「02」記憶
「にぃ、起きて!にぃ!もう朝だよ!」
彼の耳元に、少女の声が届く。
「もう、あと5分....」
「遅刻するよ!ねぇ、起きて!にーぃ!」
眠い目を擦り、レレム・リルは起床する。
「クレア....そんなに叫ばなくても良いだろ?」
言うと、彼女は人差し指をベッドの横に置かれた目覚まし時計に向けた。
「今、8時だよ?」
「八!?え、ちょっと待て、何で起こしてくれなかったんだよ!?」
「三回も起こしに行ったけど、起きなかったのはにぃじゃん」
クレアはそう言うと、俺のジャージを脱がせにかかる。
「ほら、早くしないと寮長に怒られるよ!」
「すまないクレア。俺はあとで急いでいくから、先に──」
「私がやった方が早いでしょ!ほら、さっさとパンツ脱ぐ!」
いつものように、彼女は俺の下着を脱がせ、学校指定の下着を手渡す。
「なあ、そこまでしなくても、自分でできるって──」
「口を動かす前に手を動かして!」
クレア・リルはズボンの金具を調整しながら、同時に上着を着付ける。
まったく、器用なものである。
「にぃのお世話役として、自分が望んだことなんだから。それに、没落したとはいえ、もと貴族なんだよ?妹が兄の世話をするのは当然です!はい、準備よし!」
彼女はそう言うと、彼を連れて一階のエントランスホールへと急ぐ。
階段を降りながら、クレアが鞄から団子をひとつ取り出した。
「着くまでに食べて」
「ありがとう」
俺はそれを取り、一口に口の中へと放り投げた。
「....よく入るね、一口で」
「はへはははは(馴れたからな)」
「喉に詰まらせないでくださいね?」
彼女のそれに、レレムは水筒からお茶を飲む。
「寮長!」
「遅い!あと二十秒!」
「すみません!」
高速でチェックを済ませた後、彼はクレアを背中に背負う。
「にぃ!私だって縮地くらい使えるよ!」
「陰刀流師範代なら、それくらい当然だろうけど、俺の方が速い」
叫ぶ彼女にそう告げるなり、二秒と経たずに、数十メートル先の中等部のクレアの教室へとたどり着く。
「にぃ、お弁当!」
そのまま高等部へと向かおうとする俺に、クレアが制止をかけた。
彼はそれを受けとると、半秒で数メートル離れた自分のクラスへと入り込んだ。
「ギリギリセーフ!」
体震度を利用した慣性コントロールによって、無駄な動きをすべて消し去り、チャイムの音と同時に自分の席につく。
「アウトだよ!」
後ろの席から、友人のツッコミが入る。
「へ?何でだよ、ちゃんと八時十五分までのチャイムには間に合っただろ?」
「いーや、入ってくるには0.2秒遅かった。残念だったな、私の動体視力なめるな。リル、課題追加だ。放課後までにこれを提出しておけ」
担任の教師がそう言いながら、俺の頭に分厚い紙束を乗せてくる。
「そ、そんな馬鹿な!?」
彼の一日はいつもこんな風だったが、しかし。
──その日の昼休み。
「やっと終わったーっ!」
「良かったね。ボクならもう耐えられずに撃沈しているところだったよ」
屋上のとあるベンチの上で、イザン・カウラス・ニータがそうコメントする。
「ああ。ようやくクレアの弁当にありつけるよ」
言いながら、彼は弁当の蓋を開けたが、しかし案の定、中身はぐちゃぐちゃにシェイクされていた。
「うわぁ、やっぱりかぁ」
彼女はその自己主張の激しいアホ毛を萎らせながら、弁当箱の中身を覗く。
「こうなっても美味しいというのが、クレアの凄いところなんだけどな」
「さすが師範代!」
駄弁りつつも、俺はそれの一口目を口に入れようとしたその瞬間。
空間がぶれるような錯覚を覚えたと思えば、風景が一転。目の前にクローゼットが立っていた。
(なん....で....)
瞬間、恐怖が俺の中に入り込んでいた。
「....めろ....止めろ!」
奴が刀を振り上げた。
動機が激しくなり、動かなくなった。
そして、その直後。
俺は、白い部屋の中にいた。
次回「03」




