「21」黄泉帰りの使徒8
俺は、剣を脇構えに構えた。
俺は、自身を覆う魔力の幕に命令して、その幕を剣の周りまで引き伸ばす。
ボルグの形を変形して武器とする仙術、イリーガル・ボルグ。
(形を常にイメージさせる。やり方は局所展開と同じ....)
自身に、そう言い聞かせて、右足から左足へと重心を移動させる。
次の瞬間、俺はその剣を奴の逆胴に斬りつけていた。
「くっ!!」
(縮地の予備動作に気づかれたか)
しかし、彼はそれを払い除けると、拳銃を突きつける。
彼の指が、その引き金を引く。
しかしそれは、未来視によって見知った動きだ。
俺は剣を払い除けられた瞬間に、ほぼ同時にその手を蹴りあげる。
銃弾が上階の天井に中り、火花を散らす。
軸足を曲げて、強制的に蹴り足を引き戻し、そのまま蹴り足を軸足に変えて剣を薙ぐ。
しかし、彼はその腕を掴み払って、巴投げのような格好でカウンターをかけた。
受け身をとって、俺は八相の構えに剣を構え直す。
さっきの攻撃で、完全に間合いを知られた。さらに、下段からの攻撃も通用しなかった。
俺は接近しながら、その勢いを殺さずに袈裟斬りにクローゼットを攻撃する。
しかし、それを彼は重心を落として回避する。
その気流で、剣先がずれる。
相手と同じ動きを使い、肉薄する。
剣を脇に構え、一気に相手の手首までその刃を持っていく。
しかしそれは、実態の無いものを斬った様に空を舞った。
「この手の技術には、まだ修練が足りていないようだな」
俺は、声のした方向へ向かって、個体窒素の柱を生成した。
銃弾が柱に受け止められ、回転しながら制止する。
(いつの間にそんなところへ!?)
驚愕しながらも、俺は個体窒素の柱を相手へ向けて放つ。
しかし、彼はそれを斬り、回避し、迫る。
気がつけば、それは目の前に迫っていた。
彼が刀を振り上げる。
「!?」
瞬間、生前のトラウマが甦る。
記憶の中で、真っ赤に濡れた部屋で、燃え盛るあの部屋で、俺の首を斬りつけるそれが、目に浮かぶ。
硬直する。
恐い。怖い怖い怖い怖い!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
死にたくない!
鼻の中に、つんとした鉄の匂いが甦る。
「うわああああああ!」
瞬間、俺は発狂して、無意味に剣を振り回した。
ため息をついたように、まるで面白くなさそうな面持ちで、それを避けて、腕をつかみ、それを取り上げる。
瞬間、俺の中に無力感がたちこめた。
(死ぬ!)
そう、思った。
しかし。
「つまらないな。そんなに壊れてしまったら、もう楽しめないだろう?」
彼はそういい放つと、取り上げたその白い剣を床に突き刺し、その部屋をあとにした。
俺はその言葉に安堵した。
良かった、死ななかった。
俺は、生きていたんだ。
同時に、憤りが俺の中を満たした。なぜ、俺はこの絶好のチャンスをみすみす逃すようなことをしたのかと。
俺の中でそんなジレンマが渦のように責め立てた。
そして俺は、それに耐えきれなくなり、やがては気を失った。
気がつくと、俺はその場に倒れていた。
(くそっ!)
俺は心の中で暴言を吐く。
俺の心は、まだ弱かった。
同じ場面に出くわして、発狂してしまった。
そんな自分の弱さに、俺は心底嫌気が差した。
目元を流れる涙を、その右手で拭おうとして、それがないことに気づき、左手で涙を拭った。
「大丈夫か?」
そんな俺に、心配したかのようにチゼが話しかける。
「見るな」
俺はそっぽを向くようにして、体を横に転がした。
「....っく」
俺の口から、圧し殺したような嗚咽が漏れる。
「くそっ!くそっ!くそっ!」
涙に滲んだ声で、俺はそう叫んだ。
やるせない気持ちが、その口から吐き出される。
「....俺には、お前の泣いている理由がわかるとは言わない。けど、俺にできることなら、協力させてほしい。だって、俺たち仲間じゃないか」
「....協力?」
俺は、こいつに話してもいいのだろうか。あり得ないと言って、拒絶されないだろうか。
怖い。
離れていくことが、恐い。
「....どうせ、信じないだろ?」
「言われないとわからないさ。それに、俺はヤナギを拒絶するつもりも、見る目を変えるつもりもない」
俺はその言葉に、少しだけ勇気が湧いた。
でも、しかしそれも嘘かもしれない。
(俺は本当に彼らを信用していないのか?)
本当は、そうなのかもしれない。
もしかしたら、俺は本当の意味で皆を信用しきってはいないのかもしれない。
だから、チゼたちも俺を真の意味でしたってはくれないのかもしれない。
(俺から何かを言えば、もっと仲良くなれるのだろうか?もっと信用できるのだろうか?本当の意味の仲間になれるのだろうか?)
しばらく、俺は口をつむんで、そっぽを向いていた。
しかし、俺は漸く彼の方を向き直り、その場に座った。
「....わかったよ」
俺はそう言うと、自己の最大の秘密を彼に打ち明けた。
「俺、実は男なんだ」
「──へ?」
彼は思考が停止した風に固まった。
そして、俺は先程の自分の言葉を思い返して、あ、と思い至る。
「い、いや!そういう意味じゃなくてだな!?変な意味じゃないぞ?うん。そういうことじゃなくてだな、えーっと、あの、その....だなぁ──」
狼狽える俺に、彼は一旦、制止をかける。
「わかった!わかったから少し落ち着け!ほら、深呼吸だ!深呼吸しよう!はい、吸ってー、吐いてー。もう一度吸ってー、吐いてー」
俺はすすめられるままに、深呼吸をする。
「落ち着いた?」
「あ、ああ。落ち着いた。ありがとうな。危うく変なことを言うところだった」
「もう十分変なこと言ったけどな....それで、どういう意味なんだ?」
チゼは、俺が落ち着いたことを確認すると、そう聞き直した。
「....えっとだな?つまり──ということなんだよ」
俺は彼に、生前のことを明かした。
「....マジ?」
未だに信じられないといった風に、彼はそう聞き返した。
言語機能をやられないほどには、正常に思考ができているらしい。
普通は、信じられなくなって俺のことを嘘つき呼ばわりするのが常例なんだが....。
(やっぱり、信じてよかったみたいだな)
俺はそう安堵して胸を撫で下ろした。
「マジ」
俺のその言葉に、彼はそうかと呟いて、暫く思考する。
「なるほどな。そのクローゼットが、あの....」
俺はうんと頷いて、その場に起立した。
「そうだよ。だから俺は、あいつを殺したいんだ。だけど、いざ目の前にして、同じ光景を思い出させられると....どうにもうまくいかなかった」
俺はその手で握り拳をつくり、力を込めた。そして、ふっとそれを抜くと、その場を離れた。
「信じてくれるか?」
俺は、確認の意味を込めて、そう聞いた。
もし信じてもらえなくても、それはそれでしかたがないことだと諦めようと思った。
俺は、彼もそう答えるだろうと、さっきの台詞とは裏腹にそう思っていたが。
「信じるって言ったろ?まぁ、ビックリはしたけど、俺は極力、見る目を変えないつもりでいるよ。これからもよろしくな、ヤナギ」
どうやら、そんな思考は杞憂だったようだ。
心の底から安堵した表情で微笑むと、俺は彼の差し出した手を握った。
「ああ。これからもよろしく頼むよ、チゼ」
次回「22」




