最適化によって、その消費量は千分の一にまで抑えることができるのだ。
これで潰れないのはドラゴンくらいしか俺は知らない。
魔物が、歯を剥き出しにして地面に伏せた。
まだ出力は押さえている。
重いというのは、それだけで苦痛なのだ。
「苦痛か?それなら、お前はここに来るべきではなかったな!」
最後に力を押しつけると、魔物は光の粒となって爆散した。
俺は魔法を解除した。すると、光の粒の中から、赤い液体の入った小瓶が現れた。
「またこれか....」
一体、なんなのだろうか。あれから、あのハゲ頭の鑑定士からは、一切の連絡も来ていなかったし....。
「さすが師匠です!あんなに大きな魔物を一人で倒すなんて!しかもあの魔法!初めて見ました!」
後ろからコナタが話しかけてくる。
「見せたことないからな。だけどそのせいでここら一帯が崩壊してしまったな....」
魔法を使った影響なのか、プールサイドの石タイルは粉砕し、水が漏れて溢れだしている。所々、噴水のように吹き出している箇所もある。
「やっぱりチホはすごいよ!あんなおっきいトラをたおすんだもん!」
しかし、俺のせいでここ一帯が壊滅してしまった。
なんか申し訳ないな....。
ま、いっか。
「でもどうしましょうか、師匠。ここの修理代、多分結構な値段を請求されますよ?」
「そうだな....。こういうとき、どうするか知ってる?」
そう言うと、俺はニヤリと笑って、こう呟いた。
「とんずらするんだよ」
こうして俺は、帰還の魔法を使い、体育館のワープベースに転移した。
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